第二章15 幸せを呼ぶパン
店の裏口からでてきた男子は私と歳が変わらないように見えた。背が高めで、野球が似合いそうな体型。私を見て何か言いたそうな顔をしていた。
店の準備の邪魔だったかな。また後でにして、立ち去った方が良いだろうか。でも何も言わずに歩き出すのも変かしら。頭のなかでどうしようの文字がランニングを始めた。
男子が思い切ったように、口を開いた。
「まだ開店時間ではないんすけど、よかったら出来立て食べていきません?」
爽やかに笑って聞いてきた。店の一角はカフェスペースらしい。予想外の言葉にいいんですか! と声が大きくなる。肩の力も抜けた。
「このお店の良さを知ってもらいたいっすから」
親指をぐっと立て、自信たっぷりに言った。にっと笑うと白い歯がのぞいて、健康的だった。
お言葉に甘えて立ち寄らせてもらうことにした。彼はどうぞ、と扉を開けてくれた。
店内に入ると、甘くて芳ばしい香りが充満していた。この店の奥さんなのか、落ち着いた雰囲気の女性が工房から出てきた。
「いらっしゃいませ、可愛い娘さん」
そう言ってメニューを差しだした。彼女はこの店主の妻だと言う。こんな時間からお客様なんて嬉しいと、顔を明るくした。私のことをはじめて見る顔だと続ける。
「まだ引っ越して来たばかりなんです。こっちの道初めてで」
なるほど、と奥さん、そして野球体型の男子がうなずいた。住宅街の中にあるとあって、常連さんは近所の方が多いらしい。私もその一人になるかしら。バターの匂いが鼻をくすぐる。お腹の虫が早く食べたいと訴えた。お腹の音が向こうにも聞こえていたらしく、奥さんがカラカラと笑った。そしてメニューの品目を指さして、いま出来上がっているパンを教えてくれた。
看板にあったように、この店はすべて米粉で作るパンが売りでもちもちした食感がクセになると、このあたりでは評判らしい。写真のパンはどれも美味しそうで、目移りする。
私の様子を見かねた彼が、お店のパンはどれもすごく美味しいと力説する。さらにこのパンの良さはこうだ、あのパンはここが美味しい、と解説し始めた。
「それで旨いから毎日通いつめてたら、ここの店主の娘さんと恋に落ちたんす」
いつの間にか恋バナになっている。
「いまでは俺の彼女です! だからここのパンは幸せを呼ぶパンなんすよ」
女子が話しているのではないかと錯覚してしまうほど、恋を強調して話す。はじめは聞き入っていたが、あまりの勢いに押されてきた。
とりあえず注文を決めなければ。腹の虫が暴れそう。




