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『処刑される悪役令嬢に転生した……はずなのに、なぜか赤ちゃんから人生をやり直しています!~家族を救いたいだけなのに、公爵家のみんなが私を溺愛しすぎです~』  作者: 五十嵐紫
第3章 家族を守るために、魔法を覚えます!

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第10節 はじめての先生と、光をしまう練習

 魔法の先生が来る日の朝、お父様は私より落ち着きがなかった。


「椅子は、もう少し窓から離した方がいいのではないか」


「先ほど、ご自分で窓辺へ運ばれたでしょう?」


「光が眩しくないか、気になってな」


「それでしたら、薄いカーテンを引きましょう」


 お母様がそう言うと、マリアが静かに窓辺へ向かった。


 私は小さな椅子に座って、お父様を見上げる。


 先生にお会いするのは私なのに、どうしてお父様の方が緊張しているのでしょう。


 お兄様が隣へしゃがみ、小さな声で教えてくれた。


「父上、先生にお渡しするお手紙を三枚も書いていたんだよ」


「さんまい?」


「リリアが好きなことと、苦手なこと。それから、眠くなる時間」


 ……魔法の先生へお渡しするものですよね。


 私のお世話をお願いするわけではないはずですが。


「大切なことだ」


 聞こえていたらしいお父様が、真面目な顔で言った。


「初めて教わるのだから、不安は少ない方がいい」


 その気遣いは嬉しい。


 嬉しいけれど、お父様が何度も椅子を動かすので、そろそろ床の方が不安になってきました。


 私は肘掛けを握って、そっと足を揃えた。


     ◇


 やがて部屋へ入ってきたのは、灰色の髪をきれいに結った女性だった。


 落ち着いた茶色の服に、小さな革の鞄。


 杖も、大きな宝石も持っていない。


 物語に出てくる魔法使いとは少し違っていたけれど、微笑んだ目元が優しそうだった。


「初めまして、リリアーナ様。エルナ・ベルクと申します」


 先生は少し離れたところで膝を折り、私と目の高さを合わせた。


「これから、魔法のお勉強をお手伝いしますね」


「……リリア、です」


「では、リリア様とお呼びしても?」


 私は頷いた。


 先生の手には、小さな布袋があった。


「今日は、こちらを持ってまいりました」


 中から出てきたのは、丸く磨かれた石だった。


 薄い蜂蜜色をしていて、中央に白い筋が通っている。


 私は思わず身を乗り出した。


「きれい」


「魔力を調べるための石です。ただし、最初は見るだけですよ」


 伸ばしかけた手が止まる。


 先生はすぐに私へ渡さず、まず自分の手のひらへ載せた。


 蜂蜜色の石に、細い光の輪が一つ浮かぶ。


「このように、触れた人の魔力に反応します」


 お兄様が目を輝かせた。


「魔力量も分かるのですか?」


「おおよその目安になります。ただ、小さなお子様は魔力の流れが安定しませんから、一度で決めつけるものではありません」


 先生は石を布の上へ戻した。


「それより先に、お話をしましょう。リリア様は、どんなときに光を出したくなりましたか?」


 私は少し考えた。


 最初は、積み木が積めて嬉しかったとき。


 それから、お兄様の足元が暗かったとき。


「あかるく、したい」


「暗いところを?」


「うん。おにいさま、みえない」


 先生は私の言葉を急かさずに聞いた。


「誰かが見やすくなるように、と思ったのですね」


 私は頷いた。


「では、光を出したあと、どうなりましたか?」


「……ねむい」


「ほかには?」


「ふらって」


 お父様の眉が寄った。


 先生は静かに頷き、今度はお母様やマリアから、そのときの様子を聞いた。


 昨日までにお医者様にも診ていただき、今朝はよく眠れて、朝食も食べている。


 それを一つずつ確かめてから、先生は私へ向き直った。


「今日は、たくさん光らせる練習はしません」


 ……やはり、そうですか。


 少し残念で、膝の上の手を見下ろす。


 すると先生は、柔らかな声で続けた。


「光を出すことと同じくらい、大切な練習をします」


「なあに?」


「使わないで、お休みさせる練習です」


     ◇


 その前に、石へ触れてみることになった。


 先生が布の上へ置いた石に、指先を一つだけ載せる。


「光を出そうとしなくてよいですよ。ただ、触れていてください」


 私は小さく息を吐いた。


 蜂蜜色の石の中に、光の輪が浮かぶ。


 一つ。


 それから、もう一つ。


 お兄様が小さく息をのんだ。


 輪は重なるように増えて、石の端まで広がっていく。


 私は驚いて、指を引っ込めた。


 光はすぐに薄れた。


 部屋の中が静かになる。


 ……何か、間違えたのでしょうか。


 先生の顔を見る。


 先ほどと同じ穏やかな表情だったけれど、石を確かめる目は真剣だった。


「熱くありませんでしたか?」


「ない」


「疲れましたか?」


 私は首を横に振った。


 先生は石を鞄へ戻し、お父様へ顔を向けた。


「この年齢では、かなり珍しい反応です。大きな魔力を持っている可能性があります」


「身体への負担は?」


 お父様がすぐに尋ねる。


「持っている魔力の多さと、上手に使えることは別です。先日のふらつきも、力を一度に流しすぎた可能性があります。ただ、今日の反応だけですべては判断できません」


 先生は私の手を見た。


「しばらくは、光を大きくするより、出す量を少なくすること。そして、やめたいときにやめられることを大切にしましょう」


 私は自分の胸へ手を当てた。


 ここにある温かさ。


 少し使っただけで眠くなるから、私は魔力が少ないのだと思っていた。


 けれど、そうとは限らないらしい。


 大きな水差しを持っていても、小さな杯へ上手に注げるとは限らない。


 そんなことなのだろうか。


「まほう、へた?」


 尋ねると、先生は首を横に振った。


「まだ、習っていないのですもの」


 それが当たり前だという顔で、先生は言った。


「初めて匙を持った日から、こぼさずに食べられましたか?」


 ……今も、ときどきこぼします。


 思わずマリアを見ると、微笑んで頷かれた。


 私の食事事情は、しっかり把握されているようです。


     ◇


 先生は、私の前へ柔らかな布玉を置いた。


「今日は、これを使いましょう」


 片手でも包める、小さな丸い玉だった。


 中に綿が入っているらしく、握ると少しへこむ。


「まず、手の中の感触を確かめます」


 私は布玉を握った。


「やわらかい」


「ええ。次に、ゆっくり息を吐いてみましょう」


 言われたとおりにする。


 胸の奥の温かさを探そうとしたところで、先生が言った。


「光を呼ばなくて大丈夫です。今は、その玉を持っている手のことだけ考えましょう」


 布が指に触れている。


 縫い目が一つ。

 親指の下には、小さなくぼみ。


 それを確かめていると、強く意識していた胸の温かさが、少し遠くなった。


「では、手を開きましょう」


 指を伸ばす。


 布玉が膝へ落ちた。


「はい。今日は、これができれば十分です」


 私は先生を見上げた。


「これだけ?」


「これだけです」


 魔法の授業なのに、光は一度も出していない。


 石を光らせたことは別として、私は布玉を握って放しただけだ。


 拍子抜けしていると、お兄様が隣で同じように息を吐いた。


「僕もやってみたけれど、ほかのことを考えないのは難しいですね」


「レオンハルト様は、何を考えましたか?」


「リリアが上手にできているか、と」


 お母様が笑った。


 私は少し照れて、布玉を拾い直した。


 もう一度。


 今度は、手の中の柔らかさが、先ほどよりよく分かった。


     ◇


 授業が終わりに近づいたころ、廊下から物音がした。


 銀器が触れ合う、軽い音。


 扉の近くにいた侍女が、小さく声を上げた。


 お茶の盆が傾きかけたらしい。


 危ない。


 そう思った途端、胸の温かさが指先へ動いた。


 手のひらに、淡い光がにじむ。


 先生がすぐに気づいた。


「リリア様。手の中には、何がありますか?」


 私は息を止めかけた。


 布玉。


 まだ、握っている。


「たま」


「どんな玉でしょう」


「……やわらかい」


「はい。ゆっくり、息を吐きましょう」


 お父様が私へ手を伸ばしかけて、途中で止めた。


 お兄様も動かない。


 皆が待っている。


 私は布の感触を確かめた。


 縫い目。

 柔らかな綿。

 指の間に挟まった、少し余った布。


 息を吐く。


 手のひらの光が、薄くなった。


 もう一度、吐く。


 今度は、消えた。


「……きえた」


「ええ。自分で落ち着けることができましたね」


 先生の言葉に、私は手を開いた。


 布玉は、ただの布玉のままだ。


 焦げてもいない。

 光ってもいない。


 廊下の侍女も、盆を持ち直していた。


「申し訳ございません、お騒がせいたしました」


「怪我はないか?」


 お父様が尋ねる。


「はい。何も落としておりません」


 その返事を聞いて、ようやく肩の力が抜けた。


 助けなければと思った。


 けれど、私が何かをする前に、侍女は自分で盆を支えていた。


 先生が私の顔を覗き込む。


「びっくりしましたね」


「うん」


「教えてくださって、ありがとうございます」


 私は瞬きをした。


 光を出してしまったことより、驚いたと伝えたことを受け止めてもらえた。


 それが嬉しくて、布玉をそっと撫でた。


     ◇


「次にいらっしゃるのは、いつになりますか?」


 授業のあと、お父様が先生へ尋ねた。


「数日後に、今日のご様子を伺いにまいります。しばらくは短い時間で進めましょう」


「必要なものがあれば、すべて用意する」


「では、この布玉と、普段どおりに休める時間を」


 お父様が一瞬、黙った。


 もっと大きな買い物をするつもりだったのでしょうか。


 お母様が、私の髪を撫でながら微笑む。


「それなら、もう用意できていますね」


「……ああ」


 先生は鞄を閉じ、最後に私へ尋ねた。


「また、一緒にお勉強してくださいますか?」


 私は頷いた。


「せんせい、またね」


「はい。また、お会いしましょう」


 扉が閉まると、お父様が私の前へしゃがんだ。


「疲れていないか?」


「すこし」


 今度は、正直に答えた。


 お父様の表情が和らぐ。


「では、休もう」


 私は両手を伸ばしかけて、ふと思い出した。


 窓辺の絵。

 青い小鳥。


「そのまえ、かく」


「絵を?」


 お兄様が尋ねる。


「ルゥ。おへんじ」


 ずっと約束していた、私の絵。


 今日なら、少し描ける気がした。


 お母様とマリアが顔を見合わせる。


「では、線を三本だけにしましょうか」


「さんぼん」


 私は頷いた。


 お兄様が紙を押さえてくれる。


 太い青の色鉛筆を握り、ゆっくり動かした。


 一本目は、曲がった線。

 二本目は、短い線。

 三本目は、少し丸くなった。


 ……鳥には、見えませんね。


 自分でもそう思っていると、お兄様が真剣に紙を眺めた。


「ここが羽かな?」


「……うん」


 違うと言うほどの自信もなかったので、頷いた。


 お父様が後ろから覗き込む。


「よく描けている」


「あなた。まだ何を描いたのか、お伝えしていませんよ」


「リリアが考えて描いたことは分かる」


 私は色鉛筆を置いた。


 もう少し描きたい。


 丸を足せば、鳥らしくなるかもしれない。


 けれど、指先は少しくたびれていた。


 約束も、三本だった。


「……おしまい」


 そう言うと、お兄様が紙から手を離した。


「うん。続きは、また今度にしよう」


 私はお父様へ両手を伸ばした。


 抱き上げられた身体が、いつもの胸元へ収まる。


「殿下には、この絵と一緒にお手紙を書こうか」


 お兄様の問いに、私は頷いた。


「何を伝えたい?」


 少し考えた。


 魔法のことは、まだ先生とお父様たちに相談しなければいけない。


 けれど、今日できたことなら、伝えてもいいだろう。


「じぶんで……おしまい、できた」


 お兄様が、ゆっくり言葉を繰り返す。


「自分で、おしまいにできました」


「うん」


「分かった。そのまま書くね」


 私は安心して、お父様の肩へ頬をつけた。


 もっと大きな光を出すことも。

 難しい魔法を覚えることも。


 今の私には、まだ先の話だ。


 今日は、小さな光を消せた。


 疲れたと言えた。


 色鉛筆を、自分で置けた。


 眠くなった目で手のひらを見つめると、そこには青い色が少しついていた。


「おとうさま。あお」


「ああ。よく頑張った手だな」


 お父様は汚れた指を避けず、そのまま包んでくれた。


 私はもう片方の手に、布玉を握った。


 次の授業にも、持っていこう。


 そう考えながら、今度こそ静かに目を閉じた。

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