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『処刑される悪役令嬢に転生した……はずなのに、なぜか赤ちゃんから人生をやり直しています!~家族を救いたいだけなのに、公爵家のみんなが私を溺愛しすぎです~』  作者: 五十嵐紫
第4章 未来の婚約者と出会いました

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第14節 届かなかった依頼と、家族で囲む朝

 翌朝、お父様の席には、まだ誰も座っていなかった。


 私は椅子によじ登ろうとして、マリアに支えてもらった。


 座ってから、扉を見る。


 昨夜は、お父様に抱いてもらったあと、寝室まで送ってもらった。

 お休みを言ったときも、いつものお父様だった。


 けれど、朝になると、また気になった。


 王宮の記録にあった、亡くなった人の名前。


 お父様が調べに行って、そのまま帰ってこなかったら。


 そこまで考えて、私は膝の上の指を握った。


「おかあさま」


「はい」


「おとうさま、どこですか?」


 お母様はパンを置き、私の方を向いた。


「書斎で、朝届いたお手紙を読んでいます。あとからいらっしゃいますよ」


「おうち、ですか?」


「ええ。この家にいます」


 私は小さく息を吐いた。


 廊下の向こうにいる。


 そう分かるだけで、お腹のあたりが少し楽になった。


 お兄様が、私の皿を見た。


「リリアのパンは、もう来ているよ」


 私は頷いた。


 今日は、冷める前に食べよう。


     ◇


 お父様は、私がスープを半分ほど飲んだころに来た。


「遅くなった」


 声を聞いて、顔を上げる。


 ちゃんと、いつもの上着を着ている。

 髪も、乱れていない。


「おはようございます」


「ああ。おはよう、リリア」


 お父様が席へ着く。


 私はその手元を見た。

 今日は、紙を持っていなかった。


 お母様が温かいお茶を勧める。


 お父様は一口飲んでから、私たちへ顔を向けた。


「今日は午前中、王宮へ行ってくる」


 匙を持った手が止まった。


 お母様は知っていたらしく、静かに頷いた。


「お帰りは、お昼を過ぎますか?」


「そのつもりだ。遅くなる場合は、使いを出す」


 私は匙を置いた。


「おとうさま」


「どうした?」


「帰ったら、リリアに、いってください」


 お父様が私を見た。


 私は膝の上へ、両手を揃えた。


「寝てたら……おきてから、です」


 お父様の表情が、少し柔らかくなった。


「分かった。起きているリリアに、ただいまと言おう」


 私は頷き、匙を持ち直した。


     ◇


 お父様を見送ったあとは、お兄様の勉強が終わるまで、お母様と過ごした。


 いつもなら、私も絵本を開くところだ。

 でも今日は、お母様の袖へ触れたまま、窓の外を見てしまう。


 馬車は、とっくに門を出ていた。


「リリア。こちらへ座りますか?」


 お母様が膝を示した。


 私は少し迷ってから、頷いた。


 抱き上げてもらうと、窓がよく見える。

 お母様の腕も、すぐそばにある。


「おとうさま、おしごと、です」


「ええ」


「わかってます」


 お母様は、私の髪へ頬を寄せた。


「分かっていても、寂しいことはありますよ」


 私は袖をつまんだ。


 寂しいだけではない。

 けれど、怖いと何度も言えば、お父様を家に閉じ込めてしまいそうだった。


「行かないでって……いっても、いいですか?」


 お母様の手が、私の背をゆっくり撫でる。


「言いたくなる気持ちは、教えてください。ただ、お父様には出かけてしなければならないお仕事もあります」


 私は頷いた。


「そのときは、どうしたら待ちやすいか、一緒に考えましょう」


 私は少し考えた。


 帰ってきたら、教えてもらう。

 遅くなったら、使いの人が来る。


 朝、もう約束してくれたことだ。


「リリア、お手紙、しまいます」


「ベルクさんの娘さんへのお便り?」


「はい。つぶれないように」


 お母様が頷いた。


 窓から離れるのは、少しだけ勇気がいった。

 でも、私は膝から下ろしてもらい、机の方へ歩いた。


     ◇


 絵は、きれいな紙と一緒に封筒へ収めた。


 お母様が宛名を書いているあいだ、私は横で見ていた。


 自分の名前も書けたらよいのに、と思う。


「リリアも、かけますか?」


「お名前を?」


 私は頷いた。


 お母様は別の紙へ、大きな文字を書いてくれた。


 リリアーナ。


 この世界の文字で書かれた、自分の名前。


 最初の一文字を教えてもらい、真似をする。

 線が、途中から曲がった。


「……ちがいます」


「ここから、もう少し上へ」


 お母様の指が、紙の上を動く。


 もう一度、隣へ書いた。


 今度は、少し似ている。


 私は嬉しくなり、三つ目へ手を伸ばしかけた。


 けれど、指先が疲れていた。


「きょうは、二こです」


「ええ。続きは、またにしましょう」


 お母様は、二つの文字が並ぶ紙を乾かす場所へ置いてくれた。


 封筒には、まだお母様に名前を書いてもらった。


 いつか、最後の一文字まで、自分で書きたい。


     ◇


 お父様が帰ってきたのは、昼食が終わって少ししてからだった。


 私はお兄様と絵本を見ていた。


 扉が開き、お父様が顔を覗かせる。


「ただいま、リリア」


 私は本から顔を上げた。


 立とうとして、お兄様に本を預ける。


「おかえりなさい」


 お父様が屈んでくれたので、そばまで歩いた。


 上着の袖へ触れる。

 外の空気で、少し冷たかった。


「おやくそく、です」


「ああ。忘れていない」


 お父様が微笑んだ。


 私は、それだけで抱っこを頼みそうになった。

 けれど、お父様はまだ手袋を持っていた。


「お手て、あらいますか?」


「そうだな。そのあと、お話をしよう」


 私は頷いて、お兄様のところへ戻った。


     ◇


 居間には、お母様も来てくれた。


 お父様はお茶を一口飲み、卓へ一枚の紙を置いた。


「ベルク氏の名が、どう使われていたか分かった」


 私はお母様の隣で、背筋を伸ばした。


「荷を運んだ者が、その名を名乗ったわけではなかった。荷に添えられた書類に、照会先として記されていたそうだ」


 照会先。


 施療院の古い帳面にも、似た言葉があった。


 分からないことを、尋ねる相手。


「むかしの、紙ですか?」


「昔の書類を、もとにしたらしい。だが、今回の荷に添えられた紙は、新しく用意されたものだった」


 お兄様が、卓へ目を向ける。


「何を届けたのですか?」


「古い薬草書を数冊。王宮の蔵書と比べてほしい、という申し出だった」


 私は、お父様の声を聞いていた。


 本なら、悪いものではないように思える。

 でも、お父様の話は、そこで終わらなかった。


「そして、別の添え状に、銀の装身具の点検も引き受けられると書いてあった」


 私はお母様を見た。


 お母様の顔は、静かだった。

 私の手へ重ねられた指が、少しだけ動いた。


「王妃さまの、かざり?」


 お父様は頷いた。


「月と星の意匠を持つ品、と指定があったそうだ」


     ◇


 胸が、どきんと鳴った。


 月の曲線。

 中央の星。

 白い石。


 あの飾りへ、誰かが手を伸ばそうとしていた。


「わたしましたか?」


 声が、思ったより大きく出た。


 お父様はすぐに首を横に振った。


「渡していない」


 私はお父様を見つめた。


「王妃陛下は、そのような点検を頼んでおられなかった。書類を確かめている途中だったため、品も、人も、奥へは通していない」


 私は息を吸った。


 うまく吐けずにいると、お母様が背中へ手を添えてくれた。


「リリア。ゆっくりで大丈夫」


 頷いて、少しずつ息を吐く。


 まだ、渡していない。


 その言葉を、胸の中でもう一度繰り返した。


「では、誰かが、許しを得たように見せていたのですか?」


 お兄様が尋ねた。


「その疑いがある。ベルク氏の名だけでなく、月の守り手に関わる古い印も使われていた」


 お父様は紙を伏せた。


「今は、誰が書類を用意し、運ぶ者へ渡したのかを調べている」


「運んだ人は?」


「話を聞いている。運ぶ仕事を頼まれただけという可能性もあるからな」


 私は頷いた。


 花を運んだノルンさんのことを思い出した。


 荷を持っていたからといって、その中のことを全部知っているわけではない。


 それでも、今度の書類には、亡くなった人の名が使われていた。


     ◇


「おとうさま。黒い、ゆびわは?」


 尋ねると、お父様は私の顔を見た。


「今のところ、この件で、リリアの気にしている指輪を確かめたわけではない」


「……はい」


 私は膝の上の手を開いた。


 つながった、と思いそうになる。

 けれど、まだ分からない。


 指輪の人物。

 書類を作った人。

 飾りへ近づこうとした人。


 同じかどうかは、大人たちが調べている。


「王妃さま、こわく、ないですか?」


 お母様が、私の手を包んだ。


「驚かれたとは思います。でも、周りの方々と相談して、飾りも大切に保管しておられるそうよ」


「でんかも?」


 お父様が答えた。


「殿下の身の回りについても、王宮で気を配っている」


 私は窓辺の絵を見た。


 青い小鳥と、花。


 昨日までと同じように並んでいる。


 殿下が、次もその絵を見に来られるように。

 そう思うと、また喉が狭くなった。


     ◇


「リリアが、お花、きいたから……わかりましたか?」


 言ってから、私は少し戸惑った。


 自分のおかげだと、言いたかったわけではない。


 けれど、あの日、黙っていたら。

 白灯花のことを聞かず、指輪を怖がっていることも話さなかったら。


 お父様は、少し考えてから答えた。


「ベルク氏の古い記録と、最近の書類を比べるきっかけにはなった」


 私は顔を上げた。


「ただ、書類を確かめた王宮の者もいた。手帳を貸してくださった方も、施療院で帳面を探してくださった方もいる」


「……いっぱい、です」


「ああ。リリアの言葉も、その一つだ」


 私は、お父様の手元を見た。


 一人ではなかった。


 知らないところで、誰かが紙を止め、誰かが帳面を開いてくれた。


 そのおかげで、飾りは渡されなかった。


 お兄様が、そっと私の手へ触れた。


「話してくれてよかったよ、リリア」


 私は頷いた。


 小さくても、声にしてよかった。


     ◇


 その日の夕方、お父様は、私の書いた二つの文字を見てくれた。


「こちらが、リリアの名前の最初か」


「はい。こっち、二こめです」


「少し形が揃ったな」


 お父様は、二つを丁寧に見比べた。


 私は嬉しくなって、紙の端を押さえる。


「ぜんぶ、かけたら、お手紙、します」


「楽しみにしている」


 お兄様が隣から覗いた。


「僕にも?」


「はい」


 お母様を見る。


「おかあさまにも、です」


「では、三通ですね」


 マリアが笑った。


 私は慌てて、その袖にも触れた。


「マリアも」


「ありがとうございます。では、四通、お待ちしております」


 四通。


 今の私には、なかなか大変な数だった。


 でも、書きたい相手がいるのは嬉しい。


 私は二つの文字を、もう一度見た。


 今日すぐに、全部できなくてもよい。

 続きは、また教えてもらえる。


 窓の外では、雨が上がった庭に、薄い夕日が差していた。


「おとうさま」


「どうした?」


「あしたも、帰ったら、いってください」


 お父様は私の頭へ手を置いた。


「ああ。ただいまと言おう」


 私は頷き、まだ不揃いな文字の紙を、お母様へ渡した。


「これ、しまって、ください」


「ええ。次に書くとき、見られるところへ置きましょうね」


 紙は、お母様の手で大切に重ねられた。


 私はそのそばに座ったまま、明日の三つ目の文字を、指先で小さくなぞった。

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