28.二回
恐ろしい買い方をするマティアスを止め、なんとかワンピース一着にしてもらう。
ヒールの高い靴やおしゃれな鞄も勧められたが、アレクシスを抱っこするには不向きなのでお断りした。
まだアレクシスの服も絵本も選んでいないのに、すでにロイター男爵邸を全部掃除したかのような疲労感なんですけど!
すぐに三歳くらいまで大きくなるだろうとヨハンに言われたので、アレクシスの服も最低限に。
店ごと買ってしまいそうなマティアスの金銭感覚が怖かった。
「それが気に入ったの?」
「あう」
アレクシスが選んだのは木のおもちゃだった。
紐を引っ張ると、いびつな木がガタガタ不思議な動きをしながら動くおもちゃだ。
「ではこれを」
他にも買ってしまいそうなマティアスを引き留め、次は絵本を探しに本屋へ。
途中でお昼ご飯も食べたが、結局買い物を終えてベルンブルグ邸へ戻ったのは、もう夕日が森の中に落ちてしまいそうな時刻だった。
「……疲れた」
アレクシスとベッドにゴロンとしたのは失敗だった。
マティアスにお礼を伝える間もなく、フローラとアレクシスはそのまま眠ってしまった。
◇
「見つけたのになぜ連れて来なかった!」
ランス伯爵邸にガシャンとグラスが割れる音が響き渡った。
「子ども連れでしたので別人です」
「子ども?」
「生後半年くらいの赤ちゃんは一緒にいた男性にそっくりな黒髪の子だったので夫婦かと」
「その女でかまわん。ここへ連れてこい!」
珍しい白髪に紫眼の女が他にもいるとは。
「重要なのは容姿だけだ」
フローラでなくても構わないというランス伯爵の指示に騎士たちは戸惑う。
「ですが相手はベルンブルグ公爵子息だそうです」
「だからなんだというのだ!」
相手が公爵だろうが、白髪紫眼の女さえ差し出せばジーゲルト公爵が守ってくれるはずだ。
「さっさといけ!」
今度は本を投げつけられた騎士たちは、逃げるように慌てて部屋を退室した。
◇
手入れされた芝生が美しいベルンブルグ邸の庭で、フローラはよちよち歩く一歳くらいのアレクシスに夢中だった。
「アレク、可愛い~」
どうして右手と右足が一緒に出てしまうのか。
どうしてときどきピョコンと跳ねるのか。
フローラだけでなく、侍女長も侍女たちも護衛騎士たちもアレクシスを温かく見守る。
「まあま」
「なあに、アレク」
急にちっちゃくしゃがんで抱っこアピールをするアレクシス。
なにこの可愛い子!
誘惑に負けたフローラはつい抱っこをしてしまい、九キロを超えた重さに後悔した。
「アレク、こっちにおいで。もう大きいからフローラに抱っこをおねだりしたらダメだ」
「ぶう!」
頬を膨らませたアレクも可愛い。
マイアー街へ行く乗合馬車に置いて行かれ、マティアスのお世話になり始めてから一ヶ月、マティアスと結婚してからまだ三週間もたっていないが、フローラは幸せな日々を過ごしていた。
ロイター男爵に怒られることもなく、男爵夫人に叩かれることもなく、従妹のシャーロットに無理難題を言われることがない日々。
六十歳を越えたランス伯爵のもとへ嫁ぐ心配もなく、たくましい旦那様マティアスと可愛いアレクシスに囲まれ、綺麗な服と美味しい食べ物、ふかふかのベッドもあり、文字の勉強もさせてもらえて、こんなに幸せで良いのかと不安になるくらい平和な毎日だった。
「森を散歩しよう」
マティアスがアレクシスを抱っこし、三人で森へ向かう。
ベルンブルグ邸は森に囲まれた丘の上にあり、どの方向へ行っても大きな木ばかり。
だが木漏れ日が心地よく、散歩にはちょうど良かった。
「ランス伯爵がフローラとの婚姻届を二回出したそうだ」
「二回?」
「一回目はフローラの誕生日に。スペルミスで返却したと教会からの手紙に書いてあった」
フローラの表記は『Flōra』。一般的には『Flora』と書くことが多く、旧字の『ō』を使うのは珍しい。
そのおかげで受理されなかったとマティアスはフローラに受理されなかった理由を教えた。
「二回目は一週間ほど前。提出されたが既婚者のため受理されなかった」
俺の妻だからなとマティアスが振り向く。
「0時に結婚したんだ。俺より先にフローラの夫になれる男がいるはずがない。だから安心しろ」
「はい、マティ様。本当にありがとうございます」
マティアスがいなかったら、どこの国にいても知らないうちに結婚させられてしまうところだった。
結婚してしまったら居場所もばれ、連れ戻されてしまうし、夫に従うのは当然なので誰にも助けてもらえない。
本当によかった。
フローラは助けてくれたマティアスの横顔を見上げながら嬉しそうに微笑んだ。




