↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『処刑される悪役令嬢に転生した……はずなのに、なぜか赤ちゃんから人生をやり直しています!~家族を救いたいだけなのに、公爵家のみんなが私を溺愛しすぎです~』  作者: 五十嵐紫
第4章 未来の婚約者と出会いました

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
32/34

第11節 夕暮れの薬草園と、花を届けた人の名前

 施療院へ出かける日の朝、私の荷物は、私より先に玄関へ並んでいた。


 膝掛け。

 着替えの入った袋。

 水を入れた小さな瓶。


 その横へ、お父様がもう一枚、厚い布を置こうとする。


「アレクシス。それは馬車に備えつけのもので足りると思いますよ」


 お母様に言われ、お父様の手が止まった。


「夕方は冷える」


「ですから、こちらを用意しました」


 お母様が私の上着を示す。


 私は二人を見上げ、それから、自分が持っている紙へ目を落とした。


 白灯花の絵。


 今日の持ち物で、私が選んだのは、これだけだった。


「おとうさま」


「どうした?」


「お花の、絵も、乗れますか?」


 お父様は布を置き、私の前へ屈んだ。


「もちろんだ。リリアの隣へ置こう」


「つぶれませんか?」


「それなら、こちらへ入れましょう」


 マリアが、薄い板の入った書類挟みを持ってきてくれた。


 紙を収めると、絵が曲がらなくなる。


 私は両手で受け取り、胸へ抱いた。


 準備のできたお兄様が、玄関の段の下で待っている。


「さあ、白灯花に会いに行こうか」


 私は頷いた。


     ◇


 訪問できることが決まるまで、数日かかった。


 施療院では、具合の悪い人たちの世話が一番先だ。


 だから、私たちは診察をする建物へは入らず、薬草園へ続く脇の門から案内してもらうことになっていた。


 夕方に花が開くと聞いて、出発も午後になった。


 馬車が止まったとき、空はまだ明るかったけれど、屋根の影が庭へ長く伸びていた。


「足元に気をつけて」


 お父様に抱いて下ろしてもらい、地面へ立つ。


 知らない土の匂いがした。

 乾かした草のような匂いも、少し混じっている。


 門の中では、日に焼けた顔の園丁さんが待っていた。


 お父様たちが挨拶を交わす。


 私はお母様の手を握り、順番を待った。


「リリアーナです。見せてくださって、ありがとうございます」


「ようこそ、おいでくださいました。ハンナさんからも、お花を楽しみにしておられると伺っております」


 園丁さんは腰をかがめ、私へ笑いかけた。


「白灯花は、こちらです」


     ◇


 庭には、低い木の札が幾つも立っていた。


 鉢に入っているもの。

 土へ直接植えられているもの。


 似た葉でも、札に書いてある名前は違うらしい。


 私は足を止めたくなったけれど、まずは白灯花のところまで歩くことにした。


 お兄様が、私の持つ書類挟みを見た。


「重くない?」


「まだ、持てます」


「疲れたら言ってね」


 私は頷いた。


 案内されたのは、建物の壁に沿って屋根をかけた、風の当たりにくい場所だった。


 棚に鉢が並んでいる。


 園丁さんが、そのうちの一つを、低い台へ移してくれた。


「こちらが、白灯花です」


 私は息を吸った。


 細長い葉。

 その間から伸びた茎。


 先についている白いものは、まだ、きゅっと閉じていた。


「……つぼみ、ですか?」


「ええ。今日は、この二つが開きそうです」


 園丁さんが、触れずに指で示す。


 私は絵を取り出した。


 お兄様が書類挟みを支えてくれる。


 絵の花と、目の前の蕾を、交互に見た。


 同じ花なのに、今の形は少し違う。


「まだ、ほそいです」


「開くと、ハンナさんが描いた形になりますよ」


 園丁さんの返事に、私は頷いた。


 ここまで来れば、すぐに花が見られると思っていた。


 けれど、花にも、開く時刻があるのだ。


     ◇


 待つあいだ、近くの小部屋を使わせてもらえた。


 窓から、白灯花の鉢が見える。


 私は椅子へ座り、水を一口飲んだ。


 お父様とお母様は、園丁さんから記録の説明を聞いている。


 今日の訪問に合わせて、以前の受け入れ帳も確かめてくれたそうだ。


 お兄様は、私と窓のそばにいた。


「お花、見ていますか?」


「うん。でも、ずっと見ていなくても大丈夫だと思うよ」


 お兄様は窓の外へ目を向けた。


「急に咲いて、すぐ閉じるわけではないそうだから」


 私は少し考え、持ってきた絵を膝へ置いた。


 目を離したあいだに終わってしまう気がしていた。


 けれど、園丁さんも近くにいる。

 お兄様も、一緒に見てくれる。


「リリアも、おやすみ、します」


「そうしよう」


 椅子の背へ身体を預けると、マリアが足置きを寄せてくれた。


 靴を載せたら、足が楽になった。


     ◇


「公爵閣下。こちらに、受け入れ時の書き添えがございます」


 園丁さんの声に、私は顔を向けた。


 お父様の前には、大きな帳面が開かれていた。


「鉢の数や届け主とは別に、世話をする者への伝言を記した欄です」


「拝見しても?」


「どうぞ」


 お父様が文字を追っている。


 お母様も、横から頁を見た。


 私は椅子の端へ身体を寄せた。


「おとうさま。リリアも、きけますか?」


 お父様は顔を上げた。


「ああ。ちょうど、前にリリアが気にしていたことが書かれている」


「お花を、運んだ人?」


「そうだ」


 私はお兄様の手を借りて椅子を下りた。


 卓へ近づくと、お父様が場所を空けてくれる。


 古い紙には、細かな文字が並んでいた。

 黒いところと、薄く茶色になったところがある。


「『栽培についての不明点は、エドガー・ベルク殿を通じて照会されたし』」


 お父様が、ゆっくり読んだ。


 私は、その名前を心の中で繰り返した。


 エドガー・ベルク。


 初めて聞く名前だ。


「その人、お花の人ですか?」


「育て方について、問い合わせる相手だったようだ」


 お父様は、続く行へ目を落とした。


「その下に、『月の守り手、薬草搬送の取り次ぎ』とある」


 私は、お父様の袖をつまんだ。


 月の守り手。


 王妃様の手紙にあった、花や書物を届ける仕事。


 その名前が、ここにも残っていた。


     ◇


「こちらの文字も、当時書かれたものでしょうか?」


 お母様が尋ねた。


「筆跡は、当時の管理者のものです。詳しい経緯までは、私には分かりませんが」


 園丁さんは、別の頁と見比べてくれた。


「ハンナさんが、管理者から世話を頼まれたと仰っていましたね」


「ああ」


 お父様が頷く。


「この方のことを知っているか、改めて伺おう。それから、王宮に残る記録とも合わせてみる必要がある」


 私は帳面を見た。


 名前が分かった。


 でも、それは、黒い指輪の持ち主が見つかったということではない。


「宿の、人と……いっしょですか?」


 お父様は首を横に振った。


「まだ、そこまでは分からない。ノルン氏が鉢を預かった相手かもしれないし、その方とは別の、問い合わせを受ける者だったかもしれない」


「はい」


 私は頷いた。


 頭の中で、知らない人の顔を描きかけていた。


 けれど、今分かったのは、名前と、ここに書かれた役目だけだ。


 お兄様が、私のそばへ来た。


「前に描いた、花が通った場所の絵に、書き足せるね」


「どこに、ですか?」


「そこも、父上と確かめてからにしよう。まだ、宿の前か、施療院の横か、決められないから」


 私は少し考えた。


「べつの紙、です」


 お兄様が私を見る。


「まず、名前だけ。まざらないように」


「うん。それがよさそうだね」


 お父様も頷き、新しい紙へ名前を書き留めてくれた。


     ◇


 窓の外から、園丁さんの声がしたのは、そのあとだった。


「少し開いてきましたよ」


 私は顔を上げた。


 お父様が帳面から手を離す。

 お母様も、一緒に立ってくれた。


 外へ出ると、さっきより影が濃くなっていた。


 鉢のそばへ行く。


 閉じていた白い蕾の先が、ほどけている。


「……ほんとです」


 私はお母様の手を握ったまま、顔を近づけすぎないところで止まった。


 一枚。

 もう一枚。


 見ているうちに動きが分かるほど速くはない。


 それでも、さっきとは違う形だった。


「お花が、ひらいています」


「ええ」


 お母様の声が、隣でした。


 私は自分の指を見た。


 光を出していない。

 魔力を使おうともしていない。


 花は、私が何かしなくても、開こうとしていた。


 胸の中が、少し不思議な気持ちになった。


 特別なことが起こるのを、どこかで待っていたのかもしれない。


 けれど、目の前にあるのは、長いあいだ誰かが世話をして、今日も夕方に咲く花だ。


「ハンナさんの、絵と、おなじです」


 私が言うと、園丁さんが嬉しそうに笑った。


「よく描いてありましたでしょう」


「はい」


 私は頷いた。


     ◇


 少し離れたところで、お父様と園丁さんが話をしていた。


 帳面の写しを取る相談らしい。


 私はそれを聞きながらも、花から目を離せなかった。


 お兄様が隣へ屈む。


「そろそろ、絵と見比べてみる?」


 私は頷きかけて、首を横に振った。


「いまは、見ます」


「うん」


「絵は、おうちでも、見られます」


 お兄様は持っていた書類挟みを閉じた。


 そして、私と並んで花を見た。


 白い花びらの先が、少し反っている。

 葉の一本には、小さな傷があった。


 ハンナさんの絵にはなかった傷。


 今、この鉢で育っている花の姿だった。


     ◇


 帰るころには、二つ目の蕾も少し緩んでいた。


 全部開くまで見たかったけれど、手が冷たくなってきた。


 私はお母様の袖に触れた。


「そろそろ、帰れます」


 お母様は私の指を包んだ。


「ええ。今日は、よく見られましたね」


 園丁さんへお礼を言い、門へ向かう。


 途中で振り返ると、屋根の下に、小さな白い花が見えた。


「ありがとうございました」


 もう一度言うと、園丁さんが頭を下げてくれた。


 馬車へ乗せてもらい、膝掛けをかけてもらう。


 朝、お母様に止められていた厚い布のことを思い出し、私はお父様を見た。


「これで、あたたかいです」


「そうか」


 お父様は安心したように、膝掛けの端を直した。


 お兄様が、花の絵を私の隣へ置いてくれる。


 私は書類挟みへ手を載せた。


 今日、持ってきた絵は一枚。

 帰りには、覚えて帰るものが増えていた。


 白灯花の開きかけた姿。

 葉の小さな傷。


 それから、エドガー・ベルクという名前。


「おとうさま」


「どうした?」


「あのお名前、わかったら、また、教えてください」


「ああ。調べたことは、一緒に確かめよう」


 私は頷いた。


 馬車が、ゆっくり動き出す。


 窓の外では、施療院の門が少しずつ遠ざかっていた。


 あの向こうで、白灯花は今も開いている。


 私は膝掛けの中で冷えた指を重ね、見てきた花の形を、もう一度、心の中になぞった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。