18.一生分の幸せ
「アレクシス様をこの白いおくるみに」
「寝ているのに?」
そっとおくるみに包み、抱っこをする。
「では参りましょう」
「え? どこに?」
ドレスの裾を持ち上げてくれる侍女長と一緒にフローラは階段をゆっくりと降りた。
馬車の前にはテールコートを試着をしたマティアス。
髪型もいつもと違い、まるで今すぐ結婚式に行くかのような装いだ。
それにしても、かっこよすぎませんか?
しっかりとした肩幅、服の上からでもわかる厚い胸板、引き締まったウェスト、キュッと上がったお尻に長い足、そして彫刻のように整いすぎた顔。
マティアスが手を差し伸べ、馬車に乗せてくれる。
「あの、マティアス様。今からどちらに?」
「教会だ」
マティアスも馬車に乗り込むと、扉は外から閉められた。
「……え?」
「今から結婚式をする。0時になった瞬間から君は俺の妻だ」
夜中の0時、つまり十八歳になった瞬間に結婚をしてしまえば、私は他の人と結婚できない。
ランス伯爵が勝手に婚姻届を提出しても、マティアスとの結婚の方が先なので無効。
「私のために、こんな夜中に……?」
「オーダードレスにする時間がなくてすまない。女性にとって結婚式は、ドレスはとても重要なのだと侍女長に怒られた」
マティアスは申し訳なさそうな顔をしているが、こんな豪華なドレスが着られるなんて夢のようだ。
こんな時間に教会を開けてもらうなんてきっと大変だったはずなのに、謝罪してくれるマティアスの優しさにフローラは涙が溢れそうになってしまった。
マティアスがそっとハンカチでフローラの目尻を優しく押さえてくれる。
「ありがとうございます。マティアス様」
「これからは夫婦になるのだから、マティと」
「はい。マティ様」
「この子は息子になる。だからアレクと」
フローラは再び溢れてきてしまいそうな涙を堪えながら頷いた。
◇
天井まで敷き詰められた五連のステンドグラスは息を飲むほど圧巻のスケール。
深紅のバージンロードは純白のドレスをより一層美しく見せ、先に進むにつれて高くなる天井は、まるで空への道を歩むのではないかと錯覚させられる。
聖歌隊の歌声が響き渡る教会の参列者席は、年配の家令と侍女長のみ。
祭壇へと続く階段の前には白いテールコートが似合いすぎる新郎が待ち構え、シンプルなデザインの純白のウェディングドレスを身に纏った私の腕にはブーケではなく、白いおくるみに包まれながら新郎と同じ大きな赤い目で私を見つめる黒髪の赤ちゃん。
どうしてこんな夢のようなことに。
私は叔父がお金目当てで決めた政略結婚から逃げ出したかっただけなのに、優しい旦那様と可愛い息子ができてしまった。
こんなに幸せで大丈夫だろうか?
一生分の幸せを今、使い切ってしまっていないだろうか?
「では、まもなく0時なります。新郎からこちらの婚姻届にサインを」
マティアスはすぐにサインをする。
「アレク、少しだけ大人しくしてね」
「あう~?」
いつもいい子だけれど? とでも言いたそうな顔のアレクシスを抱っこしたまま、フローラはゆっくり名前を書いた。
「まもなくです。十秒前」
家令のカウントダウンに合わせて神官が合図を出す。
「では誓いの口づけを」
口づけという言葉に照れる時間もないまま、唇が触れ合う。
口づけと同時に聖歌隊の歌声が響き、結婚を知らせる鐘が鳴り響いた。
時刻はちょうど0時。
フローラが十八歳になった瞬間だ。
ゆっくり離れたマティアスの吐息が妙に色っぽい。
フローラが真っ赤な顔で照れている間にマティアスはアレクシスのおでこにも口づけを落とした。
「きゃっきゃっ!」
「君の口づけも欲しいようだ」
マティアスのアドバイスに従い、フローラもアレクシスのおでこに口づけする。
アレクシスは上機嫌でバタバタと手を動かした。
「おめでとうございます」
大きな拍手を送ってくれる家令。
「フローラ様、マティアス坊ちゃまとアレクシス坊ちゃまをよろしくお願いします」
ハンカチで目元を押さえながら祝福してくれる侍女長。
カッコいい旦那様と可愛い息子。
あぁ、私、幸せだ。
六十歳を過ぎたお爺さんと結婚しないですんでよかった。
もうあのツラい男爵邸に戻ることも、シャーロットに虐められることもない。
「マティ様、結婚してくださってありがとうございます」
「アレクを頼む」
「はい。精一杯お世話致します」
このご恩は必ずお返しします。
本当にありがとうございます。
祝水と結婚証明書をもらい、幸せな気分で公爵邸へ――。
「……どういうことか説明してもらおうか」
屋敷の玄関で仁王立ちして待ち構えているヨハンの姿に、「説明するのを忘れていた」とマティアスは苦笑した。




