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『処刑される悪役令嬢に転生した……はずなのに、なぜか赤ちゃんから人生をやり直しています!~家族を救いたいだけなのに、公爵家のみんなが私を溺愛しすぎです~』  作者: 五十嵐紫
第4章 未来の婚約者と出会いました

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第13節 残された手帳と、二つの日付

 雨の日が、二日続いた。


 庭へ出られないあいだ、私はお兄様と、小さな町を広げていた。


 橋の向こうに置いた休憩の家。

 その隣へ、積み木で屋根を作る。


「お馬の、ごはん、ぬれます」


 私が言うと、お兄様は屋根を少し長くしてくれた。


「これなら、雨の日も食べられるね」


「はい」


 木馬を下へ入れようとした。


 けれど、耳が屋根に引っかかった。


「……はいれません」


 お兄様が口元を押さえる。


 私は木馬と屋根を見比べた。


 ご飯が濡れないようにして、肝心の馬を入れられなくしてしまった。


「もう一つ、上げようか」


「はい。お耳の、ぶんです」


 積み木を一段足すと、今度はうまく入った。


 ちょうどそこへ、お母様が来た。


「こちらは、ずいぶん賑やかになりましたね」


 私は屋根を指さした。


「お馬、入れました」


「ええ。よかったわね」


 お母様は微笑み、それから私たちの前へ屈んだ。


「お父様のお話が済んだら、居間へ来てもらえますか。ベルクさんのご家族から、お預かりしたものがあるそうよ」


 私は木馬から手を離した。


 エドガー・ベルク。


 会うことのできない人の名前を、心の中で繰り返した。


     ◇


 居間の卓には、茶色い表紙の手帳が置かれていた。


 端が擦れて、背のところを糸で補修してある。


 その下には、柔らかな布。


 お父様は、私たちが座るのを待ってから口を開いた。


「ベルク氏の娘さんが、関係しそうな記録を選んで貸してくださった」


「その人も、お花の、おしごとですか?」


 私が尋ねると、お父様は首を横に振った。


「別の仕事をしておられる。当時はまだ子どもで、お父上の仕事を詳しくは知らなかったそうだ」


 私は頷いた。


 お父様のお仕事だって、私の知らないことばかりだ。


 同じ家にいても、全部を知っているわけではない。


「ありがとう、いって、くれましたか?」


「ああ。リリアからの言葉もお伝えした」


 お父様は、手帳の隣へ手紙を置いた。


「花が今も育っていると知って、嬉しいと返事をくださったよ」


 私は白灯花の細い葉を思い出した。


 その話が、また一人、別の人へ届いた。


「お花の絵、見せたいです」


「それはよいわね。写しをお送りしてよいか、伺いましょう」


 お母様の言葉に、私は頷いた。


     ◇


 手帳を開く前に、お父様が私たちを見た。


「借りている大切なものだ。頁は私がめくろう。近くで見たいところがあれば、言ってくれ」


「はい」


 お兄様と、声が重なった。


 最初の頁には、名前があった。

 その下へ、細かな文字。


 お父様が、挟まれていた紙のところを開く。


「ここに、白灯花の運搬について書かれている」


 私は少し背筋を伸ばした。


「ノルン氏に預けた鉢のことだ。宿の名前と、公爵家への届け先がある」


 お母様が、別に用意していた紙を見た。


「ノルン氏の覚え書きと、日付も合いますね」


「ああ。伝言も同じだ」


 根が落ち着いてから、施療院へ。


 何度か聞いた言葉が、今度はこの手帳にも残っていた。


「じゃあ、宿の人……ベルクさん、ですか?」


「そう考えてよさそうだ。ただ、ノルン氏にも、この記録の内容を確かめてもらおう」


 私は手帳を見た。


 灰色の外套。

 小さな革袋。

 手袋をしていた人。


 名前のなかった人が、少しだけ、はっきりした。


 けれど、お顔はまだ分からない。


 私は想像で描こうとせず、紙に書かれた文字を見つめていた。


     ◇


「どうして、公爵家へ預けたのですか?」


 お兄様が尋ねた。


 お父様は、次の行へ指を移した。


「先代が、屋敷の庭で育てられるか試すことを引き受けていたそうだ。施療院の薬草園では、その年、育てる場所の整備が終わっていなかったらしい」


「では、最初にこちらで育て、そのあとで施療院へ移す予定だったのですね」


 お母様が言った。


「ああ。その相談をつないだのが、ベルク氏だったようだ」


 私は、お父様の書斎にある絵を思い出した。


 宿から屋敷へ。

 屋敷から施療院へ。


 線は、もう引いてある。

 でも、どうしてその道を通ったかは、空いたままだった。


「お花の、場所、できるまでですか?」


「そうだな」


 お父様が頷く。


「迎え入れる支度が済むまで、こちらで世話をしていた」


 私は、お馬の屋根を思い出した。


 ご飯があっても、馬が入れなければ困る。


 花も、届けばよいというわけではないのだ。


     ◇


 頁の下には、小さな四角い絵があった。


 その中に、丸い印。


 お父様が紙を傾け、私たちから見えるようにしてくれた。


「これは、荷を渡すときに使った印の控えだそうだ」


 月の曲線。

 中央の星。

 その下に、短い二本の線。


 私は、お母様の袖へ指を添えた。


「王妃さまの、紙と……にてます」


「ああ。王妃陛下から送っていただいた印と、よく似ている」


 お父様の声は静かだった。


 私は絵へ目を戻した。


 丸い印の横には、横向きの小さな輪も描かれていた。


「こっちは、何ですか?」


「指にはめて使う形の印章だ」


 胸が、どくんと鳴った。


 指輪。


 お父様は私の顔を見て、少し待ってくれた。


 私は息を吐き、絵をもう一度見た。


 紙には、黒い線で描かれている。

 でも、それだけでは、本物が黒かったかどうかは分からない。


「色は、ありますか?」


「この頁には書かれていない」


「……はい」


 私は膝の上へ手を戻した。


 見つかったと思って、すぐに決めたくなる。


 けれど、これは昔の仕事の記録だ。

 前世の記憶にある、あの暗い場面ではない。


「リリア」


 お母様が呼んだ。


「少し離して見ましょうか」


 私は頷いた。


 お父様が手帳を卓へ戻すと、近くにあった絵が、少し小さくなった。


 それだけで、息がしやすくなった。


     ◇


 お話を聞いたあと、私は部屋へ戻って、ベルクさんの娘さんへ見せる絵を選んだ。


 想像で描いた白灯花。

 ハンナさんの絵を見て描いたもの。

 施療院へ持っていった一枚。


「どれになさいますか?」


 マリアが、三枚を並べてくれる。


 私は最後の一枚を指さした。


「これに、お花、たします」


 開きかけていた白灯花を思い出し、細い花びらを描いた。


 横へ、長い葉。

 一本だけ、小さな傷もつける。


 描き終えるころ、お兄様が来た。


「僕が、言葉を書こうか?」


 私は頷いた。


 何を伝えよう。


 お花はありました。

 夕方に開きました。


 そこまで考えて、ベルクさんの手帳の、直した背を思い出した。


「手帳、かしてくれて、ありがとう、です」


 お兄様のペンが動く。


「お花、きれいでした」


「うん」


「みんなが、おせわ、してました」


 お兄様は書き終えると、最初から読んでくれた。


 私は頷き、紙の端をそっと撫でた。


     ◇


 夕食の前、お父様は、王宮から来た使いの者と話をしていた。


 私はマリアと一緒に、廊下で待った。


 絵を見せてから食堂へ行こうと思っていたのだ。


 書斎の扉が開く。


 出てきたお父様は、私たちを見ると立ち止まった。


「待っていたのか」


「絵、できました」


 差し出すと、お父様は受け取って目を通した。


「よいお便りだな。娘さんへお届けしよう」


 いつもの声だった。


 けれど、絵を持つ手とは反対の手に、折った紙がある。


 お父様はそれを、上着の内側へしまった。


 私は顔を上げた。


「おとうさま。何か、ありましたか?」


 お父様は、一度、廊下の先を見た。


「少し、確かめなければならないことができた」


「お花、ですか?」


「王宮の、荷の受け入れについてだ」


 私は唇を結んだ。


 お父様が、その場へ屈んでくれる。


「今すぐ、リリアに何かしてもらう話ではない。まず、母上と話をする」


 私は頷いた。


「あとで、きいても、いいですか?」


「ああ。話せることを整理してから、伝える」


 お父様は、私の持っていた紙の端を直した。


「先に食堂へ行っていてくれるか。私も、少ししたら向かう」


「はい」


 返事をして、マリアの手を握った。


 お父様は、お母様のいる部屋へ向かった。


     ◇


 夕食は、いつもの時間より少し遅く始まった。


 お父様も、お母様も席にいる。

 お兄様は私の隣にいた。


 食事のあいだ、お父様は道の修繕が進んだ話をしてくれた。


 私は温かいスープを飲み、パンも食べた。


 でも、食後に居間へ移ると、お父様の方から、私たちを呼んだ。


「短く、伝えておこうと思う」


 お母様が、私の隣へ座った。


 お父様は、昼間の手帳の写しと、先ほどの紙を卓へ置いた。


「王宮の荷の受け入れ記録に、ベルク氏の名があった」


 私は目を瞬いた。


「昔の、ですか?」


 お父様は首を横に振った。


「今回見つかったのは、最近の記録だ」


 部屋が静かになった。


 私は、お母様の手を探した。

 すぐに、指を包んでもらえる。


「でも……ベルクさん、もう」


「ああ。亡くなられた方が運んだはずはない」


 お父様の返事は、はっきりしていた。


 私は卓の上の二枚を見た。


 古い手帳の写し。

 新しい紙。


「おなじ、お名前の、人ですか?」


「その可能性も含めて確かめている。名前の写し間違いか、古い書類を使ったのか、それとも、誰かがその名を名乗ったのか」


 お父様は一度、言葉を切った。


「王宮の警備へは、すでに伝えた。荷と書類、受け取った者の話を合わせて調べている」


 私は、お母様の手を握り返した。


 ずっと昔の花をたどっていた。


 けれど、その名前は、私たちが生きている今の記録にもあった。


     ◇


「リリア。今、ここは寒くないか?」


 お父様に聞かれ、私は首を横に振った。


 寒くはない。

 でも、指先に力が入っていた。


「少し、おとうさまの、そば、いいですか?」


 言うと、お父様はすぐに隣へ来てくれた。


 私はお母様の手を離し、お父様の上着へつかまった。


「だっこ、です」


「ああ」


 抱き上げられる。


 お兄様が、私の膝へ掛け布を載せてくれた。


 私はお父様の肩へ頬を寄せたまま、卓を見た。


 あの手帳は、誰かを助けるための仕事を記したものだった。


 その持ち主の名前を、今、別の誰かが使っているのだろうか。


「おとうさま」


「どうした?」


「ベルクさんの、手帳。だいじに、してください」


 お父様の手が、背中をゆっくり撫でた。


「もちろんだ。お借りしたものは、大切にお返しする」


 私は頷いた。


 怖いことと、大切にしなければならないものが、同じ名前のそばにある。


 混ぜてしまわないように。


 私は、ベルクさんの娘さんへ送る絵のことを、もう一度思い出した。

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