33.招かれざる客
普段は静かなベルンブルグ邸に響く男性の声に聞き覚えがあったフローラは、日記帳を読むのをやめた。
「早くフローラを出さんか!」
「ただいま小公爵を呼んでおりますのでお待ちください」
「ワシが会いにきたのは娘のフローラだ! 小公爵などどうでもいいわ!」
二階の部屋からでもわかる。
あれは叔父、ロイター男爵の声だ。
どうしてここに……?
「マティアス様がすぐ森から戻られますので、フローラ様はこちらにいてください」
出なくて大丈夫ですと言いにきた家令をフローラは引き止める。
「私、行きます」
アレクシスが眠っていることを確認したフローラは、アレクシスを侍女長に任せ、家令と広いエントランスへ向かった。
階段を降りる前にうっかり叔父と目が合ってしまったフローラは思わず目を逸らす。
取り押さえられていた叔父は勢いよく騎士たちを振り払うと、大きく手を広げた。
「フローラ! 心配していたぞ。さぁ、帰ろう」
その笑顔はどういうこと?
今まで私にそんな顔したことないのに。
「今すぐ一緒に帰れば勝手に出ていったことは許してやる。ランス伯爵も許してくださると言ってくれている。それにシャーロットも待っているぞ」
だから安心して戻ってこいと言う叔父の言葉に、フローラは眉間にシワを寄せた。
シャーロットが待っているのは、私ではなくて王都で一番有名な店のドレスよね?
「叔父様はなぜここへ?」
「迎えにきたに決まっているだろう。いい歳して迷子になりおって」
「迷子?」
ロイター男爵は階段の途中にいるフローラの上から下までを舐めるように見た後、肩をすくめた。
「公爵家にお世話になっていると聞いたからもっとマシな身なりになっているかと思えば、シャーロットのドレスの方が豪華だな」
隣国の公爵はこの程度かと鼻で笑ったロイター男爵の発言に、騎士たちがピリッと反応する。
包帯ぐるぐる巻きの私を心配するわけではなく、ドレスも与えないのかと公爵家を馬鹿にするなんて許せない。
フローラはグッと拳を握ると、家令を追い抜かし階段を下りた。
「叔父様とは戻りません」
「なんだと?」
「私はもう結婚しました。叔父様の指示よりも夫の指示に従います」
「生意気な!」
怒った顔で近づいてくる叔父。
この叔父に子どもの頃から何度叩かれたことか。
でももう叩かれる理由はない。
叔父が手を振り上げた瞬間、フローラは思いっきり叔父の身体に体当たりをした。
「……なっ!」
今まで反撃されたことなんてないから驚いたでしょう?
でもずっとこうしてやりたかった。
尻餅をついた叔父は真っ赤な顔をしながら怒りでプルプルと震えている。
「フローラ、おまえ!」
立ち上がり掴みかかろうとする叔父に、騎士たちは剣を突きつけた。
「奥様、この男の腕を切り落としてかまいませんか?」
「お屋敷が汚れてしまうので、森でお願いします」
にっこり微笑むフローラに叔父は目を見開く。
騎士に腕を掴まれ、本当に森まで連行されそうな雰囲気にロイター男爵は焦った。
「フ、フローラ、タチの悪い冗談はやめるんだ」
「……冗談?」
何が冗談なのでしょう? とフローラは首をかしげる。
騎士を止めないフローラにロイター男爵は「助けてくれ」と大声で騒いだ。
「……騒がしいな」
森から急いで戻ってきたマティアスは、騒がしい原因の男を睨みつけた。
家令がここまでの経緯を説明するとマティアスは男を無視し、フローラのもとへ。
「大丈夫か?」
「おかえりなさい、マティ様」
急いで戻ってきていただいてすみませんと謝罪するフローラの肩を抱くと、マティアスはそのまま階段を上って行こうとする。
「ま、ま、ま、待ってください。ワシはフローラの父で……」
「フローラの父親は病気で亡くなった」
「い、いや、ワシは養父で……」
「戸籍上、フローラに養父はいない」
お前は誰だと睨まれたロイター男爵は、マティアスのあまりにも冷たい目にゴクッと唾を飲み込んだ。
「フ、フローラ! 育ててやった恩を忘れておまえは!」
育ててやった?
私はロイター男爵邸の使用人部屋に泊めさせてもらっただけだ。育ててもらった覚えはない。
シャーロットのように家庭教師をつけてもらったこともない、マナーも教えてもらったこともない、文字すら読めない。辞めた侍女の服、靴もそうだ。自分の服など一着もない。
食事だって私の分はなく、三人の食べ残しを家令と二人で分けて食べていた。
そんな状態で『育ててやった』だなんて言われたくない。




