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『処刑される悪役令嬢に転生した……はずなのに、なぜか赤ちゃんから人生をやり直しています!~家族を救いたいだけなのに、公爵家のみんなが私を溺愛しすぎです~』  作者: 五十嵐紫
第4章 未来の婚約者と出会いました

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第5節 王子様の好きな花と、薬草商からの返事

 部屋へ戻ると、マリアがお茶を注いでくれた。


 私は椅子へ座り、両足を揃える。


 庭では気づかなかったけれど、靴の中の足が少し熱かった。


「リリア様。足置きをお使いになりますか?」


「はい」


 マリアが低い台を寄せてくれる。


 足を載せると、ほっと息が出た。


 隣に座ったユリウス殿下が、こちらを見る。


「たくさん案内してくれて、ありがとう」


「いつもの、お庭です」


「でも、僕には初めてだったから」


 殿下は窓の向こうへ目を向けた。


「あの道を通ると、噴水の水が見えるんだね。廊下からでは分からなかった」


 私は庭を振り返った。


 木の間から、ほんの少しだけ見える噴水。


 いつもは音の方が先に聞こえる。


 殿下は、あそこを見ていたのだ。


「こんど、近くも、行けます」


 言ってから、慌てて付け足した。


「きょうは、お休みですけど」


「うん。次の楽しみにしておく」


 殿下の返事に安心して、私は杯へ手を伸ばした。


 両手で持って、一口飲む。


 お茶は、熱すぎなかった。


     ◇


「でんか」


「何?」


「どのお花が、すきでしたか?」


 庭から戻ったら聞こうと決めていたことだった。


 殿下は少し考えた。


「名前が分からないんだけれど、道の端にあった、青い小さな花」


「青い……」


「背が低くて、石のそばに咲いていた」


 私は目を瞬いた。


 あの花だろうか。


 花壇の真ん中ではなく、縁に沿って並んでいる、小さな花。


「大きな、赤いのじゃなくて?」


「赤い花もきれいだったよ。でも、青い方が好きかな」


 私は膝の上の手を見た。


 庭へ案内するとき、一番大きな花を見せようとしていた。


 背の高い花。

 たくさん咲いている花。

 遠くからでも目立つ花。


 殿下が喜んでくれると思ったからだ。


 けれど、殿下が選んだのは、足元の小さな青だった。


「どうして、ですか?」


「ルゥの羽に似た色だから」


 殿下が微笑む。


「それに、小さい花がたくさん並んでいるところが、少し楽しそうだった」


 私は窓辺の小鳥の絵を見た。


 そう言われると、確かに似ている。


「お名前、きいておきます」


「ありがとう」


「つぎ、分かるように」


 今度は、大きな花だけではなく。


 殿下が好きだと言った花を、私もよく見てみたい。


 お兄様が隣で頷いた。


「庭師に聞いておこう。リリアの絵本にも載っているかもしれないね」


 私は嬉しくなって、杯を置いた。


 その拍子に、袖が皿の縁へ触れる。


 焼き菓子が一つ、ころんと横になった。


「……あ」


 落ちる前に止まってくれた。


 私はそっと皿の中央へ戻した。


 お父様が向かいで身を乗り出していたので、顔を上げる。


「だいじょうぶです」


「ああ。見ていた」


 とてもよく見ていたのは、分かりました。


     ◇


 お茶のあと、私たちは木馬で遊んだ。


 お父様が用意した大きな箱は、結局、部屋の隅へ運ばれてきた。


 ただし、全部を広げるのではなく、使いたいものだけ出す約束になった。


「お馬の、おうちがいります」


 私が言うと、お父様はすぐに箱へ手を伸ばした。


「では、城を」


「馬小屋でよいのではありませんか?」


 お母様が穏やかに尋ねる。


 お父様の手が止まった。


 私は箱の中の小さな建物を指さした。


「こっちです」


「……こちらか」


 お父様は、屋根の低い木の家を取り出した。


 殿下が口元を押さえている。


 私も少し笑いながら、木馬を家の前へ置いた。


 お兄様が積み木で道を作ってくれる。


 殿下は、小さな柵を並べた。


 三人で作ったので、道は途中から曲がっていた。


 馬小屋の前には、少し広すぎる庭がある。


「ここ、何を置こうか」


 殿下が尋ねる。


 私は小さな木を一つ選んだ。


「日かげ、です」


「馬も休めるね」


「はい。いっぱい歩くと、つかれます」


 言ってから、私自身が少し眠くなってきたことに気づいた。


 木を持った指が止まる。


 お兄様が、すぐにこちらを見た。


「リリア?」


 まだ遊びたい。


 せっかく殿下が来てくれたのだ。


 でも、さっきから瞬きがゆっくりになっている。


「……ちょっと、ねむいです」


 正直に言うと、殿下は並べかけていた柵を置いた。


「じゃあ、今日はここまでにしよう」


 私は慌てて首を振った。


「でんかは、まだ、いていいです」


 お父様やお兄様と遊んでいてもらえばいい。


 そう考えたのに、殿下は少し驚いた顔をした。


「僕だけ?」


「はい。リリア、おきたら……」


 どのくらい眠るのか、自分でも分からない。


 途中で帰らなければいけなくなるかもしれない。


 言葉が止まると、お母様が私の背中へ手を添えた。


「殿下にも、お帰りの時刻がありますからね」


 私は頷いた。


 分かっている。


 けれど、帰ってしまうのは寂しかった。


 殿下は私の手元を見てから、小さな木をそっと受け取った。


 馬小屋の横へ置く。


「これで、お休みする場所はできた」


 木馬を、その下へ動かした。


「続きは、また一緒に作ってもいい?」


 私は顔を上げた。


「また?」


「うん。次は、この先に橋を作りたい」


 曲がった道の先を、殿下が指さす。


 私はそこへ、小さな橋が架かるところを思い浮かべた。


「川も、いります」


「そうだね」


「青い布、あります」


 マリアを見ると、微笑んで頷いてくれた。


 私はようやく、手を膝へ戻した。


「じゃあ、つぎです」


「約束だよ」


     ◇


 玄関でお見送りするとき、私はお母様に抱かれていた。


 眠くなると、足より先に、言葉がゆっくりになる。


「きょうは……ありがとう、ございました」


「こちらこそ。月鈴花も、絵も見せてもらえて嬉しかった」


 殿下はそう言ってから、窓のある方へ少し目を向けた。


「僕たちの絵は、しばらくリリアーナのところだね」


「はい。だいじに、します」


「次に会うまで、よろしく」


 私は頷いた。


 殿下が馬車へ向かう。


 その背中を見ているうちに、一つ、言い忘れたことを思い出した。


「でんか」


 振り返ってくれる。


 私はお母様の肩から顔を上げた。


「あの……リリアでも、いいです」


 お兄様と、お父様がこちらを見た。


 私は急に恥ずかしくなった。


 けれど、もう言ってしまった。


「おうちでは、みんな、そうなので」


 殿下は少しだけ黙った。


 それから、確かめるように尋ねる。


「僕も、そう呼んでいいの?」


「はい」


 胸がどきどきした。


 変なことを言ってしまっただろうか。


 でも、殿下は嬉しそうに笑った。


「ありがとう。では、またね。リリア」


 聞き慣れたはずの名前が、少し違って聞こえた。


「……はい。また」


 私は小さく手を振った。


 馬車が門の方へ進んでいく。


 見えなくなるまで待っていると、お父様が隣へ来た。


「私たちだけの呼び名だったのだがな」


「リリアが、自分でお伝えできたのですよ」


 お母様が笑う。


 お兄様は少し考えたあと、私の顔を覗き込んだ。


「でも、お兄様と呼ばれるのは、僕だけだね」


 私は頷いた。


「はい。おにいさまだけです」


 お兄様の表情が、すぐに明るくなった。


 ……皆様、そんなに心配しなくても。


 お父様も、お母様も、お兄様も。


 私にとって、ほかの誰かと入れ替わる人たちではないのに。


 そう伝えたかったけれど、大きな欠伸が先に出た。


 お母様の肩へ頬をつける。


「おやすみ、リリア」


 優しい声を聞きながら、私は目を閉じた。


     ◇


 薬草商から返事が届いたのは、それから十日ほどたった午後だった。


 私はエルナ先生との授業を終え、布玉を籠へ戻したところだった。


 今日は、小さな光を一つ。


 三つ数えて消すところまで、落ち着いてできた。


 嬉しくて、もう一度やりたくなったけれど、約束は一回だった。


 手を膝へ置くと、先生が頷いてくれた。


 そこへ、お父様が入ってきた。


 手には、封を開けた手紙がある。


「少し、話をしてもよいだろうか」


 いつもの声より、低かった。


 私は背筋を伸ばした。


 先生がお父様の顔を見て、静かに席を譲る。


 ほどなく、お母様とお兄様も呼ばれてきた。


「セドリック・ノルンの所在が分かった」


 お父様が言った。


 私は膝の上で手を握った。


 月鈴花を屋敷へ運んだ人。


 北東のルナリア地方から来た、薬草商。


 これまで、名前と古い取引の記録だけを追っていた人だ。


「ご本人ですか?」


 お母様が尋ねる。


「ああ。商人組合を通して届けた問い合わせに、返事があった。昔の納入先も、こちらの記録と合っている」


「今は、どちらに?」


「王都の南にある町だ。店を構えているらしい」


 私はお父様を見上げた。


「遠い、ですか?」


「ルナリア地方ほどではない。だが、すぐに訪ねていくつもりはない」


 お父様は手紙へ視線を戻した。


「まず、代理の者を送って話を聞く。先方にも、そのように伝えよう」


 会いたい、と言いかけた口を閉じる。


 私が知りたいのは、花のことだけではない。


 銀の飾り。

 月の守り手。

 黒い紋章の指輪。


 けれど、その人がどこまで知っているのか、まだ分からない。


「何と、書いてあるのですか?」


 お兄様が尋ねた。


 お父様は、手紙の一節をゆっくり読んだ。


「『月鈴花の苗は、確かに私がお届けしました。今も育てていただいていると知り、嬉しく存じます』」


 そこで、一度言葉が切れた。


「『ただし、白灯花の鉢につきましては、私が仕入れた品ではありません』」


 私は顔を上げた。


 同じ日に届いた、別の花。


 同じ薬草商が売ったのだと思っていた。


 お兄様が、そっと尋ねる。


「では、誰が?」


 お父様の指が、紙の上を押さえた。


「『途中の宿で、先代公爵家へ届けてほしいと頼まれ、預かったものです。依頼人は、王都の施療院に縁のある者だと名乗りました』」


 部屋が静かになった。


 施療院。


 白灯花が、あとから送られた場所。


 私はその二つを頭の中へ並べた。


 同じ施療院なのだろうか。


 もし同じなら、どうして最初からそこへ届けなかったのだろう。


「その方の、お名前は?」


 お母様の問いに、お父様は首を横に振った。


「この手紙にはない。覚えていることを、詳しく伺う必要がある」


 私は唇を結んだ。


 名前を知りたい。


 どんな顔だったのか。

 何を話したのか。


 そして、指輪をしていなかったか。


 けれど、最後の問いだけは、そのまま口にできなかった。


 私が黒い指輪を気にする理由を、皆は知らない。


 前世で遊んだゲームの記憶。


 そこにある破滅を、私はまだ、誰にも話せていないのだ。


     ◇


「リリア」


 お母様の声に、私は顔を上げた。


 指先へ、少し力が入っていた。


 胸の奥も温かい。


 私はゆっくり息を吐いた。


 さっき籠へ戻した布玉を見て、柔らかな感触を思い出す。


 温かさが、それ以上、手の方へ動かなくなった。


「気になることがありますか?」


 お母様が尋ねる。


 私は少し迷ってから、頷いた。


「その人……何を持ってたか、きけますか?」


「白灯花を預けた人のことか?」


 お父様を見る。


「はい。お花だけか、ほかにも、あったか」


 指輪とは言えなかった。


 それでも、何も聞けずに終わるよりはいい。


 お父様は考えてから、手元の別の紙へ書き留めた。


「そうだな。服装や持ち物も、覚えているか尋ねよう」


 私は、ほっと息をついた。


 お兄様が隣へ座り直す。


「僕も、気になったことを書いていいですか?」


「ああ」


「どうして、うちへ届けるように頼んだのか。それから、手紙や名札が添えられていなかったか」


 お父様のペンが動く。


 お母様も、静かに言葉を足した。


「白灯花を施療院へ移した際の記録と、日付を合わせて確かめたいですね」


 一つずつ、質問が紙に並んでいく。


 私には思いつかなかった問いもあった。


 私はその様子を見ながら、握っていた手を開いた。


 聞きたいことを、自分だけで全部覚えていなくてもよい。


 私が一つ伝えれば、お兄様がもう一つ気づいてくれる。


 お父様が書き、お母様が確かめてくれる。


「ほかにあるか、リリア?」


 お父様が尋ねた。


 私は考えてから、首を横に振った。


「いまは、これです」


「分かった。あとで思いついたら、また教えてくれ」


「はい」


 お父様は質問を書いた紙を、手紙と一緒に揃えた。


 調べは、そこから先へ進んでいく。


 私は長椅子へ深く座り直した。


 窓辺では、殿下と描いた花が、青い小鳥の隣に並んでいる。


 その下には、まだ川のない木の橋。


 次に殿下が来るときのために、お父様が箱から出しておいてくれたものだった。


 私は橋を見つめ、それからお父様の手元へ目を戻した。


 知りたいことが、また増えた。


 少し怖くもなった。


 けれど、今日は一つ、尋ねてほしいことを伝えられた。


「おとうさま」


「どうした?」


「お返事、きたら……また、教えてください」


 お父様は頷いた。


「もちろんだ。一緒に読もう」


 私はその返事を聞いて、ようやく肩を下ろした。

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