23.暗号
「これは受理できませんでした」
教会へ提出したフローラとの婚姻届が差し戻された状況に、ランス伯爵は納得できなかった。
「なにがダメだ? ちゃんとサインしてあるだろう」
ランス伯爵は自分のサインと、愛人が代わりに記載したフローラの名前を指差す。
「名前のスペルが登録と違いました。ご本人が書いたのではないですね?」
「あいつは字の読み書きができん!」
「ではご本人様を連れて教会へ来てください」
とにかくこの書類は受理できないと、神官はランス伯爵に婚姻届を突き返した。
「スペルが違うだと? ロイター男爵め! 一体どういうことだ!」
まさかあの女の価値に気づいて、わざと嘘を教えたのか?
「おい、正しいスペルを教えろ!」
「申し訳ありません。教会ではお教えすることができません」
ご本人と一緒に来てくださいとしか言わない神官に腹を立てたランス伯爵は「もういい」と教会を出た。
三ヶ月ほど前、ある男が白髪で紫眼をした若い女を探しているとサロンで小耳に挟んだ。
名前も年齢もわからないが、珍しい容姿なので見ればすぐにわかるだろうと。
男はツヴァイク王国からこのホルス王国に女を探しに来たが、未だ手がかりがなく、情報をくれた者には情報料を、連れてきたものには報奨金を払うと大きな声でしゃべっていた。
彼の後ろには高貴な人物がいるので、金はいくらでもあると。
そして偶然、街で見かけた女がフローラだ。
みすぼらしい身なりでパンを買い、ロイター男爵邸に帰って行った女が大金に化けるならと、仕方なく求婚してやったというのに、逃げ出すとは。
「まだ見つからないのか!」
「申し訳ありません」
頭を下げる騎士にランス伯爵は舌打ちする。
「どいつもこいつも!」
早く探せと怒鳴りながら、ランス伯爵は教会をあとにした。
◇
フローラに魔力塊のことを教えてくれたヨハンは、夕食の時に英雄と聖女について教えてくれると約束してくれた。
離乳食を食べたアレクシスはダイニングのソファーですやすやと昼寝中。
部屋に移動させるのが可哀想だと思ったフローラは、ダイニングで文字の勉強をすることにした。
マティアスにアルファベットを書いてもらい、読み方を教わる。
「ま、こ、の……? まこ? 読み方が間違っているのかな?」
フローラは母の日記帳を試しに読んでみようと思ったが、最初から意味がわからなかった。
「マティ様、母の日記帳を少しだけ一緒に見てもらってもいいですか?」
今日はダイニングで書類確認をしているマティアスにフローラがお願いをすると、マティアスはすぐにフローラのもとへ来てくれる。
「ま、こ、の、これは何と読みますか?」
「まこのトノーはわいつがか私いさ……? うん? 変だな。文章になっていない」
マティアスは他のページもパラパラと眺めたが、意味が分かる文章はひとつもなかった。
「違う文字なのでしょうか?」
「ひとつひとつの文字は読めるから、違う文字の可能性は低い。トノ、私、ここら辺はまだ教えていないが……」
そもそも文章の意味が分からない、何が書いてあるのかわからないとマティアスは首を傾げる。
「マティ様でも読めないなら、私が読めるようになる日は遠そうです」
フローラは寂しそうに肩をすくめた。
「マティアス様、少しよろしいでしょうか?」
「あぁ、どうした?」
家令に呼ばれたマティアスは部屋の外へ。
「は、わ、い、つ……」
知っている言葉にならないので、読み方があっているのか全然わからない。
今日はもう見るのをやめようと、フローラは日記帳を閉じようとした。
「そういえば、これってなんだろう?」
表紙の裏の箔押しされた紋章の下に書かれた『■2211』という走り書き。
■はわからないが、数字なら読める。
何の数字……?
『ねぇ、フローラ、覚えておいて。2121は2211なのよ』
『おかあさま、それはどういうこと?』
『いつかわかるわ』
白い長い髪の母を急に思い出したフローラは「2121は2211……?」と呟いた。




