03.なんでこんなことに
見知らぬ場所に置いて行かれたフローラはしばらく放心状態だった。
倒れた女性はもう動かない。
赤ちゃんをここに置いていくこともできない。
「なんで、こんなことに……」
叔父が決めた政略結婚から逃れるため、ツヴァイク王国のヴェルナー伯爵に助けてほしいとお願いする予定だったのに。
見知らぬ私なんて助けてくれないかもしれないけれど、あのままロイター男爵からランス伯爵に売られるのは嫌だと思った。
一度しか会ったことがない白髪のおじいさんの後妻になんてなりたくなかった。
私を売ったお金で、従妹のシャーロットが美しく着飾る姿なんて見たくなかった。
王都からマイアー街へ行って、マイアー街から別の乗合馬車でトリヒ街へ行き、トリヒ街から国境を越えるとツヴァイク王国へ行くことができると家令に教わったのに、ここはどこ?
マイアー街まであとどのくらいあるの?
「ぶぅ」
さっきまで泣き叫んでいた赤ちゃんは人の気も知らないでご機嫌そうだ。
「……あなたのお母さん、死んじゃったわ」
この子も可哀想だけれど、私もなかなか可哀想じゃない?
どうしたらいいのよ。
辺りは建物も木も見えないただの野原。
誰かがこちらに来る様子もなく、今のところ動物が襲ってくる気配もない。
「……これからどうしよう」
フローラは溜息をつきながら、倒れた女性の近くで朝になるのを待った。
腕の中ですやすやと眠る赤ちゃんはフローラの白髪とは対照的に真っ黒な髪だった。
夜中は気が付かなかったが、赤ちゃんの首にはペンダントが掛けられていた。
残念ながら紋章を見てもどこの貴族かわからないけれど。
フローラは近くに咲いていたピンクの花を千切り、女性の顔の前に置いた。
背中は目を背けたくなるほど傷が酷く、こんな傷で歩いていたなんてとても信じられない。
赤ちゃんのために最後まで必死で逃げた母の強さを見せられた気がした。
「ベルンブルグ……って言っていたっけ……?」
地名なのか貴族の名前なのかもわからないけれど、そこに連れて行けばこの子を引き取ってもらえるのだろう。
フローラは昨日燃えていた方向にゆっくりと歩き始めた。
近づくにつれて焦げた臭いが強くなる。
「うっ」
フローラはできるだけ見ないようにしながら、黒焦げの物体の横を急いで通り過ぎた。
「このまま道をまっすぐ進んだら、マイアー街に行けるかな」
マイアー街でベルンブルグについて尋ねたら何かわかるだろうか?
ずっと赤ちゃんを抱っこしている腕がツラいけれど、こんなころに置いて行くわけにもいかないし。
でも、ミルクとかオムツとかどうしたらいいの?
「……変な鳥」
まるで燃えているかのような赤い鳥がフローラの近くを飛びまわる。
「王都では見たことないなぁ」
鳩より少し小さいあの鳥は食べられるのだろうか?
燃えてお肉になったらいいのに。
馬車が通ったら助けてもらおうと思っていたのに、馬車は全然通らない。
建物もなく、人の姿も見えない。
目を覚まさない赤ちゃんを抱えたまま、フローラは一本道を進んだ。
「ちょっと休憩」
フローラは木陰に座り込み、膝の上に赤ちゃんを乗せた。
ずっと抱きかかえていた左腕がだるくて仕方がない。
右手で左腕をほぐしてやると、今更ながら疲れがドッと出た。
「赤ちゃんがこんなに重たいなんて知らなかった」
腕を伸ばし、大きく伸びをする。
喉も乾いたし、お腹も空いたけれど、何も持っていない。
まだ街も見えないし、あとどれだけ歩けばいいのかフローラにはわからなかった。
「あ、さっきの変な鳥」
やっぱり鳥の丸焼きにはならないか。
燃えた鳥をぼんやり眺めていると、フローラが歩いて来た方向から馬が見え始める。
「あの人たちに街まであとどのくらいか聞こう!」
フローラは赤ちゃんを左腕に抱きかかえながら、ゆっくりと立ち上がった。




