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さくら荘の珍住人  作者: 和泉あや子
第一章 挨拶まわりの壁
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第一章12 書店に響いた怒声

 開きっぱなしの扉にはサクラ・ブックスと書かれた横に、やめてください、万引き。犯罪です! の張り紙がでかでかとしてあった。店の表は週刊誌が並べてあり、手慣れた万引き犯なら盗んでいけそうな造りだった。


 店の中に入ったら植物の図鑑が目についてしまった。気分転換に来たのに、さっきの食虫植物を思い出してげんなりする。


 本屋に入るといつも、興味の引くジャンル以外の書棚も見てまわってしまう。いろんな本があるんだなって集中してまわっていると、どんな書籍コーナーか気づかずいることも多々。たま気づかずに大人向けスペースまで入ってしまって焦ったこともあったな。

 ダメだ今日は、小説コーナーだけにしよう。深優の本、筆名は笹野スイレンだが、平積みで陳列してあった。なんだか不思議な気持ち。こんなすごい小説家さんがお隣さんだなんて。いままでは書店でこのスイレンさんの本を見ても遠い存在だったのが、身近な人になったんだもの。


 感慨深く思っていたら、店先から怒鳴り声が聞こえて肩が飛びあがった。

「おらぁ、なにしとんじゃ、野郎!」

 低い怒声が店のなかまで響いた。他の客も驚いた様子で店の外をうかがっていた。店主のおじいさんも目を見開いて外の様子を気にしている。どこぞの兄さんかが、喧嘩でも始めたんだろうかと怖くなった。スイマセン、と弱々しい男の声が聞こえた。

「スイマセンじゃねぇだろう」

 どすの効いた声が言う。

「万引きとはどういう了見しとるんだ、あぁ?」

 あれ。なんか喧嘩とかと違う感じのようだった。店の外から若い兄ちゃんの腕をつかんで、どこの親分ですかというような風貌の厳ついお兄さ――いやおじさんに片足つっこんでるか――が入ってきた。

「おう、爺さん。こいつが万引きしようとしたぜ」

 オールバックで眼力の強いおじさんは店主に向かって兄ちゃんを突き出した。

「おお、高山さん、あなたでしたか」

 店主は厳つい方を見てほっとしたような顔をした。高山さんと呼ばれた人は、柄が悪いのか悪くないのかよくわからない。万引き犯を捕まえたんだから、悪くは、ない、のか? 虫を捕まえて食べる植物といい、親分みたいな風貌の人が万引き犯を捕まえるとか、なんか今日は捕手もその対象も変なのばかり。小さくため息がもれた。

 高山さんは書店の常連さんなのか、店主と親しい様子で話していた。

「いや、びっくりしたよ、高山さん。いきなり荒々しい声がきこえたもんだからねぇ」

「わりぃな、爺さん。このところ頻発していた万引きの犯人かと思ってな」

 頭を掻いて謝った。休みの日も職業の癖が出ちまってさ、と苦笑いしていた。いったいどんな職業なんですか……。

「でも助かったよ、困っていたんだ。ありがとね。高山さんがいればこの街も安心だよ」

「いいってことよ」

 親指を立てて嬉しそうに返している。役に立てて満足だ、と言いたげな表情だった。

「他の皆も驚かせて悪かったな。喧嘩じゃねぇから安心して買い物つづけてくれ」

 そうニッと笑って高山さんは店を後にした。店内の客は安堵したようで各々の見ていた本に視線を戻した。私も他に気になる小説はないだろうかと棚を見た。



 見るだけで今日は帰ろうと思っていたのに、けっきょく新刊を会計して店を出た。


 帰ったらさっそく読もうとウキウキしながらさくら荘の門をくぐると、さっきの厳つい高山さんが同じくさくら荘に入って来たのを目の端でとらえた。


 あの人、ここの住人なの!?


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