24.母のノート
「まこ**の*はわつがい……、違う? えっと、■この***は■いつか*が……」
読めない字があるけれど文章っぽい?
フローラは自分のノートに順番を入れ替えて書き写した文章を侍女長に見せた。
「■このノートは■いつか私がい■なくなった時……フローラ様、この■は何ですか?」
「■がなかったら読める?」
「はい、読めますが?」
この読み方で合っているんだ。
文字さえ覚えれば読めそう!
「ありがとう、侍女長」
あとでマティアスにも見てもらおうと思いながらフローラは日記帳の上に自分のノートを重ねて置いた。
いつもならもう起きている時間なのに、珍しく全然目を覚まさないアレクシスの様子を見にフローラはソファーへ。
「ねぇ、侍女長。アレクの服が小さそうなんだけれど、そんなことありえる……?」
少しぶかぶかだったはずの服がムチムチで苦しそうだ。
腕もパンパンで服が食い込んでいる……?
フローラはアレクシスの服の首元のボタンを慌てて外した。
「すぐに着替えを準備します! フローラ様、すぐ脱がせてください。マティアス様とヨハン様を呼んでまいります」
眠っているアレクシスの服の紐をほどいたが、布に余裕がなく脱がすことができない。
「フローラ!」
「マティ様、お願いします。服を脱がせてください」
二人掛かりで脱がせようとするが、もう食い込んでしまった服はなかなか脱がすことができない。
「切るしかない」
マティアスはハサミを取り出し、布に切れ目を入れた後、布を引き裂く。
ようやく脱がすことができた服とアレクシスの身体を確認したマティアスは、あまりにも違うサイズに困惑した。
「こんなに大騒ぎしているのに、アレクが目を覚まさないなんて」
フローラとマティアスは信じられない気持ちを共有する。
「アレクがどうしたって?」
最後に駆け込んで来たヨハンは、生後三ヶ月ほどだったアレクシスが生後六ヶ月程度の一人で座れる赤ちゃんくらいのサイズに変わったことに戸惑った。
「ヨハン様、アレクは大丈夫なのでしょうか?」
「ヨハン、アレクが目を覚まさない」
オロオロする新米夫婦の二人を見ながら、ヨハンは頭をボリボリと掻く。
「とりあえず、侍女長が服を持ってくるまで、そこに寝かせておこうか」
フローラはヨハンに言われたとおりソファーで作られた簡易の寝床にアレクシスを寝かせ、裸のまま布団をかぶせる。
「本当に成長し始めたね」
こんなに早く成長するなんて思わなかったと、ヨハンはマティアスとフローラに謝罪した。
「歯が生えるのは生後六ヶ月くらいだから、今は一人で座ったりできるくらいだと思ってもらえればわかりやすいかな」
個人差はあるけれどこのあとハイハイをして、一歳過ぎた頃には歩くとヨハンは興味津々な新米夫婦に教える。
「二人で子育てがんばって」
ヨハンはすやすや眠るアレクシスのほっぺをぷにゅっと触ると、またねと部屋を出て行ってしまった。
「……不思議だな」
「そうですね」
侍女長が持って来てくれた服はだいぶ大きかったが、裸でいるわけにもいかないので着せることにした。
フローラがアレクシスを抱きかかえ、マティアスが服を着せる。
不慣れな二人では上から被る服を着せるのも一苦労だ。
もたもたしてしまったが、なんとか二人掛かりでアレクシスに服を着ることができた。
「着替えだけで一苦労だな」
街の母親たちはすごいなとマティアスは肩をすくめる。
目覚めないアレクシスをソファーに寝かせたフローラは、ついでにマティアスにもう一度母の日記帳を見てもらった。
「……確かに、そのルールなら読めるな」
マティアスはフローラのノートに数行書き写し、読まない文字を黒く塗りつぶした。
フローラが知らない文字の上にフリガナをつけ、読んでとフローラの前にノートを置く。
「この のーとは いつかわたしが いなくなったとき のこされたものが こまらないよう しるしておく……?」
この能力はすべての人を助けることができる奇跡の力ではない。
力を過信してはならない。
どうか正しいことに使ってほしい。
「能力……?」
母の日記帳にしては変な内容のノートに、フローラは首を傾げる。
「この方法なら読めそうだな」
とりあえず最初だけと言いながら、マティアスはすぐに二ページも書き写してくれた。
「わからなければ声をかけてくれ」
ソファーで書類を確認しているがいつでも声をかけてかまわないとマティアスに言われたフローラは、読まない文字を消しながら内容を読み始める。
「ぐらすに みずをいれて りょうてで にぎる」
ダイニングテーブルに置かれていたグラスに水を注ぎ、フローラは両手で包み込んだ。
「たのしいこと、うれしいことを おもいうかべる」
思い浮かんだのは両親。
三人で手を繋いで、ロイター男爵邸の庭を歩く。
白い小さな花が咲く庭、顔は覚えていないけれど振り向いて口元だけ微笑む両親。
「……フローラ?」
異変を感じたマティアスがソファーで顔を上げる。
「フローラ!」
ふらつき、今にも倒れそうなフローラの姿に、マティアスは書類をテーブルに投げながら急いで立ち上がった。




