13.謎の紋章
『この紋章はツヴァイク王国のヴェルナー伯爵家のものだと思います。フローラお嬢様の母上様、ローゼマリー様のご実家でございます』
この日記帳をくれた時、家令はそう言っていたのに。
「ヴェルナー伯爵じゃないのですか?」
「あぁ、少し待っていてくれ」
マティアスは部屋を出て行くとすぐに一冊の本を持ち、戻ってくる。
パラパラとページをめくり、お目当てのページをフローラに見せてくれた。
「まず、ベルンブルグ」
「アレクシスのペンダントと、このノートと同じです」
フローラはマティアスからもらったノートと本の紋章を見比べる。
絵の方が少し線が多いけれど、鳥が大きく翼を広げた模様は一緒だった。
「そしてヴェルナー」
マティアスの本についているヴェルナー伯爵の紋章は三本の矢。
だが、フローラの母の日記帳の紋章は羽が生えた馬の絵だ。
「……全然違う」
どうして違うの?
もし乗合馬車が順調にマイアー街へ行って、トリヒ街を経由してこの国に来て、運よくヴェルナー伯爵家にたどり着いたとしても「うちじゃない」と言われたということ?
「この紋章はどこのものですか?」
家令が名前を間違えたのかもしれない。
母が亡くなってから十五年も経っているし、父が亡くなってからも十三年経っている。だからきっと家令がうっかり似た名前の貴族と間違えただけだ。
そう思っていたフローラに告げられたのは思いもよらない言葉だった。
「この本にはついていない」
見たことがない紋章だと言われたフローラは、そんなこと信じないと首を横に振った。
「どこかについているはずですよ。だって家令がツヴァイク王国だって、行き方だって教わったし、メモだって準備してくれたし」
フローラは急いで鞄から家令のメモを取り出す。
自分は読めないけれど、マティアスなら読めるはずだ。
「一枚目は……あぁ、裏にマイアー街まで、か。二枚目はトリヒ街まで、裏はツヴァイクの王都に行きたいと書かれているな」
「これがヴェルナー伯爵に会ったら渡しなさいと言われたものです」
「ヴェルナー伯爵様、ローゼマリー様の娘フローラ様を助けてください。どうかお願いします」
家令が書いてくれたメモにフローラの目尻が熱くなる。
潤んでしまった目をフローラは手で隠した。
「ロイター男爵家の紋章だという可能性は?」
フローラが今ベルンブルグのノートを使っているように、母親も嫁ぎ先のノートを使ったのではないかと言うマティアスにフローラは首を横に振った。
「ロイターの紋章は四角の中に小さな四角が並んでいる模様です」
屋敷の暖炉の上やエントランスについている模様だから間違いない。
それにロイター男爵家の紋章だったら家令はヴェルナー伯爵家の紋章だとは言わなかったはず。
「この国ではないのか、もう無くなってしまった家なのか……」
「無くなる?」
「跡継ぎがいないとか、何らかの理由で爵位を返還することはある」
フローラにはまだ言えないが、ヴェルナー伯爵家はすでにない。
英雄の一人だった土の一族レクラムでさえ滅びたくらいだ。
「探してみよう」
「探してくださるのですか?」
「俺も知りたい」
見たことがない紋章なんて気になるじゃないかと言ってくれるマティアスにフローラはありがとうございますと微笑んだ。
「ふえっ、……うえっ」
「アレクシスが目を覚ましたみたいです」
マティアスにもらったノートを閉じ、母の日記帳もテーブルに置いたフローラが急いでアレクシスのベッドに駆け寄る。
マティアスは紋章の本をテーブルに置くと、インクのふたを閉じ、ペン先を軽く拭きとった。
「おはよう、アレクシス」
フローラの顔を見た瞬間、アレクシスは泣くのをやめ手足をバタバタさせて喜ぶ。
「……本当に不思議だな」
誰に抱っこされても、たとえ母親のアリーナに抱かれても泣き叫んでいたアレクシスの笑い声をしばらく聞いてから、マティアスは執務室へと戻った。




