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『処刑される悪役令嬢に転生した……はずなのに、なぜか赤ちゃんから人生をやり直しています!~家族を救いたいだけなのに、公爵家のみんなが私を溺愛しすぎです~』  作者: 五十嵐紫
第1章「私、悪役令嬢になるはずだったんですけど!?」

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第1節 私、処刑される悪役令嬢……って、赤ちゃん!?

 ――目を開けた瞬間、私は思った。


「……え?」


 視界に入ったのは、見覚えのない天井だった。


 白い天井。


 高い天井。


 そして、天井から吊り下げられた豪華なシャンデリア。


「……ここ、どこ?」


 声を出したつもりだった。


 けれど。


「ふぇ……」


「…………え?」


 今の声。


 私の声?


 いや、違う。


 もっとこう……。


 ものすごく幼い。


「ふぇぇ……」


 もう一度声を出してみる。


 やっぱり同じだった。


「……うそ」


 慌てて身体を起こそうとする。


 ――動かない。


 というより、身体に力が入らない。


 手を動かそうとしても、小さな手がぷるぷるするだけ。


「え……?」


 私は自分の手を見つめた。


 小さい。


 ものすごく小さい。


 指も短い。


 手のひらも小さい。


「…………」


 嫌な予感がした。


 いや。


 そんなわけがない。


 そんなこと、あるはずがない。


 私は大人だった。


 ついさっきまで、普通に生活していた。


 仕事を終えて、自宅で夕食を食べて、そのあと大好きだった乙女ゲームの続きをしようとして――。


「……あれ?」


 そこから先の記憶がない。


 何かあった。


 確かに何かあったはずなのに。


 頭の中がぼんやりしている。


「ふぇ……」


 もう一度声が漏れた。


 その瞬間。


「お嬢様!」


 バタバタと大きな足音が近づいてきた。


「まあ……!」


 女性の声。


 扉が開く。


 淡い金色の髪をした女性が、慌てた様子で部屋に入ってきた。


「お嬢様、お目覚めになったのですね!」


「……?」


 女性は私の顔を覗き込む。


 そして、満面の笑みを浮かべた。


「まあ、なんて可愛らしい……!」


「……え?」


 いや。


 待って。


 私は今、「お嬢様」と呼ばれた?


 女性は私を抱き上げる。


 ふわり、と柔らかな感触に包まれた。


「奥様! お嬢様がお目覚めになりました!」


「まあ!」


 別の女性が入ってくる。


 こちらは長い銀色の髪をしていた。


 とても綺麗な人だ。


 そして、その人も私を見るなり目を潤ませる。


「リリア……!」


「……リリア?」


 その名前を聞いた瞬間。


 頭の中に、突然いくつもの映像が流れ込んできた。


 豪華な王宮。


 大きな学園。


 金色の髪をした少女。


 そして――。


 断頭台。


「……っ」


 怖い。


 何これ。


 知らない。


 なのに、知っている。


 私はその映像を知っていた。


 なぜなら――。


「……嘘」


 私は、前世で何度も遊んだ乙女ゲームの世界にいた。


 タイトルは――『聖女の恋と運命の王子』。


 そして、そこに登場する悪役令嬢。


 公爵令嬢、リリアーナ・フォン・アルヴェルディ。


 王太子の婚約者でありながら、主人公である聖女を虐め、最後にはすべてを失って処刑される少女。


「…………」


 私が知っている。


 ゲームのストーリーを。


 リリアーナの未来を。


 そして。


 そのリリアーナが――。


「私……?」


 愕然とした。


 まさか。


 そんな。


 でも、この顔。


 この名前。


 この場所。


 何より、この小さな身体。


 全部が一致している。


「……私、悪役令嬢に転生したの?」


 声に出したつもりだった。


「うー……」


 実際に出たのは、赤ちゃんの声だった。


「…………」


 沈黙。


 私を抱いている女性が、にっこり笑った。


「まあ! お嬢様、お話ししたいのですか?」


「…………」


 違う。


 そうじゃない。


 私は今、人生最大の危機に直面している。


 将来、処刑されるんだ。


 それなのに――。


「……ばぶ」


「まあぁぁ……!」


 女性が感極まった声を上げる。


「奥様! 今、声を出されました!」


「本当ですか!?」


 銀髪の女性――どうやら母親らしい人が、嬉しそうに駆け寄ってくる。


「リリア、もう一度お母様に聞かせてちょうだい!」


「…………」


 無理。


 今はそれどころじゃない。


 私の人生がかかっている。


 私は必死に考えた。


 どうする?


 ゲームの知識がある。


 なら、未来を変えればいい。


 王太子に近づかない。


 聖女を虐めない。


 悪役令嬢にならない。


 そうすれば、処刑されることはない。


「……よし」


 決めた。


 私は絶対に悪役令嬢にならない。


 そして――。


「この家族も、絶対に守る」


 ゲームの最後。


 リリアーナを守ろうとしたアルヴェルディ公爵家は、彼女の罪に連座して没落していた。


 父も。


 母も。


 兄も。


 すべてを失った。


 でも。


 今なら間に合う。


 私はまだ赤ちゃん。


 ゲームの本編が始まるまで、まだ何年もある。


「……ふふ」


 思わず笑った。


 今度こそ。


 私は未来を変えてみせる。


 そう思った、そのとき。


「リリア」


 母親が私を優しく抱きしめた。


「生まれてきてくれてありがとう」


「…………」


 胸が、ぎゅっとなった。


「お母様はね、あなたが生まれてきてくれただけで幸せなの」


 その声は、とても優しかった。


「あなたが笑ってくれるだけでいいのよ」


 ――そんなことを言われたら。


 前世では、家族とこんなふうに話した記憶なんてほとんどない。


 なのに。


 この人は、私を本当に大切そうに抱いている。


「……お母さん」


 思わず呟いた。


 もちろん、赤ちゃんの声にしかならない。


「ばぶ……」


「まあ……!」


 母親が涙を浮かべる。


「今、お母様って呼んだのかしら?」


「奥様、それはさすがに……」


 侍女が苦笑する。


 そのときだった。


 部屋の扉が勢いよく開いた。


「リリアは!?」


 低い声。


 黒髪の男性が飛び込んでくる。


 その姿を見た瞬間、私は固まった。


 知っている。


 ゲームにも登場した人物。


 アルヴェルディ公爵。


 冷酷公爵と呼ばれる、この国でも有数の権力者。


 ゲームでは、娘の罪によってすべてを失う人物。


「リリア!」


 その冷酷公爵が――。


 私を見るなり、顔をくしゃっと崩した。


「起きたのか!」


「…………」


 え。


 ちょっと待って。


 あなた、ゲームでは「感情を表に出さない冷酷公爵」じゃなかった?


 なのに。


「可愛い……」


 目が完全にデレている。


「私の娘は、今日も世界一可愛いな」


「…………」


 いやいや。


 待って。


 私は将来、あなたの人生をめちゃくちゃにする悪役令嬢なんですけど。


 そんな顔で見ないで。


「抱いてもいいか?」


 父親が母親に尋ねる。


「もちろんです」


「では……」


 恐る恐る私を抱き上げる。


 大きな腕。


 温かな体温。


「……軽い」


 父親が呟く。


「こんなに小さいのか」


 そして、私の小さな手を指で包む。


「リリア」


 優しい声だった。


「父上は、お前を絶対に守る」


「…………」


「何があってもだ」


 私は何も言えなかった。


 だって。


 この人はゲームの最後で、私のためにすべてを失う。


 その未来を、私は知っている。


「……嫌」


 小さな手をぎゅっと握る。


「私が守る」


 父親が目を丸くする。


「……ん?」


「ばぶぅ!」


「ははは!」


 父親が笑った。


「そうか。リリアは私を守ってくれるのか」


 違う。


 本当は、そう言いたいんじゃない。


 私が守る。


 お父様も。


 お母様も。


 お兄様も。


 この家族を、絶対に。


 そして私は心の中で宣言した。


 ――私は悪役令嬢にならない。


 ――処刑される未来も変える。


 ――この家族を絶対に破滅させない。


 赤ちゃんの私にできることなんて、まだほとんどない。


 歩くこともできない。


 話すこともできない。


 魔法だって使えない。


 でも。


 時間だけはある。


 ゲームが始まるまで、まだ何年もある。


「…………ふふ」


 私は小さな手を握りしめた。


 こうして。


 私の二度目の人生が始まった。

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