27.あそこからこちらまで
ヨハンが王都に帰ったことを侍女長から聞いたのは朝食の時だった。
「えっ? もういないんですか?」
「えぇ。朝五時前に出発されました」
「もう帰っちゃったんだって。せっかくお座りできるようになったのにね」
フローラの膝の上でちょこんと座れるようになったアレクシスに話しかけると、アレクシスは「あう」と頷く。
「侍女長、今のアレクは何歳くらいなんだ?」
「生後半年くらいですよ。寝返りは昨晩しましたか?」
「えっ? 私も寝てしまったので気づきませんでした」
どうしようと焦るフローラに侍女長は優しく微笑む。
「気づかなかったということは、おそらくしていないですね。体当たりしてくるはずですから」
「こっちも来なかった……たぶん」
俺も眠っていたと申し訳なさそうに答えるマティアスとフローラは顔を見合わせて笑った。
「アレクシス様の服とフローラ様の服、あとは育児書を探しに街へ行ってはいかがですか?」
絵本やおもちゃもあるといいですねと侍女長が付け加える。
「ああう」
「じゃあ行くか」
朝食を食べ終わったら行こうと言うマティアスにアレクシスは声をあげて喜んだ。
結婚式の日に馬車を使ったけれど、あの日は夜だったからあまり見えていなかった。
けれど、豪華すぎません?
大きい馬車だなとは思っていたけれど、外もこんなに豪華だったなんて。
馬の口と繋がっている紐にも金色の装飾品、馬の背中にも絨毯のような布が被せられている。
馬車の本体はもちろん言うまでもなく煌びやかで、この馬車ひとつで一生分のパンが買えそうだと失礼なことを考えてしまった。
「あーう、あう」
「外が楽しいの?」
「あぁ、アレクは外の景色を見るのは初めてか」
そうか。ずっと横抱きされていたから見えなかったんだ。
膝の上に乗ったアレクシスは馬車の窓をペチペチ叩く。
「アレクの手、捕まえた!」
「うまんま」
「一緒に外を見ようね」
馬車は街のドレス店へ。
「彼女に似合うものを」
従妹のシャーロットの服よりもレースや宝石が多い美しいドレスが所狭しと並ぶ店内。
「マティ様、これではアレクのお世話ができません」
「そうか。では別の店へ」
店長さん、ごめんなさい。
違うんです、このお店が気に入らなかったんじゃないです!
理由を説明する間もなく次の店へ。
「ここならどうだ?」
マティアスが次に連れて行ってくれたのはワンピースが並ぶ店。
「あ、ここなら」
「ではこちらに」
案内された試着室でどんどん差し出される服にフローラは固まる。
そんなにたくさんの服、着られません!
「待って、アレク。段差!」
最初はお利口に試着室で座っていたが、すぐに飽きてしまったアレクシスがハイハイを始め、もう試着どころではない。
子どもってこんなに大変なの?
試着は諦め、綺麗だなと思った一着のワンピースを手に持ち、マティアスのもとに戻る。
「早いな、それだけか?」
「アレクがハイハイで歩き回って、とても試着できる雰囲気ではなくて……」
「そうか、ではあそこからこちらまで、全てもらおう」
マティアスが指を差したのは店内のほぼ隅から隅まで。
「待って、待って、買いすぎですっ! サイズも合わないので、これだけで~!」




