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『処刑される悪役令嬢に転生した……はずなのに、なぜか赤ちゃんから人生をやり直しています!~家族を救いたいだけなのに、公爵家のみんなが私を溺愛しすぎです~』  作者: 五十嵐紫
第1章「私、悪役令嬢になるはずだったんですけど!?」

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第2節 悪役令嬢の家族は、思っていたよりずっと優しい

「――目を開けた瞬間、私は思った。」


 私が転生してから、数日が経った。


 赤ちゃんの身体にも、少しずつ慣れてきた。


 ……いや、慣れてはいない。


 正確には、「慣れるしかない」と諦め始めただけだ。


 何しろ私は、前世では普通に大人として生活していた。


 それが今では――。


「うー……」


 ベッドの上で、私は小さな手を握った。


 そして、目の前にいる女性を見上げる。


「まあ、リリア。起きたの?」


 柔らかな笑顔を浮かべているのは、私のお母様。


 セレーナ・フォン・アルヴェルディ。


 ゲームの設定では、優しく美しい公爵夫人。


 そして――私、リリアーナの母親だ。


「おはようございます、リリア」


「……あぅ」


「ふふっ。今日も元気ね」


 お母様は嬉しそうに私を抱き上げた。


 ふわりと甘い香りがする。


 そのまま、私の頬に頬を寄せてくる。


「今日も可愛いわね」


「……」


 ……近い。


 ものすごく近い。


 でも、嫌じゃない。


 むしろ――安心する。


 この人が私のお母様なのだと思うと、不思議な気持ちになった。


 前世の私は、ゲームの画面越しにしか知らなかった。


 優しい公爵夫人。


 悪役令嬢リリアーナを心配している母親。


 それだけだった。


 けれど、実際にこうして抱かれてみると――。


 胸の奥が、ほんのり温かくなる。


「お父様にも見せてあげましょうね」


「……!」


 お父様。


 その言葉を聞いた瞬間、私は少し身構えた。


 アルヴェルディ公爵家当主。


 アレクシス・フォン・アルヴェルディ。


 ゲームでは『冷酷公爵』と呼ばれていた人物だ。


 厳格で、感情を表に出さない。


 敵対する貴族からは恐れられ、王家からも一目置かれている。


 そして、娘であるリリアーナが聖女候補を虐めたと知ったときには――。


 ……いや。


 その先を思い出すのは、今はやめよう。


「お父様は、今日も忙しいのかしら」


「……あぅ」


 お母様が私を抱いたまま、部屋の扉へ向かう。


 すると――。


「失礼します」


 扉が開いた。


「セレーナ。リリアは起きたのか?」


「ええ。ちょうど今、起きたところよ」


「そうか」


 入ってきた男性を見て、私は固まった。


 黒に近い髪。


 鋭い瞳。


 整った顔立ち。


 長身で、威厳がある。


 ゲームの立ち絵で何度も見た。


 間違いない。


 アレクシス・フォン・アルヴェルディ。


 私のお父様だ。


「……」


 お父様は私を見ると、ぴたりと足を止めた。


 そして――。


「…………可愛い」


「え?」


 お母様が目を丸くする。


「あなた?」


「いや……その……」


 お父様は咳払いをした。


 さっきまでの冷たい表情はどこへ行ったのだろう。


「今日のリリアは、昨日よりさらに可愛いな」


「ふふ。毎日同じことを言っているわよ?」


「毎日可愛いのだから仕方ない」


「……」


 私は思わず、お父様を見つめた。


 ――ゲームの『冷酷公爵』はどこに行った?


「抱いてもいいか?」


「もちろん」


 お母様から私を受け取ったお父様は、驚くほど丁寧に私を抱き上げた。


「ほら、リリア。お父様だ」


「……う」


「どうした?」


「……あぅ」


 私が小さく声を出すと、お父様の顔が一瞬で緩んだ。


「……今、私を呼んだのか?」


「まだ赤ちゃんだから、それは無理よ」


「いや。きっと呼んだ」


「あなた、親馬鹿すぎるわ」


「娘が可愛いのだから仕方ないだろう」


「……」


 私は心の中でため息をついた。


 ――どうやら、この家族。


 ゲームで知っていた家族とは、かなり違うらしい。


 私はゲームのストーリーを思い出す。


 リリアーナは、公爵令嬢として何不自由なく育てられる。


 けれど、両親は厳しく、愛情表現も少ない。


 兄とも距離があり、孤独を感じていた。


 その寂しさから王太子ユリウスに執着し、聖女候補に嫉妬する。


 そして――悪役令嬢になっていく。


 それが、ゲームの設定だった。


 でも。


「……違う」


 私は小さく呟いた。


「ん?」


 お父様が首を傾げる。


「どうした、リリア?」


「……うぅ」


 もちろん、ちゃんと言葉にはできない。


 でも、私には分かる。


 少なくとも今の私は――。


 愛されている。


 お母様も。


 お父様も。


 まだ会っていないけれど、兄のレオンハルトも。


 ゲームで描かれていた『孤独な悪役令嬢』とは、全然違う。


「ねえ、あなた」


「なんだ?」


「この子、さっきから何か考えているように見えない?」


「分かる」


「でしょう?」


「きっと聡明な子になる」


「まあ」


 お母様が嬉しそうに笑う。


 私は二人の顔を見ながら、胸の奥が少しだけ痛くなった。


 ――この人たちを、死なせたくない。


 ゲームでは。


 リリアーナが処刑されたあと。


 アルヴェルディ公爵家は、娘を守れなかった責任を問われる。


 父は爵位を失い。


 母は心を病み。


 兄は家を守るために奔走する。


 そして家族は、ばらばらになってしまう。


 私は、それを知っている。


 だから。


 私は絶対に、同じ未来にはしない。


「……ん!」


 小さな拳を握る。


 お父様がそれを見て笑った。


「おや。リリア、やる気満々だな」


「ふふ。何を考えているのかしら」


「きっと、『お父様に任せておけば大丈夫』と思っているのだろう」


「まあ。あなたったら」


 違います。


 私は心の中で叫んだ。


 お父様。


 お母様。


 私が守るんです。


 ――今度は。


 私が家族を守る。


 そう決めた。


 その日の午後。


 私はベッドの上で、必死に今後のことを考えていた。


 まず、絶対に避けなければならないこと。


 一つ。


 王太子ユリウスとの婚約。


 ゲームでは、これが悪役令嬢ルートの始まりだった。


 でも、赤ちゃんの今ならまだ何も決まっていない。


 そして二つ目。


 聖女候補を虐めない。


 そもそも、まだ聖女候補は生まれてすらいない。


 つまり、時間はある。


 三つ目。


 家族との関係を大切にする。


 これは――。


「……もうできてる気がする」


 私は思わず苦笑した。


 だって。


「リリア!」


 扉の向こうから声がする。


 次の瞬間。


「リリア! 起きているか?」


 兄のレオンハルトが部屋へ飛び込んできた。


「レオンハルト様、走ってはいけませんよ」


 侍女が慌てて追いかけてくる。


「だって、リリアが起きたって聞いたから!」


 レオンハルトは私のベッドの横へ駆け寄る。


 まだ十歳ほどの少年。


 金色の髪に、青い瞳。


 ゲームでは、次期公爵として冷静沈着な人物だった。


 けれど――。


「リリア!」


 兄は私を見るなり、満面の笑みを浮かべた。


「今日も可愛い!」


「……」


 私は思った。


 ……この家族。


 全員、親馬鹿ならぬ妹馬鹿なのでは?


「抱っこしてもいい?」


「まだ小さいから、気をつけるのよ」


「分かってる!」


 お兄様は両手を差し出す。


 お母様が慎重に私を渡すと――。


「わあ……」


 お兄様の顔が、さらに緩んだ。


「軽い……」


「赤ちゃんですもの」


「こんなに小さいんだ……」


 お兄様は私を見つめながら、ぽつりと言った。


「僕が守ってあげるからね」


「……!」


 その言葉に、私は目を見開いた。


 ゲームでは。


 兄は家を守るために、私を切り捨てようとしていた。


 いや。


 正確には、そうしなければならない状況に追い込まれていた。


 でも今は違う。


「リリアは僕の大切な妹だから」


 お兄様は笑った。


「絶対に幸せにするよ」


「……あぅ」


 胸が熱くなった。


 ――ずるい。


 そんなことを言われたら。


 絶対に、この人も守りたくなるじゃない。


 私は小さな手を伸ばした。


 お兄様の指を、ぎゅっと握る。


「……リリア?」


「……」


「握ってくれた!」


 お兄様が大喜びする。


「父上! 見て! リリアが僕の指を握った!」


「本当か?」


 お父様まで近づいてくる。


「まあ、可愛いわ」


 お母様も笑う。


 気づけば、家族全員が私を囲んでいた。


「……ふふ」


 私は思わず笑った。


 前世では、ゲームのストーリーを見ながら。


 どうしてリリアーナは、誰にも助けてもらえなかったんだろう。


 そう思っていた。


 でも、今なら分かる。


 もしかしたら――。


 私が知っているゲームの物語は。


 本当の未来ではないのかもしれない。


 だって。


 今、私の目の前にいる家族は。


 私を愛してくれている。


 そして私も――。


 この人たちを、心から大切に思い始めている。


「……絶対に」


 小さな声で呟く。


「ん? 何か言ったか?」


 お父様が聞き返す。


「……あぅ」


 私は笑った。


 まだ、ちゃんと言葉にはできない。


 でも。


 いつか必ず伝える。


 私は悪役令嬢にならない。


 処刑なんてされない。


 家族も失わない。


 そして――。


 ゲームに決められた未来なんて、全部ひっくり返してみせる。


 そう思った、そのときだった。


 部屋の外から、慌ただしい足音が聞こえてきた。


「旦那様!」


 侍女の声が響く。


「どうした?」


「申し訳ありません。急ぎ、ご報告が……」


 お父様の表情が変わった。


「ここでは話せない内容か?」


「はい」


「分かった。執務室へ行く」


 お父様が私から離れる。


 その瞬間。


 私は見てしまった。


 お父様の手に握られていた、一枚の封筒を。


 黒い封蝋。


 そして――。


 見覚えのない紋章。


「……?」


 私は目を細めた。


 ゲームの記憶を必死に探る。


 そんな紋章は知らない。


 少なくとも、私が知っているゲームのシナリオには存在しなかった。


 お父様は封筒を握りしめたまま、部屋を出ていく。


「……リリア?」


 お母様が私を見る。


「どうしたの?」


「……」


 私は何も答えられない。


 ただ。


 胸の奥に、嫌な予感が広がっていく。


 ――ゲームとは違う。


 何かが、すでに動き始めている。


 そして。


 それは、私が知っている未来よりもずっと早く――。


 私たち家族に近づいていた。

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