32.これってもしかして
翌朝、目が覚めたフローラはいつもと壁紙の色が違う部屋に驚いた。
横にはピッタリとくっついて眠っているアレクシス。
腕や顔がヒリヒリして、全身が重い。
「……マティ様?」
なんでベッドの横で椅子に座って寝ているの?
どういう状態?
アレクシスが寝ぼけながら炎を出して。
炎が止まって、……それで?
それでどうしたんだっけ?
フローラが少し身体を離した瞬間、アレクシスの大きな赤い目が開く。
「おはよう。アレク」
「……いちゃい?」
短い腕を精一杯伸ばしながら「痛い?」と聞いてくれたアレクシスにフローラは微笑んだ。
「痛くないよ。アレクは?」
「うん」
うん? 痛くないよってことでいいのかな?
「アレク、また大きくなったね」
「うん」
服が小さいかな?
この前みたいに脱ぐこともできないほどアレクシスが成長する前に、大きめの服にしておかないと。
「着替えようか」
起き上がったフローラは、ようやく自分の腕が包帯でぐるぐる巻きにされていることに気がついた。
胸も首もぐるぐるだ。
大袈裟では?
「まてー、おっき」
バシバシとマティアスの膝を叩くアレクシスにフローラが驚く。
慌ててアレクシスを引き離したが、もう遅かった。
「……フローラ?」
起き上がったフローラを見たマティアスは立ち上がる。
「大丈夫か? 痛みは? 無理に起き上がらない方が」
いつもは堂々とした態度のマティアスのオロオロと狼狽える姿がおかしくて、フローラは思わず笑ってしまった。
「大丈夫です」
「とても大丈夫には、見えないんだが……」
包帯ぐるぐる巻きのフローラを見たマティアスは大きく息を吐く。
マティアスは困った顔で微笑むと火傷をしたフローラの頬にそっと手を伸ばした。
「すまない」
「マティ様のせいでは」
「俺のせいだ」
アレクシスはシルバーウルフに襲われて両親を亡くしたのに、気にせず側を離れた自分のせいだとマティアスは謝罪する。
「傷が残るかもしれない」
「気にしません」
従姉妹のシャーロットなら大騒ぎしそうだが、私は最初から手も足もボロボロだから気にならない。
「アレクが無事ならいいんです」
このくらいすぐ治りますよとフローラは微笑んだ。
マティアスの手がフローラの頬から耳の横に移動する。
少し首がくすぐったいと思っていたフローラにマティアスの顔が近づいてきた。
今にも唇が触れてしまいそうな距離にフローラの胸が高鳴る。
これってもしかして……。
「ぎゅー」
マティアスのお腹にアレクシスがくっついた衝撃で二人の唇が遠くなる。
自分が何をしようとしていたのか、我に帰ったマティアスは耳を赤くしながら腕で口元を隠した。
「す、すまない」
「い、いえ……」
フローラの顔も真っ赤に染まる。
「侍女長のところへ行くぞ、アレク」
マティアスはアレクシスを軽々と抱き上げると、そのまま振り返らずに部屋の外へ。
部屋に一人残されたフローラは、触れそうで触れなかった唇をそっと指でなぞり、とんでもないことを期待してしまった自分に恥ずかしさが込み上げた。
一年間だけの契約結婚なのに。
ランス伯爵から助ける方法が他になかったから結婚してくれただけなのに。
フローラは火照った顔を包帯だらけの手で覆い隠しながら、ドクドクする心臓が落ち着くのを待った。
「フローラ様、お待たせしました」
大きい服に着替えたアレクシスと手を繋いで部屋に戻ってきた侍女長に、フローラは髪がバラバラの長さになってしまったことを説明された。
焦げてしまった前の方は肩上に、後ろはあまり焦げていなかったので腰より少し上の長さのままの姿を鏡で確認する。
「ありがとうございます」
気にしないことを告げると侍女長のホッとした表情を見ることができた。
自分も着替え、アレクシスと食事をして、絵本を読んで、おもちゃで遊んで、お昼寝の間に母の日記帳を読む。
昼間に薬を塗り直したが、思ったよりも火傷は酷くなかった。
もうヒリヒリしないので包帯もいらないかと思ったが、侍女長が包帯を巻いた方がいいと言うので一番ひどい腕だけ巻いてもらうことにした。
腕は包帯がぐるぐる巻きだけれど、やることはいつもと変わらない普通の日。
……のはずだったのに。
「おい、早く呼んでこい!」
大きな声で騒ぐ『招かれざる客』。
聞き覚えのある声にフローラは思わず苦笑してしまった。




