07.なぜ泣き止む?
ボサボサだった白髪はサラサラで腰より少し上の長さに。
紫の目がしっかり見える長さに切られた前髪。
薄汚かった顔は、頬がピンクに色づいた透明感のある肌に。
「お気に召しませんでしたか?」
鏡の前で泣き始めてしまったフローラの背中にそっと侍女が触れる。
「ありがとうございます。こんなに綺麗にしていただいて……」
フローラは全力で首を横に振りながら、涙を拭った。
「うわぁぁん、うわぁぁん」
「あっ、戻らないと」
鏡をずっと見続けていたフローラの耳にアレクシスの泣き声が届く。
急いで戻ったフローラは、アレクシスを優しくあやしている侍女長の姿を見て首を傾げた。
どうしてアレクシスは泣いたままなのだろう?
抱っこする姿も、あやしている姿も、侍女長は私なんかよりもずっとベテラン。
マティアスの抱っこはお世辞にも上手とは言えなかったけれど。
「フローラ様、急がせてしまって申し訳ありません。アレクシス様をお願いします」
「はい?」
私よりも侍女長の方が良いのでは?
そう思っている間に渡されてしまったが、アレクシスはフローラが抱いた瞬間ピタリと泣くのを止めた。
「事前に聞いておりましたが、不思議ですね」
侍女長は手を口に当てながら信じられないと呟く。
「アレクシス様は病気のせいでずっと苦しくて、今まで泣き止むことはなかったのですよ」
「病気……?」
こんなに小さいのに苦しいなんて可哀想。
それなのにお母さんも死んじゃったし。
アレクシスの綺麗な赤い目を見ながらフローラは切なそうに微笑む。
「病気が早く治るといいね」
「あぶー」
偶然だろうがアレクシスが返事をしてくれたような気がしたフローラは、少し嬉しくなった。
ノックの音が響き、食事の準備ができたと告げられる。
「フローラ様、参りましょう」
「お食事までいただいていいのですか?」
正直に言うとお腹はペコペコだ。
昨日の朝、パンを一切れ食べてから何も食べていないから。
アレクシスを抱っこし、侍女長に連れられて廊下を移動する。
案内された部屋の大きなテーブルに並べられたたくさんの料理にフローラは驚いた。
「……フローラ? 随分と……」
奥に座っていたマティアスはそれ以上何も言わずにフローラの前までやってくる。
腰に手を添えられ、席まで連れて行かれたフローラは、マティアスに引かれた椅子に戸惑った。
「座って?」
「えっと、あ、座る……?」
椅子の前に立てばいいのかな?
このあとどうすればよいのか困っていると、侍女長に「そのまま腰を下ろしてください」と助言される。
言われた通り腰を落とすと、椅子にストンと座ってしまった。
マティアスが向かいの椅子に座ると、すぐにグラスに水が注がれる。
どうしよう。ナイフとフォークがいっぱいある。
グラスもいっぱいあるし、目の前のお皿には白い布が乗っているけれど、これはどういうこと?
布を食べるの?
「アレクシス様をお預かりします」
侍女長がアレクシスを抱き上げながら、皿の上の布を膝に乗せるのだと教えてくれる。
言われた通り布を膝に乗せると、すぐに男性が皿の上に料理が乗った皿を置き、離れて行った。
どうしてお皿の上にお皿?
「マナーとかわからなくて」
シャーロットはナイフとフォークを使って食べていたけれど、私はいつもパンをかじるだけ。
野菜はフォークを使って食べたことがあるけれど、ナイフは使ったことがない。
「お気になさらず召し上がってください」
本当にいいの? フォークだけで食べていいの?
目の前のマティアスはナイフとフォークで食べているのに?
フローラは周りの様子をうかがいながら一番手前にあったフォークを手に取った。
大きなお皿の上に乗せられた四角い料理にフォークを刺す。
……なんだろう、これ。
かぼちゃ? にんじん?
小さく切られた野菜が閉じ込められたプルプルの四角い食べ物をフローラは恐る恐る口に入れた。
「……おいしい」
何、この食べ物!
もうひとつのプルプルはトマトとアスパラだ。
あまりのおいしさについフローラから笑みがこぼれる。
「少しだけ待っていてね」
大泣きのアレクシスにフローラはお願いをする。
早くスープを飲んでしまおうと思ったが、コーンスープはとても熱かった。
でも濃厚でおいしい。
どうやったらこんなにおいしいスープができるのだろうか?
「フローラ様、申し訳ありません。次のお料理が来るまでアレクシス様を抱きかかえていただいても?」
「はい。もちろんです」
侍女長から受け取った瞬間、またピタリと泣き止むアレクシスを見たマティアスは、手に持っていたグラスをそっとテーブルに置いた。
「……本当に不思議だ。なぜ君だけ」




