31.炎
熱いというより肌がピリピリして痛い。
炎に包まれたアレクシスも痛いのかな?
「アレク、お願い。目を覚まして」
「がうがう、うわぁぁぁぁん」
がうがう?
もしかしてさっきのシルバーウルフの夢を見ているの?
「フローラ様、早く離れてください! 燃えてしまいます!」
耐火毛布を棚から運びベッドに被せると、侍女長は扉を勢いよく開けた。
「早くマティアス様を呼んで! 耐火毛布と水も! 急いで!」
バタバタと騒がしくなる屋敷内。
フローラはアレクシスをギュッと抱きしめた。
「アレク、大丈夫。大丈夫だから目を覚まして」
「うわぁぁぁぁん」
「マティ様がやっつけたから、大丈夫。怖くないから」
段々、肌が焼けるように痛くなってきた。
まるで鍋から熱々のスープが跳ねて腕に飛んだみたいに。
「うわぁぁぁぁんうわぁぁぁぁん」
「フローラ様、危険です。アレク坊ちゃまを離してください!」
どうしてアレクシスは目覚めないの?
フローラはベッドの上でアレクシスを縦に抱っこしたまま背中を摩る。
「うわぁぁぁぁんうわぁぁぁぁん」
「起きて、お願い――!」
フローラは必死でアレクシスを呼んだ。
どんなに熱くても離したくなかった。
火は怖いというより現実味がなく、フローラの頭の中には「アレクシスが泣いている」ということしか考えられなかった。
何が起きたのかはわからない、何をしたのかもわからない。
どうしたらよいのかわからないままアレクシスを助けたいと願ったフローラの頭の中で、急に金色の光が弾けた。
「……まあま?」
ゆっくり目を開けたアレクシスの周りにはもう炎はない。
残っているのはベッドを燃やす赤い火だけ。
逃げなきゃ!
フローラはアレクシスを抱えたままベッドから下りようと足を床についたが、うまく力が入らずへたりこんでしまった。
「フローラ様!」
「ベッドの消火を急げ! カーテンに燃え移る前に!」
騎士たちの必死の消火でベッドの火はすぐに鎮火。
「……アレク、痛いところは……?」
きょとんとしている大きな目を見る限り、大丈夫そうだ。
アレクシスに怪我がなさそうでよかった。
私はなんとなく腕がヒリヒリするけれど……?
「よかった、無事で……」
駆け寄った侍女長の姿にホッとしたせいか、フローラの意識はそこで途絶えてしまった――。
夫婦の寝室ではなく、結婚する前にマティアスが使用していたベッドに寝かされたフローラとアレクシスを見ながら、マティアスは頭を押さえた。
「申し訳ありません、マティアス様」
「いや、侍女長のせいではない。俺がここを離れたせいだ」
フローラにぴったりとくっついて眠っているアレクシスに怪我はない。
だが、フローラの赤くなった肌は火傷。
綺麗な白髪も焦げ、服もだいぶ燃えたようだ。
腕と胸、そして足の火傷は侍女長が薬を塗ってくれたが、なぜこんなに無茶をしたのか。
「アレク坊ちゃまが突然炎を出されたのですが、寝たままうなされているご様子でした」
「炎……?」
やはり兄フェリクスの事故現場に残っていたもう一人の炎はアレクシスの可能性が高い。
俺が魔法を使えるようになったのは十歳、兄は十二歳だった。
それでも早いと言われたのに三歳でもう炎を出せるなんて、アレクシスの魔力がいかに高いかを物語っているようだ。
事故現場と同じ炎かどうかはカールが調べてくれているだろう。
「フローラ様が金色の光を出され、ようやくアレク坊ちゃまが目覚めて炎が止まりました」
「金色?」
「はい。白い光の中に、金色の輝く粒がキラキラ光っていると申し上げた方が正確でしょうか。そのあとすぐにお倒れに」
「そうか……」
マティアスは目を覚まさないフローラの赤くなった頬をそっと撫でた。
「……あとは俺がついている」
「はい。なにかあればお呼びください」
頬の横の髪が燃えてしまったので短く切ったと侍女長は言っていた。
先日買ったばかりの服も燃えてしまった。全部買うよりも気に入った一着を買ってもらった方が嬉しいと言っていたが、やはり店内の商品すべて買った方が良かったのではないか。
火の中でアレクシスを抱き続けるなんてどうかしている。
なぜ自分の子どもではないのに、彼女はここまでアレクシスを……?
マティアスは答えが出ない問いに溜息をつきながらベッドの横の椅子に腰かけ、眠った二人を眺め続けた。




