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『処刑される悪役令嬢に転生した……はずなのに、なぜか赤ちゃんから人生をやり直しています!~家族を救いたいだけなのに、公爵家のみんなが私を溺愛しすぎです~』  作者: 五十嵐紫
第4章 未来の婚約者と出会いました

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第2節 王子様の苦手なことと、二人で描く花

 ユリウス殿下のお茶は、私のものより少し濃い色をしていた。


 殿下は杯へ手を伸ばしかけて、ふと、私の皿を見た。


「そのお菓子、食べられそう?」


 白い皿には、小さな焼き菓子が載っている。


 花の形をしていて、真ん中に赤いジャムが少しだけついていた。


「はい。お花です」


「料理人に頼んだんだ。リリアーナが持ちやすい大きさにしてほしくて」


 私はお菓子と、自分の手を見比べた。


 確かに、両手を使わなくても持てそうだ。


 殿下は、私が来る前から考えていてくれたのだ。


「ありがとうございます」


 一つ持ち上げて、小さくかじる。


 ほろりと崩れて、甘い香りが広がった。


「おいしいです」


「よかった」


 殿下が笑う。


 私はもう一口食べようとして、気づいた。


 殿下のお菓子は、まだ一つも減っていない。


「でんかも、どうぞ」


「うん。僕はあとで」


「あとで?」


「リリアーナが、何か困ったらいけないから」


 私は目を瞬いた。


 近くには、お父様もお母様もいる。


 お兄様も、マリアも。


 それでも殿下は、私が食べ終わるまで見ていてくれるつもりなのだろうか。


 ……皆様、少し似ていますね。


 私はお菓子を皿へ戻した。


「いっしょに、食べたいです」


 殿下が、わずかに目を見開く。


「一緒に?」


「はい。おいしいので」


 そう言ってから、おかしな理由だっただろうかと少し迷った。


 けれど殿下は、自分の皿へ手を伸ばした。


「じゃあ、僕も」


 二人で、同じ花のお菓子を持つ。


 殿下が一口かじったので、私も続きを食べた。


「……本当だ。おいしい」


 今度の笑顔は、先ほどより少し幼く見えた。


     ◇


 お茶のあとは、庭の卓で絵を描くことになった。


 歩かなくても見える場所に、白い花が咲いていたからだ。


「次に送る絵の、練習にします」


 私がそう言うと、殿下は侍従に紙と色鉛筆を頼んだ。


「僕も、描いていい?」


「はい」


 お兄様が私の椅子を卓へ近づける。


 お父様は、卓の脚が揺れないか確かめた。


「あなた。先ほども確認なさったでしょう」


「紙へ力をかけるのだから、念のためだ」


 お母様の声に、お父様は真面目に答える。


 殿下はそれを見て、少しだけ口元を緩めた。


「公爵は、リリアーナのことになると、とても念入りだね」


「はい。いつもです」


「リリア」


 お父様が、少し困った声で呼んだ。


 私は首を傾げる。


 間違ったことは、言っていないと思いますが。


 お兄様が笑いをこらえながら、私の前へ紙を置いた。


「ほら。飛ばないように、ここを押さえておくね」


「ありがとうございます」


 私は白い花を見た。


 細い茎。

 先の尖った葉。

 重なるように開いた花びら。


 うまく描けるだろうか。


 黄色の色鉛筆を握る。


 花の真ん中へ、小さな丸を一つ。


 それから、花びら。


 一枚目は細くなった。

 二枚目は大きすぎた。


 三枚目を描こうとしたところで、隣から小さな声がした。


「……あれ」


 殿下が、自分の紙を見下ろしている。


 私もそちらを覗いた。


 緑色の茎の先に、白い花。


 けれど、何かが違う。


 殿下は本物の花と絵を交互に見てから、小さく息を吐いた。


「また、葉を大きく描きすぎた」


 紙の上では、花よりも葉の方が立派だった。


 殿下が少し恥ずかしそうに笑う。


「鳥なら、もう少し描けるんだけれど」


「お花、むずかしいです」


「うん。葉も、どこについているのか分からなくなる」


 私は殿下の顔を見た。


 王太子殿下にも、苦手なことがある。


 考えてみれば、当たり前だ。


 けれど、いつも優しく教えてくれていたので、何でもできるような気がしていた。


 私は自分の紙を、そっと隣へ寄せた。


「わたしも、おおきくなりました」


 花びらが一枚だけ、ずいぶん長い。


 殿下はその絵をじっと見た。


「本当だ」


「おそろい、です」


 そう言うと、殿下は少し黙った。


 それから、ふっと笑った。


「じゃあ、今日は大きな花と、大きな葉を描いたんだね」


「はい」


 失敗した絵が、急に楽しいものになった。


     ◇


 殿下は新しい紙を取った。


 けれど、描き始めようとして手を止める。


「もう一枚、描く?」


 私は頷きかけて、窓辺の月鈴花の絵を思い出した。


 お兄様に手を添えてもらったこと。


 自分だけではできなくても、誰かと一緒ならできること。


「あの」


「何?」


「いっしょの紙でも、いいですか?」


 殿下が白い紙を見下ろす。


「二人で?」


「はい。葉っぱ、でんか。お花、わたし」


「それだと、大きなものばかりにならないかな」


 真剣に心配した声がおかしくて、私は笑ってしまった。


 殿下も笑った。


「でも、やってみようか」


 卓の真ん中へ、一枚の紙を置く。


 お兄様が端を押さえ、侍従が反対側へ小さな文鎮を置いた。


 私は先に、黄色い丸を描いた。


 今度は少し小さく。


 その周りへ、花びらを一枚ずつ足していく。


 全部を同じ大きさにしようとすると、手が止まってしまう。


「ゆっくりでいいよ」


 お兄様が言った。


 殿下も、緑色の色鉛筆を持ったまま待ってくれている。


 私は最後の花びらを描いて、手を離した。


「できました」


「では、僕が茎を」


 殿下の手が動く。


 花の下から、緑色の線が伸びた。


 それから、葉を一枚。


 もう一枚描こうとして、殿下がこちらを見る。


「このくらい?」


 私は本物の花を見た。


 葉は、二枚とも同じ場所から出ているわけではない。


 一本の茎の、少しずれたところについている。


「こっち、すこし、したです」


 自分の紙なら、そのまま指を置いてしまったと思う。


 けれど、これは二人の紙だ。


 私は指先を浮かせたまま、示した。


「ここ?」


「はい」


 殿下が頷き、葉を描き足す。


 さっきよりも、小さい。


 最後に、私が花の下へ短い草を描いた。


 緑の線が、三本。


 それだけで、花が土の上へ立ったように見えた。


「……できたね」


 殿下の声が弾む。


 私は大きく頷いた。


「できました!」


     ◇


「まあ。素敵な絵ですね」


 声に振り返ると、王妃様が庭へいらしていた。


 お父様とお母様が立ち上がる。


 私も椅子から下りようとしたけれど、王妃様が手を差し出して制した。


「そのままでよいのですよ。今日は、遊びに来ていただいたのですから」


「おまねき、ありがとうございます」


「こちらこそ。お顔を見られて嬉しいわ、リリアーナ」


 王妃様の胸元へ、つい目が向いた。


 今日は、小さな真珠の飾りだった。


 月の曲線も、白い石もない。


 ほっとしたのか、残念だったのか、自分でもよく分からなかった。


「母上。これは、二人で描きました」


 殿下が絵を見せる。


「花はリリアーナが、茎と葉は僕です」


「ええ。よく見て描けていますね」


「リリアーナが、葉の場所を教えてくれたんです」


 私は慌てて手を振った。


「すこし、です」


「その少しが、助かったんだよ」


 殿下が言った。


 胸の中が、じんわり温かくなる。


 私はいつも、助けてもらってばかりだと思っていた。


 けれど、今日は葉の場所を伝えられた。


 魔法を使わなくても。


 殿下の絵を、一緒に描くことができた。


 お母様が、私の背へそっと手を添えた。


「よかったですね、リリア」


「はい」


 私はもう一度、絵を見た。


 少し大きな花。

 少し曲がった茎。


 それでも、どこから見ても、一輪の花だった。


     ◇


 王妃様はしばらく私たちの話を聞いてから、傍らの侍女へ目を向けた。


 侍女が差し出したのは、薄い紙を挟んだ書類入れだった。


「公爵。お願いしていた写しが整いましたので、お帰りの際にお持ちください」


「ありがとうございます」


 お父様が受け取る。


 書類入れから、一枚の紙が少しだけ覗いた。


 細い茎と、白い花。


 私は思わず身を乗り出した。


「月鈴花?」


 声が出てから、はっとした。


 大人のお話へ、割り込んでしまった。


 けれど王妃様は、怒らなかった。


「よく似ていますね。王宮に残っている、古い庭の記録なのですよ」


 お父様が紙を確かめる。


 私にも見えるように、少しだけ向きを変えてくれた。


 描かれた花は、確かに月鈴花に似ている。


 ただ、葉の形が少し違った。


 月鈴花の葉は、もっと丸みがある。


 この絵の葉は、先が細く、長かった。


「……はっぱ」


 私は呟いた。


 お父様の指が止まる。


「どうした?」


「おうちのと、ちがいます」


 言い終えて、不安になった。


 私が見間違えているかもしれない。


 古い絵だから、描き方が違うだけかもしれない。


「たぶん、です」


 急いで付け足すと、お父様は静かに頷いた。


「そうだな。帰ってから、本物と比べよう」


 王妃様も絵を覗き込む。


「花だけを見て、同じものかもしれないと思っていました。葉も確かめなければいけませんね」


「庭師にも見せます。こちらに書かれた名については、調べを続けても?」


「ええ。別の呼び名なのか、よく似た植物なのか。それも、まだ分かりませんから」


 紙の下には、私がまだ読めない文字が並んでいた。


 お兄様が、近くで目を細める。


 けれど、声には出さなかった。


 ここで話し始めれば、長くなると思ったのかもしれない。


 お父様が書類入れを閉じる。


 私は膝の上へ手を戻した。


 すぐに答えが出るわけではない。


 それでも、今日よく見ていた葉が、一つの違いを教えてくれた。


     ◇


 帰りの時刻が近づくと、私はまた、二人の絵を見た。


 どちらが持ち帰るのだろう。


 私が描いた花と、殿下が描いた葉。


 殿下も同じことを考えたらしく、紙を持ったまま少し困った顔になった。


「リリアーナに持って帰ってもらおうかな」


「でも、でんかの葉っぱも、あります」


「また描けるよ」


 そう言ってくれたけれど、私は迷った。


 今日、一緒に描いた絵は、これ一枚だ。


 私はお兄様を見た。


「どうしたの?」


「……かわりばんこ、できますか?」


 お兄様が瞬きをする。


 殿下も、私を見た。


「今日は、でんか。つぎ、わたし」


 言いながら、少し恥ずかしくなった。


 次に会うことを、勝手に決めているみたいだ。


 けれど殿下は、絵を胸の前へ大切そうに持ち直した。


「うん。それがいい」


「いいですか?」


「次に会うとき、僕が持っていく。それまでは、僕の部屋に飾ってもいい?」


「はい」


 私は笑った。


 紙を分けなくてもよかった。


 二枚に描き直さなくても。


 会うときに渡せば、二人とも眺められる。


「折れないように、入れ物を用意させよう」


 お父様が言った。


 王妃様が微笑む。


「では、こちらで。まずはユリウスが、お預かりするのですから」


 二人のやり取りを聞きながら、私はお母様の手を取った。


 今日は、もう足が疲れている。


 玄関まで全部歩くのは、少し難しいかもしれない。


 そう伝えようと口を開いた途端、お父様とお兄様が同時にこちらを向いた。


「抱こうか」


「抱っこする?」


 私は二人を見比べた。


 ……相談してから聞いていただいても、よいのですよ。


 殿下が小さく笑う。


 私もつられて笑ってから、お父様へ両手を伸ばした。


「きょうは、おとうさま」


「今日は、ということは、次は僕かな」


 お兄様が少し残念そうに言う。


 私はお父様の肩越しに頷いた。


「こんど、おにいさま」


「約束だよ」


 また、約束が一つ増えた。


 殿下と絵を渡し合う約束。


 お兄様に抱いてもらう約束。


 家へ帰ったら、月鈴花の葉を一緒に見る約束。


 先のことを考えるとき、怖い出来事ばかり思い浮かべていた私の中に、小さな楽しみが増えていく。


「リリアーナ。またね」


 殿下が絵を持っていない方の手を振った。


 私はお父様に支えてもらいながら、手を上げる。


「はい。また、いっしょに、かきましょう」


 殿下が頷いたのを確かめて、私は手を下ろした。


 帰ったら、お兄様に古い記録の文字を読んでもらおう。


 そして、今日の花のことを、忘れないうちにマリアへ話そう。


 お父様の腕の中でそう考えていると、袖口に青い色がついているのが見えた。


 私の指から移ったらしい。


 そっと隠そうとした手を、お父様が包んだ。


「よい一日だったな」


 私は袖の青と、遠ざかる庭を交互に見た。


「……はい」


 今度は、すぐに答えられた。

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