第一章15 散策途中で
翌日も二〇一号室を訪ねたが住人は音沙汰なしだった。真美さんが言っていたように、居るのか居ないのかさっぱりわからなかった。相変わらず郵便受けはチラシが挟まったままで、単にとってないだけなのか、本当に不在なのかも見当がつかなかった。
仕方がないので出直すことにした。引っ越しの挨拶って越してからどれくらいまでに済ませればいいのだろう。夕方にもう一度訪ねて居なかったら諦めようかしら。
部屋に戻って菓子折りを置き、もう一度外に出た。この街をもう少し散策してみようと思い立ち、鍵と財布、ケータイだけ持って身軽にさくら荘を後にした。
商店街とは反対の道を歩いてみる。にぎやかな商店街とは対照的に、戸建ての家が立ち並び、緑が多く静かだった。住宅街を抜けてさらに進むとだんだん坂が伸びてきた。坂の上は高台になっていた。街を見下ろせて見晴らしがよかった。高い建物は条例で禁止されているため、遠くまで見わたせた。商店街の桜並木を上から見下ろすとピンク色が広がっていて、絶景だった。
高地を歩いてまわっていると広い公園に出た。芝のかわりにシロツメグサが植えられていて、ところどころにタンポポも咲いていた。
街中にこんなのどかな場所があるなんて素敵。もう少し暖かくなったらお弁当を持って花見に来るのもいいかもしれないと想像して心が躍った。
散歩をしている人はちらほらいたが、歩いていてもそれほど人に会わなかった。一人で考え事をする時にはうってつけのようだった。
公園を歩いていると、キャンバスを立てて独り黙々と絵を描いている青年がいた。どこかで見たことがあるな、どこだっただろう、と頭をひねった。
そうだ、昨日通りかかった画材屋さんにいた青年だった。昨日の画材を悩んでいるような真剣な表情とは比べられないほど、一筆ひとふでに集中していた。
声をかけてはいけないだろうと思い、通り過ぎた。
公園を後にしてなだらかな坂を下っていくと、小さな畑が並んでいた。こんなところに畑が、と思ってまわりを歩いてみると、急に畑から名前が呼ばれてびっくりした。
「鈴ちゃん、こんなところにいるなんて、散歩かい?」
畑の真ん中にいたおじいさんは松岡さんだった。春先でも麦わら帽子をかぶり作業着姿だった。はい、ちょっと散策に、と叫んだ。
「この畑、松岡さんのなんですか?」
「そうじゃ、小さいけどのう」
そう言いながら松岡さんはこちらに近寄ってきて
「まだなんも生っていないが、実ったらお裾分けしてあげるからの」
とにやっと笑った。このおじいちゃまは普通に笑ってもにやり、という形容が合う顔なんだな、と内心思った。
「ありがとうございます、楽しみです」
会釈し、また道を進んだ。少し歩いて畑をもう一度ふり返ってみると、松岡さんが手を振っていた。こちらもふり返して帰路についた。
散策は二時間ほどで帰宅した。正午をだいぶ過ぎていて、歩いたのもあってか腹の虫が壮大に鳴っていた。
「二〇一号室ですか」
深優を部屋に呼んで一緒に昼食をとりながら、二〇一号室について話してみた。
「たぶん今はお会いできないと思います」
彼女は何故か優しい表情で言った。




