35.一生分の買い物
アレクシスがついて行くと駄々をこねると思っていたのに、あっさりバイバイされたフローラは少し寂しかった。
0歳のまま成長が止まっていた時は、私の抱っこしかダメで、ずっと泣いていたのに。
アレクシスは止まっていた三年間をいっきに埋めるかのように急激な速度で大きくなっている。
毎日大きくなり、どんどんできることが増え、話せる単語も増えた。
侍女長、家令、侍女たちや騎士たちとも遊ぶようになり、こっそり料理長におやつをおねだりすることもある。
侍女長はもう二歳頃なのではないかと言っていたが、アレクシスの成長を嬉しく思う反面、私は必要なくなってしまったような気がした。
「……フローラ?」
ぼんやりとしていたフローラは目の前に並べられたたくさんの指輪にハッとした。
「気に入るものがなければ今度王都で」
「あっ、違うんです。アレクが一緒じゃないのが不思議で」
フローラは一番手前にあった細いシンプルな指輪を手に取る。
「それだと剣を握ったときに割れてしまいそうだ」
マティアスが手に取ったのはフローラが手に取った物よりも四倍以上太い指輪。
マティアスはフローラの手を取ると、左手の薬指にはめた。
「このくらいあれば割れそうにないが、フローラには太すぎるな」
細い指には似合わないとマティアスは指輪を抜き取る。
「では、こちらはどうでしょう?」
店員が奥の棚から取った指輪にマティアスもフローラも注目する。
太さは先ほどと同じくらい。
だが真ん中よりも下に一本黒い線が入っているデザインの指輪はあまり太さを感じさせなかった。
フローラの指にはめても重い印象はなく、細い指輪よりもお洒落だ。
「色もちょうどお二人の髪の色ですし」
「俺は悪くないと思うが、フローラはどう思う?」
「私も素敵だと思います」
二人の髪の色と言われると少し恥ずかしいが、マティアスに守られているような気がしてくる。
指輪はサイズ直しに一週間かかると説明されたが、出来上がるのが待ち遠しい。
契約結婚なのに指輪を買ってくれるなんて、優しすぎるのでは?
「次はフローラの服だな」
「えっ? 服はたくさん」
「アレクが燃やしてしまったから」
今日はゆっくりと試着し、ワンピースだけで五着も買ってもらった。
靴や鞄まで。
「それももらおう」
「マティ様、買い過ぎです~!」
燃えて短くなってしまった耳の横の髪。
この髪の長さなら揺れるイヤリングが素敵だと勧められ、赤い宝石のイヤリングを迷わず買ってしまうマティアスにフローラは焦る。
「赤はイヤか?」
「そ、そうではなくて」
「領地を潤すのも仕事だ」
イヤではないなら受け取れと、フローラはイヤリングとネックレスをその場でマティアスにつけられてしまった。
「目の色の宝石を贈られるなんて、なかなか独占欲のお強い彼ですね」
ご結婚はいつですか? と聞かれたフローラは真っ赤な顔に。
そうか、指輪をしていないから結婚していると思われないんだ。
鏡の中の宝石はマティアスの目と同じ真紅の赤。
なんだかマティアスに包まれているみたいな錯覚が起きてしまう。
「これも」
マティアスが店員に差し出したのは赤と紫の宝石が付いた蝶のバレッタ。
「彼の目の色と、お嬢様の目の色ですね」
フローラの髪を軽くまとめてバレッタで止めてくれた店員さんの呟きが恥ずかしい。
こんなにたくさん買ってもらっていいのだろうか?
今日は結婚指輪を買いに来たはずなのに、服だけでなく靴も鞄も、イヤリングとネックレス、さらにバレッタまで買ってもらうなんて。
なんだか一生分の買い物をしてしまった気分だ。
「次はアレクの本を探しに行くか」




