15.主治医
急いで王都から駆けつけたアレクシスの主治医は、庭で花を見ていた白髪のフローラと、泣かずに大人しくしているアレクシスの姿に固まった。
「ヨハン?」
マティアスが声をかけると、ヨハンはハッと我に返る。
「マティアスの従兄のヨハンです。よろしくレディ」
「フローラです。こちらこそよろしくお願いします」
右手を胸の辺りに当てながらお辞儀をするヨハンに、アレクシスを抱いたままフローラも頭を下げる。
「診察をしたいから屋敷の中に戻ってくれるかな」
全員でリビングへ移動すると、すぐにヨハンは鞄から採血の道具を取り出した。
「泣いていないアレクに会うのは初めてで驚いたよ」
目を覗き、耳の後ろに触れ、首まで触ると、くすぐったかったのかアレクシスは「きゃっきゃ」と笑い声をあげる。
驚いたヨハンはマティアスの方を振り返り、マティアスも「信じられないだろう?」と言いたそうな顔でヨハンと目を合わせた。
「採血するからアレクの手を握ってもらっても?」
「これでいいですか?」
小さな手をフローラが包み込むと、アレクシスは「あぶぅ」と抗議する。
その顔も可愛いけれど離してあげられなくてごめんね。
「すぐ終わるからがんばろうね、アレクシス」
そう言いながらも痛そうな道具を見てしまったフローラは、ぎこちない笑顔をアレクシスに向けた。
「ふえっ、ふえっ」
「はい、おしまい。偉いぞアレク」
アレクシスが泣く前に手際よく採血したヨハンはすぐにいくつかの薬剤の中へ血液を分けて入れていく。
「結果が出るまで十五分くらいかかるけれど、これでもだいぶ早くなったんだよ」
フローラに説明しながらノートにサラサラと何かを記載したヨハンは、次にマティアスを指名した。
「俺も?」
そんなことは父から聞いていないと抵抗しても、ヨハンは無視してマティアスの脈拍や血圧、心音を確認する。
採血までされてしまったマティアスは盛大な溜息をついた。
「最後は」
「えっ? 私?」
「今まで診察を受けたことは?」
「な、ないです」
私はやらなくても大丈夫ですと断わるフローラの言葉も聞き流し、ヨハンはフローラの手首で脈拍を測る。
「ちょっとごめんね」
アレクシスの時と同じように耳の後ろや首に触れられたフローラはくすぐったいのを必死で我慢した。
はじめての採血は怖かった。
アレクシスは泣かずにがんばったのに、うっかり涙が出そうに。
「いろいろ聞かせてもらうね。まず年齢から聞いてもいいかな?」
「あっ、はい。もうすぐ十八歳です」
「身内の中に病気で亡くなった人はいる?」
「ヨハン!」
ヨハンの質問にマティアスが立ち上がる。
急に呼ばれたヨハンはノートを持ったまま「え?」と呑気に振り返った。
マティアスの困惑した顔で尋ねてはいけない質問だったと察したヨハンはフローラの方を振り返る。
「……ごめんね」
「い、いえ。えっと、父が病気で亡くなっていますが、私が五歳の時なので病名とか何もわからないです」
すみませんとぎこちなく笑うフローラに、ヨハンは「答えたくないことは無理に言わなくていいからね」と申し訳なさそうに告げた。
「お父さんの髪の色とか目の色は覚えている?」
「茶色の髪……このテーブルくらいの色で、目は濃い茶色です」
「お母さんが白髪で紫眼?」
「たぶんそうだと思います。三歳の時に事故で亡くなっているので記憶は曖昧ですけど」
「……本当に何度もごめん」
無神経だったと謝罪するヨハンにフローラは首を横に振った。
きちんと食事を取っているのか、睡眠は取れているのか、なにか困ったことはないかと尋ねられたフローラは正直に今の気持ちを答えた。
「あぅ」
「あっ、退屈だった?」
フローラはアレクシスを抱えて立ち上がり、ゆっくりと部屋の中を歩く。
すぐにうとうとし始めるアレクシスの右頬がフローラの胸元にくっつき、ぷくっと膨らんで可愛いかった。
「そろそろ十五分かな」
時計を見ながらアレクシスの検査結果を覗き込んだヨハンが目を見開く。
「魔力塊が減っている……?」
「そんなことがあり得るのか?」
信じられないと驚いているマティアスを、フローラは窓際から眺めた。




