68 わたしの息子を信じて
(なるほど、ファルコだったか……)
階下の騒ぎに、来訪者の到着を知ったコルヴスの養父――エドワード・ヴィンセントは、コルヴスの寝室に通じるコネクティングルームから出て、二階の回廊から玄関ホールを見下ろしていた。
少年が、玄関ホールで頭頂部の丸い風変わりな帽子を脱ぐと、その下から包帯を巻かれた頭部が現れた。
彼もまた息子同様に、昨日の事件で傷を負っていた。
「――ファルコ!? なぜここに……いや、まさかベアトリスの言う『専門家』とは、ファルコのことなのか?」
同じく部屋から出てきたオレンジブラウンの髪の大柄な男、アレッシオ・ルチアノは驚いた様子で、ロザリンド女子爵とその息子の名を口走っていた。
目覚めぬ息子の白い顔が脳裏に浮かび、エドワードは強く手すりを握った。
「マルク」
ヴィンセントは、二階から執事に声をかけた。素早く届けられた手紙の封蝋を剝がし中を確認すると、そこには一行だけ言葉が綴られていた。
『ロザリンドの息子を信じて』
「ふっ」
横から行儀悪く手紙を覗き込んだアレッシオが吹き出すのを、エドワードは肘で突いて黙らせる。
鍛え抜かれた腹筋に弾かれた肘をさすりながら、エドワードは執事に指示を出し、ファルコをコネクティングルームへと案内させた。
ロザリンド女子爵は、意表を突く選択肢を入れることはあっても、そこに自身の信用を損なう要素を混ぜることはない。目覚めぬコルヴスに対して、何かしらの策があるからこそ、急ぎ息子を寄越したのだろう。
(信じる他はない。元より、私には選択肢すら用意できなかったのだから――)
ヴィンセント家の執事は、扉を閉め一礼すると部屋の隅に控えた。
ロザリンド家ヴァレットのガウディーも、壁際で腰を折り深く静かに一礼をする。
(隣の部屋には、兄さんがいる……!)
ファルコは焦る気持ちを抑えて、深くお辞儀をした。
「エドワード様、このような無作法な振る舞いで押し掛けた非礼をお許しください。早速ですが、コルヴス様……兄さんの容体を、僕に確認させていただけますか。お願いします」
ファルコは、ここにいる人間の間では既知の情報だと踏んで、あえて「兄さん」という言葉を口にした。
(『挨拶はきっちり。用件は手短に!』だ!)
「その後、どのような処置を行うかは……口頭での説明が難しい部分がございます。どうぞご納得いただけるまで、私が行う処置をご覧ください」
エドワードのオリーブグリーンの目が、正面からファルコの視線を受け止め、了承するようにゆっくり瞬きをした。
「ありがとう、ファルコ。どうか、コルヴスを頼む……マルク」
「かしこまりました」
マルクがコルヴスの寝室に繋がる扉をノックすると、すぐに扉は開きファルコ達は室内に招かれた。
かすかに白檀の香りがした。明るく清潔な部屋の、大きなベッドの上で眠る兄の姿は、いつもより小さく見えた。
「……!」
ファルコは思わずトトッと兄に走り寄った。白い顔で目を閉じた兄は、まるで何の苦しみもなく静かに寝ているだけのようだった。
(――まずは、あれを確認しなくちゃ)
コルヴスに手を伸ばしかけたファルコに、声がかかる。
「ファルコ様、お手伝いいたします。私はオルドーと申します」
ファルコはハッと手を引っ込めながら、オルドーにお願いする。
「あれを……水晶を見せてください」
オルドーから、かすかに息をのむ音が聴こえた。
すぐに「かしこまりました」と返事があり、オルドーはコルヴスに声をかけた。そして、薄い掛け布団を左肩が出るようにまくり、ナイトシャツの左手首のボタンと胸元のボタンを素早く外すと、緩んだ襟ぐりから手を入れ左腕をするりと引き抜く。
「!!」
ファルコは、危うく悲鳴を上げそうになった。
無色透明なはずの水晶は、金色の細い針のようなものでぎっしりと埋め尽くされていた。
その異様な見た目に総毛立ち、頭の中で激しく警報が鳴った気がした。
(一昨日の夜、図書室のメンテナンスでは異常なしだったのに! 昨日、僕が意識を無くした後に一体何が……いや、それはあと回し! 後悔もあと回しだ! でも、こんなのどうすれば……!)
震える右手で口を覆い、ファルコは考えた。
しかし、選択肢はひとつしかない。
自分でやるだけだ。僕が戦う番が来たんだ。学園の図書室でやっていたことと同じことをやればいいだけだ。
(僕がやらなきゃ、兄さんが死んでしまう……!)
続きは、また明日。11時頃に。




