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『処刑される悪役令嬢に転生した……はずなのに、なぜか赤ちゃんから人生をやり直しています!~家族を救いたいだけなのに、公爵家のみんなが私を溺愛しすぎです~』  作者: 五十嵐紫
第4章 未来の婚約者と出会いました

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第4節 ようこそ、私の大切な窓辺へ

 ユリウス殿下がいらっしゃる日、私は朝から同じ場所を三度も確かめていた。


 窓辺の月鈴花。

 その横に並べた絵。

 少し離して置いてもらった、二つの椅子。


 お兄様の椅子は、その隣。


 お父様とお母様は、向かいの長椅子。


 ……人数は、合っています。


「リリア様。先ほどから、何を数えていらっしゃるのですか?」


 マリアが尋ねる。


「すわるところ、です」


「皆様のお席はございますよ」


「でんかの、おつきの人は?」


 マリアが少し目を丸くした。


 王宮では、殿下のそばに侍従がいた。

 今日も一緒に来るのではないだろうか。


「その方のお席も、必要に応じてご用意いたします」


 私はほっとして頷いた。


 すると、扉のところから声がした。


「私より、気が利くな」


 お父様だった。


 手には、何も持っていない。


 けれど後ろの執事が、大きな箱を抱えている。


「おとうさま。それ、なあに?」


「殿下と遊ぶものを、少し用意した」


 箱の蓋が開く。


 木でできた城。

 小さな馬車。

 きれいに並んだ、人形や動物たち。


 私は箱とお父様を見比べた。


「……すこし、ですか?」


「多かったか?」


 どう答えよう。


 とても楽しそうではある。


 けれど、これを全部広げたら、椅子を置く場所がなくなってしまいそうだった。


 ちょうど部屋へ入ってきたお母様が、箱の中を覗く。


「お庭へお連れする予定まで、なくなってしまいますね」


「雨になったときのためだ」


「よいお天気ですよ」


 窓の向こうでは、庭木の葉が明るく揺れている。


 私は少し考えてから、箱の中の小さな木馬を指さした。


「これ、ひとつにします」


「城は?」


「でんかに、ききます」


 お父様が黙った。


 それから、ゆっくり頷く。


「そうだな。殿下のお好みもある」


 私は木馬を受け取り、卓の端へ置いた。


 用意するのは、楽しい。


 でも、殿下が何をしたいかは、殿下に聞いてみなければ分からない。


 お菓子も、絵も、私のために考えてくれた人を、今日は私がお迎えするのだ。


     ◇


 玄関に馬車が着いたと知らせがあったとき、私はちょうどハンカチを畳み直していた。


 一度目は、角がずれた。

 二度目は、裏返しになった。


 三度目は。


「リリア。来たよ」


 お兄様の声に、ハンカチが手から落ちた。


「あ」


 拾おうとした私とお兄様の手が、ぶつかりそうになる。


 二人で止まって、顔を見合わせた。


「僕が拾うね」


「ありがとうございます」


 お兄様が軽く払ってくれたハンカチを受け取る。


 ポケットへ入れようとして、今度は入口が見つからない。


 ……どうして、こういうときに限って。


 マリアがそっと布を広げてくれた。


「大丈夫です。まだ、間に合いますよ」


 私は頷いて、ハンカチをしまった。


 お兄様の手を取る。


 廊下へ出る前に、一度だけ窓辺を振り返った。


 月鈴花は、いつもと同じ場所にある。


 それを確かめてから、私は玄関へ向かった。


     ◇


 ユリウス殿下は、薄い箱を両手で持っていた。


 隣には、王宮でお見かけした侍従。

 少し離れたところには護衛の人たちもいる。


 お父様とお母様への挨拶が終わるのを待って、私は一歩前へ出た。


「ようこそ、おいで……くださいました」


 途中で少し息が足りなくなった。


 でも、最後まで言えた。


 殿下が笑う。


「招いてくれて、ありがとう。リリアーナ」


 私は胸の前で両手を重ねた。


「お花、さいてます」


「うん。楽しみにしていた」


 それから殿下は、持っていた箱を少し上げた。


「これも、忘れずに持ってきたよ」


 二人で描いた絵。


 ちゃんと、約束どおりに。


 嬉しくて、思わず近づきすぎた。


 お兄様が私の歩調に合わせて、そっと手を緩める。


「こちらです」


 私は殿下を見上げてから、廊下を指さした。


 いつも誰かについて歩いていた道。


 今日は、私が知っている場所へ案内できる。


 それが嬉しくて、背筋が少し伸びた。


     ◇


 部屋へ入った殿下は、最初に窓辺を見た。


 小さな額が並ぶ場所。


 月鈴花の絵と、青い小鳥。


 自分の描いたルゥを見つけて、殿下の足が止まった。


「……ここに、飾ってくれていたんだ」


「はい。毎日、見えます」


 私は窓辺へ近づいた。


「おきたときも。おそと、見たときも」


 殿下は黙って、絵を眺めていた。


 送ってもらってから時間がたっているので、紙の色はほんの少し変わっている。


 それでも、青い羽はきれいだった。


「下手なところまで、よく見えるね」


 殿下が小さく言った。


 私は慌てて首を振る。


「ルゥって、分かります」


「でも、この枝は曲がっている」


「とまれます」


 殿下がこちらを見た。


 私は絵の中の小鳥を指さした。


「ちゃんと、とまってます」


 一瞬、静かになる。


 それから、お兄様が小さく笑った。


「それを言ったら、僕の花だって、茎が曲がっていても咲いているね」


「はい」


 私は大きく頷いた。


 殿下も笑った。


 さっきまで少し固かった肩が、下がったように見えた。


「じゃあ、この花も置いてもらえるかな」


 箱が開く。


 中から現れたのは、私の花びらと、殿下の描いた茎と葉だった。


 お兄様が用意していた台へ、紙を立てかける。


 三枚の絵が並んだ。


 私は嬉しくて、殿下を見た。


 殿下は絵よりも、その下の小さな鉢を見つめていた。


「これが、月鈴花?」


「はい。ほんものです」


     ◇


 殿下が椅子へ座ると、私は隣へ座った。


 卓の上には、庭師に運んでもらった月鈴花。


 近くで見ると、白い花びらの端がわずかに透けている。


 殿下は顔を寄せすぎないようにして、じっと眺めた。


「絵で見るより、小さいんだね」


「はい。はっぱは、まるいです」


「手紙に描いてくれた方だ」


 私は頷いた。


 殿下は私の手紙を、ちゃんと読んでくれている。


 それだけで、胸が弾む。


「最後の文字も、リリアーナが書いたの?」


 私は手を膝へ戻した。


 急に、恥ずかしくなった。


「ひとつだけ、です」


「読めたよ」


「ほんとうですか?」


「うん。レオンハルトの字より大きかったから、すぐ分かった」


 私はお兄様を見た。


 お兄様は笑いながら頷いている。


 殿下が続けた。


「次の手紙にも、書いてくれる?」


 私は口を開きかけて、少し考えた。


 名前を全部書く、と言いたくなった。


 けれど、まだ最初の一文字でも時間がかかる。


「……また、ひとつでも、いいですか?」


「もちろん」


 殿下はすぐに答えた。


「続きでも、同じ文字でも」


 私はほっとした。


 毎回、新しいことができなければいけないわけではない。


「じゃあ、かきます」


 約束してから、小さく笑った。


     ◇


 しばらく花を眺めていると、私は木馬のことを思い出した。


 卓の端から取り上げ、殿下へ見せる。


「これで、あそびますか?」


「木馬?」


「お城も、あります。でも、お花を見ても、いいです」


 殿下は木馬を受け取った。


 丸く削られた背中を、指で撫でる。


「リリアーナは、何がしたい?」


 私は迷った。


 今日は、殿下がお客様だ。


 好きなことをしてほしい。


 けれど、私にも聞いてくれたのなら。


「……お庭、いっしょに見たいです」


「じゃあ、庭へ行こう」


 簡単に決まった。


 木馬は卓へ戻された。


 お父様がほんの少し残念そうだったので、私は付け足した。


「帰ってきたら、お馬もです」


「ああ。もちろんだ」


 返事が早かった。


 殿下が口元を緩める。


 私も笑って椅子から下りた。


     ◇


 庭へ続く道では、お兄様が左側、殿下が右側を歩いた。


 私は二人の間にいる。


 最初はお兄様の手だけを握っていたけれど、殿下がふと足を止めた。


「リリアーナ。僕も、手をつないでいい?」


 私は差し出された手を見た。


 お兄様のものとは違う手。


 王宮で紙を押さえてくれた指。

 青い小鳥を描いて、送ってくれた手。


「はい」


 右手を伸ばす。


 殿下は握り込まず、私がつかむのを待ってくれた。


 左には、お兄様。

 右には、ユリウス殿下。


 歩き出したところで、後ろからお父様の咳払いが聞こえた。


「段差がある。気をつけるように」


「はい、父上」


「承知しました、公爵」


 二人が同時に返事をした。


 ……私へ言ったのでは、なかったのでしょうか。


 私は足元を見て、低い段差を越えた。


 お母様が後ろで小さく笑う。


 その声を聞いて、肩の力が抜けた。


 ゲームの中では、こんな場面を見たことがない。


 私を守ろうとして破滅するはずの家族と、いずれ私を断罪するはずの王太子。


 その二人に手を引かれて、私は家の庭を歩いている。


 先のことを考えかけて、隣の殿下を見た。


 殿下は足元を確かめながら、私の小さな歩幅に合わせていた。


「ここ、すべりません」


 私が教えると、殿下がこちらを向く。


「そう?」


「でも、あっちは、お水のあと、すべります」


「じゃあ、今日もこっちを通ろう」


 私は頷いた。


 知っている道を教えられることが、少し嬉しかった。


     ◇


 庭の角では、庭師が空の鉢を並べていた。


 お父様の姿を見ると、すぐに手を止める。


「旦那様。白灯花の続きの記録が見つかりました」


 私は顔を上げた。


 お父様が庭師へ近づく。


「どこへ移した?」


「王都の施療院へ、ほかの薬草とともに送られております。こちらが、その控えでございます」


 差し出された紙を、お父様が受け取った。


 お母様も、横から目を通す。


「白灯花の名前だけが、別に記されているのですね」


「はい。ただ、育てるために送ったのか、別の用途があったのかまでは、こちらには」


 私は二人の手を握ったまま、紙を見上げた。


 白灯花は、枯れてなくなったとは限らない。


 屋敷の外へ、運ばれていた。


 それなら、あちらにも記録があるのだろうか。


 今も、同じ花が育っているのだろうか。


「せりょういん……」


 うまく言えずに呟くと、お兄様が教えてくれた。


「具合の悪い人たちを診たり、お薬を渡したりするところだよ」


 殿下が、少し考えるような顔をした。


「母上が、薬草の寄進についてお話しされていたことがあります。古い帳面も残っているかもしれません」


「ありがとうございます。こちらから正式に問い合わせましょう」


 お父様は紙を丁寧に畳んだ。


 調べることは、大人たちが進めてくれる。


 私は今聞いた場所の名前を、胸の中で繰り返した。


 王都の施療院。


 忘れないように。


     ◇


「月鈴花ではなくて、白灯花の方なんだね」


 庭師と別れてから、殿下が尋ねた。


 私は頷く。


「いっしょに、おうちに来たそうです」


「そうか」


 殿下は、少し先の花壇へ目を向けた。


 そこには、色の違う花が隣り合って咲いている。


「別々の花でも、一緒に運ばれることはあるものね」


「はい」


 私は二つの花の名前を覚えることに夢中で、そのことを忘れかけていた。


 一緒に来た理由も、まだ分からない。


 ただ、売るために鉢を並べていただけかもしれないのだ。


 私は殿下の手を握り直した。


「分からないこと、いっぱいです」


「僕もだよ」


 殿下は、困ったように笑った。


「だから、手紙で教えてもらえて嬉しかった」


 私は殿下を見上げた。


「お花のこと?」


「うん。それから、リリアーナが何を見つけたのかも」


 顔が熱くなる。


 私は花壇の方へ視線を戻した。


 次の手紙には、何を書こう。


 白灯花の行き先。


 今日、月鈴花を一緒に見たこと。


 それから。


「……きょう、来てくれて、うれしいです」


 手紙になるのを待たずに、声が出た。


 殿下が足を止める。


 私も、お兄様も立ち止まった。


「僕も、来られてよかった」


 殿下がそう答えたとき、家の方からマリアの声がした。


「皆様。お茶のご用意ができました」


 お兄様が私を見る。


「そろそろ戻ろうか」


 私は頷いた。


 少し歩き疲れてきたけれど、帰り道は長くない。


 握った二人の手へ、順番に目を落とす。


「ゆっくり、帰ります」


「うん」


「もちろん」


 二つの返事が聞こえた。


 私は来た道へ足を向けた。


 部屋には、三枚の絵と、小さな木馬が待っている。


 窓辺の席へ座ったら、今度は殿下に、お庭のどの花が好きだったか聞いてみよう。


 その答えを楽しみにしながら、私は二人と並んで歩き出した。

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