↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『処刑される悪役令嬢に転生した……はずなのに、なぜか赤ちゃんから人生をやり直しています!~家族を救いたいだけなのに、公爵家のみんなが私を溺愛しすぎです~』  作者: 五十嵐紫
第3章 家族を守るために、魔法を覚えます!

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
20/35

第9節 小さな手に灯る、守りたい光

 初めて「ルゥ」に近い音を出せた翌日、私は同じことを三度も求められた。


 一度目は、お兄様に。

 二度目は、お父様に。

 三度目は、二人を止めに来たお母様に。


「……私までお願いしてしまいましたね」


 お母様が、少し恥ずかしそうに笑う。


 私は寝台の上から、三人の顔を順番に見た。


 期待してくださるのは嬉しい。

 けれど、昨日できたことが、今日もできるとは限らないのです。


「うー」


 精いっぱい声を出すと、お父様が真剣な顔で頷いた。


「昨日より、声に力がある」


「あなた。毎回、何か褒めるところを探さなくてもよいのですよ」


「探してなどいない。自然と見つかるだけだ」


 ……それを聞いている私が、一番恥ずかしいのですが。


 お兄様は笑いながら、窓辺の絵へ目を向けた。


「ルゥは逃げないから、ゆっくりでいいよ」


 額に収められた青い小鳥は、今日も丸い目でこちらを見ている。


 その隣には、お兄様が描いた月鈴花。


 私は二枚の絵を見上げながら、口をもごもごと動かした。


 いつか、ちゃんと言いたい。


 小鳥の名前だけではなく。

 お父様、お母様、お兄様。


 それから。


 大好きです、と。


     ◇


 その「いつか」は、一度にやってきたわけではなかった。


 寝返りができて、見える景色が変わった。


 床の上を少し進めるようになると、お父様が部屋中の家具の角を確かめ始めた。


 つかまり立ちをした日には、お兄様が両手を広げたまま、私のそばから離れなくなった。


「レオン。あなたがそこで待っていたら、リリアが動けないでしょう」


「でも、転んだら……」


「転ぶこともございますよ。敷物もございますし、私もそばにおりますから」


 マリアにそう言われても、お兄様はなかなか手を下ろさなかった。


 そして、初めて一歩を踏み出した日。


 私は前へ進めたことより、受け止めたお父様が泣きそうな顔をしたことに驚いた。


「……歩いた」


「ええ。見ておりましたよ」


「私のところまで、自分で」


「一歩ですけれどね」


 お母様の声も、少しだけ震えていた。


 どうやら私は、一歩進むたびに家族の心臓へ負担をかけているらしい。


 今後は、できるだけ予告してから歩こう。


 そう決めたものの、歩くことに夢中になると、そんな配慮はすっかり忘れてしまった。


 季節はゆっくり巡った。


 庭の木が葉を落とし、新しい芽をつけ、また色を変える。


 月鈴花には花のない時期もあったけれど、庭師が大切に世話を続けてくれた。


 窓辺の絵は、いつも同じ場所にあった。


 そして私は、二歳になった。


     ◇


「リリア。何歳になったの?」


 朝の居間で、お兄様が尋ねる。


 私は胸を張って、指を二本立てようとした。


 人差し指は伸びる。

 けれど、中指まで伸ばそうとすると、薬指も一緒についてくる。


 ……なぜですか。


 頭では分かっているのに、手が相談に応じてくれない。


「にさい」


 仕方がないので、言葉を先に出した。


「うん。二歳だね」


 お兄様が私の隣へ座り、自分の指を二本立てる。


「こうすると、少しやりやすいかな」


 真似をする。


 今度は、なんとか二本になった。


「できた!」


「できたね」


 お兄様と指を並べていると、背後から低い声がした。


「そのままでいてくれ」


 振り返れば、お父様が扉のところに立っていた。


 手には紙。

 隣には、困った顔の執事。


「あなた。今日は家族でゆっくり過ごすのでしょう?」


 お母様が穏やかに尋ねる。


「ああ。だから、画家は呼ばない」


 呼ぶことも検討していたのですね。


「私が覚えておく」


 お父様はそう言って、真剣に私たちを見つめた。


 私は立てていた指を下ろし、代わりに両手を伸ばした。


「おとうさま。こっち」


 お父様が、すぐに来た。


 紙は執事へ預けられ、私はあっという間に抱き上げられる。


「どうした、リリア」


「いっしょ」


 お兄様だけではなく、お父様も。


 そう伝えるために、お兄様の袖を引いた。


 大きな手と、少し細い手。

 その間へ、私の小さな手を重ねる。


 お父様はしばらく黙っていた。


 それから、私の指先を包むように握った。


「ああ。一緒だ」


 言える言葉は、まだ少ない。


 長い言葉は途中で舌がもつれるし、急ぐと自分でも何を言っているのか分からなくなる。


 それでも、伝わることは増えていた。


 あの日、木の輪を放すだけで精いっぱいだった手で、今は家族の手をつなげる。


 それが、少し誇らしかった。


     ◇


 変わったのは、身体だけではなかった。


 私は最近、不思議なものを感じるようになっていた。


 最初は、暖炉のそばにいるような温かさだった。


 胸の奥に、小さな熱がある。


 走ったあととも違う。

 眠くなったときとも違う。


 特に、何かを強く願ったとき。


 その温かさが、指先まで流れてくる気がするのだ。


 ……魔力、なのでしょうか。


 前世で遊んだ乙女ゲームにも、魔法はあった。


 ただし、私は魔法の使い方を教わったことがない。


 画面の中で選択肢を押すことと、実際に自分の身体で使うことは、まるで違う。


 それに、ゲームの物語が、すべてを教えてくれていたわけではない。


 銀の飾りの由来も。

 黒い紋章の指輪の持ち主も。


 お父様たちの調査は続いているけれど、まだ分からないことが多かった。


 薬草商のセドリック・ノルンについても、古い取引の記録が少し見つかっただけだという。


 月鈴花を運んだ人だからといって、指輪の人物と関わりがあるとは限らない。


 まして、私の身体に起きている変化と結びつけるのは早すぎる。


 私は敷物の上へ座り、手のひらを見下ろした。


 まずは、確かめるだけ。


 熱いものを出そうとは思わない。

 何かを飛ばそうともしない。


 ほんの少し、温かさを指先へ動かしてみるだけだ。


「リリア様。積み木はこちらでよろしいですか?」


 マリアの声に、私は慌てて顔を上げた。


「うん。ありがと」


 運ばれてきた籠には、角を丸く削った積み木が入っている。


 私は一つを取り出して、膝の前へ置いた。


 その上へ、もう一つ。


 三つ目を載せようとすると、塔はあっけなく崩れた。


「……むずかしい」


「下に大きなものを置いてみましょうか」


 マリアが隣へ座る。


 私は頷いて、積み直した。


 今度は三つ。

 それから、四つ。


 できあがった小さな塔を見ているうちに、胸の奥がふわりと温かくなる。


 嬉しい、と思った。


 次の瞬間。


 私の指先に、淡い光が灯った。


「……あ」


 光は、積み木へ届く前に消えた。


 ほんの一瞬だった。


 けれど、見間違いではない。


 私は目を丸くして、自分の手を見た。


「リリア様?」


 マリアが顔を覗き込む。


 私は思わず、両手を膝の上へ伏せた。


「なんでも、ない」


 そう答えてから、胸がちくりとした。


 何でもないわけではない。


 でも、まだ説明できなかった。


 魔法だと決まったわけではないし、どうすればもう一度できるのかも分からない。


 お父様に知られたら、お医者様と魔法の先生と、念のための護衛まで集まりそうだ。


 ……少しだけ。


 もう少し自分で確かめてから、お話ししよう。


 私はそう決めて、積み木へ手を伸ばした。


     ◇


 それから私は、ときどき秘密の練習をするようになった。


 といっても、一人きりになるわけではない。


 私のそばには、たいてい誰かがいる。


 マリアが縫い物をしている間や、お兄様が同じ部屋で本を読んでいる間。


 私は膝の上で手を開き、胸の温かさをそっと意識した。


 出ない日もあった。


 頑張って眉間へ力を入れたら、マリアにお腹の具合を心配された日もあった。


 ……そこに力を入れるのではなかったようです。


 何度か試すうちに、強く命じるより、ゆっくり息を吐いた方がよいと分かった。


 光は小さい。


 昼間には、ほとんど見えない。


 それでも、確かに私の指から生まれていた。


 困ったのは、そのあとだった。


 少し光らせただけなのに、ひどく眠くなる。


 ある午後、私は絵本を開いたまま、こくりと頭を揺らした。


「リリア。眠い?」


「ねむく、ない」


 お兄様へ答えながら、もう一度、頭が揺れる。


 説得力がありませんでした。


「続きは、起きてから読もうか」


「あと、ちょっと……」


「小鳥が巣へ帰るところまで?」


 私は頷いた。


 お兄様は私を膝へ乗せ直し、ゆっくりページをめくる。


 その手が温かくて、安心して。


 気づけば、絵本の続きを聞く前に眠ってしまっていた。


     ◇


 秘密が見つかったのは、その数日後の夕方だった。


 お兄様と並んで、窓辺の絵を見ていた。


 新しい花をつけた月鈴花。

 お兄様が幼い頃に描いた、その花の絵。

 そして、ユリウス殿下の青い小鳥。


「今度のお返事には、リリアも何か描いてみる?」


「とり?」


「鳥でもいいし、好きな色を塗るだけでもいいよ」


 私は頷いた。


 ユリウス殿下からは、その後もときどき絵が届いていた。


 ルゥが水浴びをした絵。

 庭に落ちた木の実の絵。


 お兄様がお返事を書くとき、私は横から覗き込んで、ときどき紙の端へ線を引かせてもらっていた。


 次は、青を使おう。


 そう考えて手を伸ばしたとき、足元で積み木が転がった。


「あ」


 お兄様が屈んで拾おうとする。


 机の陰で、床が暗い。


 見えにくそう、と思った。


 もう少し明るければ。


 その願いに応えるように、手のひらへ光が集まった。


 今までより、大きい。


 丸い光が、私の手からふわりと浮いた。


 机の脚と、落ちた積み木。

 それから、お兄様の驚いた顔が、淡く照らされる。


「……リリア?」


 私は息を止めた。


 光が揺れる。


 隠さなければと思った途端、胸の奥から何かが引き出されるような感覚がした。


 足元がふらつく。


 光が消えるより先に、お兄様の腕が私を支えた。


「マリア!」


 呼ぶ声が、いつもより高かった。


 私はその袖をつかむ。


「だいじょうぶ」


「うん。でも、座ろう。ここに」


 お兄様は私を敷物の上へ座らせ、自分も隣へ膝をついた。


 マリアが駆け寄ってくる。


 ほどなくして、お父様とお母様まで部屋へ入ってきた。


 ……やはり、こうなりますよね。


 私は膝の上で、小さく手を握った。


     ◇


「どこか痛むか?」


 お父様の問いに、私は首を横に振った。


「怖かった?」


 お母様にも、首を横に振る。


 けれど、次の言葉は、すぐには出なかった。


「……ないしょ、した」


 お兄様が、私の手を見た。


「前にも、光ったことがあったの?」


「ちょっと」


「何回くらい?」


 私は指を折ろうとして、途中で分からなくなった。


 お母様が私の背中へ手を添える。


「何度か、試していたのですね」


 私は頷いた。


 お父様は叱らなかった。


 ただ、私と目の高さを合わせて尋ねる。


「どうして、光を出そうと思った?」


「……まもる」


 言葉が短すぎる。


 これでは、伝わらないかもしれない。


 私は焦って、続きを探した。


「おとうさま。おかあさま。おにいさまも」


 前世で見たゲームの結末。


 私を守ろうとして、破滅する家族。


 あの未来を変えるために、できることを増やしたかった。


「リリア、できること……」


 うまく続かなくて、唇を結ぶ。


 お兄様が、私の握った手へ指を添えた。


「僕たちを守れるようになりたかったの?」


 私は頷いた。


 お父様が、深く息を吐いた。


 それから、私の小さな手を両手で包む。


「その気持ちは、嬉しい」


 低い声が、ゆっくり耳へ届いた。


「だが、リリアが疲れて倒れてしまったら、私は悲しい」


「……ごめん、なさい」


「謝ってほしくて言ったのではない。一緒に考えたいんだ」


 お母様の手が、背中を優しく撫でる。


「どのくらいなら疲れないのか。どうすれば安全に使えるのか。私たちも知りませんもの。分かる方に教えていただきましょう」


 先生。


 その言葉に、私は顔を上げた。


「まほう?」


「ええ。ただ、まずは身体に無理がないか、確かめてからですよ」


 お兄様が、ほっとしたように笑った。


「僕も一緒に勉強していいですか?」


「もちろんだ」


 お父様が答える。


「リリアが話しにくいことは、私たちが聞けばいい」


 私は皆を見回した。


 秘密にして、一人でできるようになろうとしていた。


 でも、木の輪を放す練習だって、お兄様たちが待ってくれたからできたのだ。


 魔法も、同じなのかもしれない。


「いっしょに?」


「ああ。一緒に」


 お父様の返事を聞いて、握っていた手が少し緩んだ。


 今度は隠すためではなく、皆に見てもらうために、手のひらを上へ向ける。


 けれど、お母様がそっとその手を包んだ。


「今日は、もうおしまいです」


「……ちょっとも?」


「ちょっとも、です」


 マリアが毛布を持ってきた。

 お兄様は絵本を取ってくる。

 お父様は私を抱き上げて、長椅子へ座った。


 どうやら本日の私は、完全に休ませてもらうらしい。


 私はお父様の胸へ頬を寄せた。


 自分の手から生まれた光は、まだ頼りない。


 部屋を明るくすることさえできず、落ちた積み木を照らしただけ。


 それでも、お兄様の役には少し立った。


 明日は、今日より上手に。


 そのために、今日は休もう。


「おとうさま」


「どうした?」


「せんせい……こわくない、ひと」


 頭の上で、お父様が小さく笑った。


「分かった。優しく教えてくれる者を探そう」


「お父様より怖くない方ですね」


 お母様が付け加える。


「私は怖くないだろう」


 お兄様が絵本で口元を隠した。


 マリアまで、視線をそらしている。


 私は少し考えてから、お父様の服をつかんだ。


「リリアには、やさしい」


 お父様の腕に、ほんの少し力がこもった。


「これからも、そうする」


 その声を聞きながら、私は目を閉じた。


 守りたい人たちに、今日も守られている。


 いつか私も、この人たちを安心させられるだろうか。


 まずは先生のお話を、きちんと聞くところから。


 眠りに落ちる前、私はそう決めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。