26.聖女の末裔
「今日の夜に話すつもりだったけれど、アレクも寝ているし、今でもいいかな」
「英雄の話ですか?」
「そう。昔ね、この国にドラゴンが現れて、そのドラゴンを四人の青年たちが倒したんだ」
「ドラゴン……というのは何ですか?」
マティアスは席を立ち、本を一冊手にして戻ってくる。
ページを開き、ドラゴンの挿絵をフローラの前に見せた。
「こんな生き物は見たことがないです」
何この怖そうな生き物!
人よりも何倍も大きい身体、鳥とは違う翼、大きな口には牙まであって、とてもではないがこんな生き物を倒せるなんて信じられない。
「うん、今はもういないかな。このドラゴンを倒したのが風のランケ、土のレクラム、水のジーゲルト、そして火のベルンブルグ」
「ベルンブルグ?」
「そう。マティのご先祖様」
ヨハンはマティアスを指差しながら揶揄うように笑った。
自分だってベルンブルグのくせにと小声で文句を言いながら、マティアスは席に座る。
「あとこの四人の英雄が全力で戦えるように支えた聖女クリスティン。この五人のおかげでドラゴンを退治できたと伝えられているんだ」
ヨハンは心を落ち着かせるかのように大きく息を吐いた。
「で、聖女クリスティンの末裔が君」
まさか聖水が作れるとは思わなかったとヨハンは嬉しそうに笑う。
「聖女クリスティンの容姿は、白髪に紫眼だ」
白髪に紫眼……?
私は確かに白髪に紫眼だけれど……。
「以前は君のお母さんが聖水を作っていたんだね」
だから手に入らなくなった。
十三年前にフローラの母が亡くなってしまったからだ。
ヨハンは右手を口元に当てながら、なるほどねと呟いた。
「子どもの頃、金色の粒が入った水を見たことは?」
「ないです」
「作り方が書いてある日記帳を見せてもらってもいい?」
フローラはマティアスと目を合わせたあと、母の日記帳を取りに席を立つ。
上に置いてあったノートを退け、日記帳だけヨハンに手渡した。
「羽根が生えた馬……?」
表紙を捲った所に箔押しされた羽根が生えた馬の紋章にヨハンの手が止まる。
「ヨハン、その紋章に見覚えはないか?」
「ホルス王国の貴族の紋章は流石に知らないよ。君の実家?」
「いえ、ロイター男爵家でも、母の実家だと言われたヴェルナー伯爵家でもなくて」
「へぇ。どこのだろうね。この数字もなんだろう?」
日記帳をパラパラと捲りながらヨハンは首を傾げる。
「しかも読めないよ。これを見て聖水を作ったの?」
「はい」
不思議だなぁと呟きながらヨハンは日記帳をフローラに返した。
「んー、とりあえず、その紋章がどこの物か王都で調べてきてあげるよ。あ、その聖水もらってもいい?」
「あ、はい。いいですよね? マティ様」
マティアスが「あぁ」と返事をするのとほぼ同時にヨハンは聖水のグラスを持って立ち上がるとアレクシスのところへ。
「君がいればアレクは大丈夫そうだ」
ぷにゅぷにゅのほっぺを触りながら「よかったな、アレク」と呟く。
彼女がいればおそらくアレクシスは聖水を飲まなくても大丈夫。
どこまで魔力塊が減るのかわからないが、側にいるだけで減るなんて奇跡じゃないか。
この聖水はマティアスの父、ベルンブルグ公爵に持って行こう。
アレクシスの次に今、魔力塊が多いのはベルンブルグ公爵だから。
この聖水を飲めば、もしかしたら魔力塊のせいで不自由になったベルンブルグ公爵の足も治るかもしれない。
「あ、アレクは本来の年齢の三歳くらいの見た目になると思うけれど、そのあとは年齢通りに成長するから心配しないで」
急に大人にはならないからねとヨハンはフローラに向かって笑った。
「何かしなくてはならないことはありますか?」
「普通の子育てで大丈夫。愛情いっぱい注いであげて」
できればずっと側にいて、少しでも魔力塊を減らしてほしいけれど。
「わかりました」
侍女長に教わりながらがんばりますとフローラはヨハンに答える。
「あ、マティ。ちょっとちょっと」
マティアスを呼び出したヨハンは、小声で囁く。
「早く子ども作って。英雄と聖女の子どもがどっちの能力を受け継ぐのか楽しみにしてる」
「……は?」
呼び出されたからには重大な話だと思っていたマティアスの顔は、ヨハンの予想外の言葉で赤く染まる。
「新婚さんの邪魔をするといけないから明日の朝、王都に戻るよ。二人で子育てがんばって~」
ついでに子作りもがんばって。
手をヒラヒラさせたあと、ヨハンは部屋の扉を開ける。
グラスの聖水をニヤニヤ眺めながらヨハンは占領している客室に戻った。
「……とんでもないものを引き当てた」
鞄の中から容器を取り出したヨハンは丁寧に聖水を入れ、タオルで包み、鞄の真ん中に大切にしまった。
急いで結婚したマティアスの判断は正しかった。
初めて庭であの容姿を見た時、まさかとは思った。
だが、よくて遠縁、偶然そういう容姿だったという可能性もあり、期待は薄かった。
血液検査の結果から遠縁の可能性が高いと思っていたけれど。
「まさか本物の聖女だったなんて」
しかも金色の粒の量は先代の二倍以上。
少し試しただけであの量とは。
彼女の血液を検査させてもらったが魔力塊はゼロ。
だから魔力がないのだと思っていたが、あれは魔力塊を消してしまうからゼロなのだ。
彼女は絶対に奪われてはいけない。
狙われるとすれば、ベルンブルグと同じように魔力過多で困っている水の一族ジーゲルト。
あの一族の小公爵も確かマティアスと同じくらい魔力を保有しているはずだ。
早くマティアスの父、ベルンブルグ公爵に聖水を見せて報告しなくては。
翌朝、検査キットを片付け、服も書類もすべて鞄に詰め込んだヨハンは聖水を持ち、急いで王都へ戻った。
Nolaノベルで公開の漫画版と、なろうで公開のファンタジー要素強めはこのお話から分岐しています。
このあとも共通部分はありますが、こちらが原案で漫画版改稿前の原稿になります。
読みずらい部分が多いかと思いますが、温かい心で読んでいただけると嬉しいです。




