↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

67/70

67 専門家

 ヴィンセント家のセカンド・ヴァレットであるセルワーレ・オルドーは、頭を打ち魔力の安定しないコルヴスを、揺れの少ない馬車に乗せて膝に抱きかかえ、昨夜のうちに屋敷に連れ帰った。



 彼の仕える若君(コルヴス)は、うなされることも身じろぎをすることもなく、物言わぬ彫刻のようにその体をベッドに横たえて、昏々と眠り続けていた。

 彼は、声をかけながら主人の手足を何度もさすり、意識の回復を促していた。


 ときおり、金色の霞(かすみ)のようなものがコルヴスの周囲に揺らいで漏れ出すことがあり、それがまるで彼の中で別の生物が蠢いているかのようで、オルドーの不安を一層かき立てた。



 一晩が経ち、オルドーは「これは頭部の怪我や、魔力の大量使用の影響などではない」と結論づけていた。


「おはようございます、コルヴス様。お手を失礼します」


 彼はベッドサイドで膝をつき、主人の応答のために一呼吸置いてから、力の抜けた白い手首を指先で包み込むように脈を測る。

 懐中時計を取り出すまでもなく、指先から通常よりも明らかに遅い拍動が伝わる。呼吸も睡眠時のそれよりも遅い。一方で、体温は高く保たれたままだ。


 オルドーは再び声をかけ、コルヴスのまぶたを優しく押し上げて、ランプを近づける。表面がきらりと光を反射する奥で、瞳孔は弱く縮小するだけだった。

 明るい緑だった瞳の色は、今は金色と混ざり合い、どろりとした複雑な色に染まっている。


「……」


 ランプをベッドサイドテーブルに戻し、オルドーは手の甲を自分の額に当てて、自らの疲れを癒すように少しだけ目を閉じた。


 ふと、自分に向けられていた、初夏の新緑のような優しい目の色を思い出す。

 主人が、なぜこのような仕打ちに遭わねばならないのか。額に当てていた手をグッと握り込み、目を開く。


 コッコッコッと静かに、しかし、やや急いだ様子のノックの音が聞こえた。

 オルドーが急いで歩み寄り、隣の部屋(コネクティングルーム)との間にあるドアを開けると、ファースト・ヴァレットのパロルが顔を覗かせた。


「オルドー。たった今、先触れが届いた。レディロザリンドより、コルヴス様を診ることができる専門家が二十分後に派遣されてくる。到着次第コルヴス様の寝室へお連れするので、準備を頼む」


(――二十分!?)


 懐中時計を素早く確認する。あまりに非常識な知らせに、睡眠不足も相まって頭がくらくらした。

 コネクティングルームには、一時間ほど前からルチアノ子爵が来訪していて、邸内はただでさえイレギュラーな動きをしていた。


「セルワーレ、今日は無理をさせてしまうな」

「いえ、承知いたしました。パロルさんも、昨晩からお疲れ様です」


 パロルから労わるように名前を呼ばれ、オルドーはハッとして疲れた表情を引っ込めると、気遣いの言葉を小声で返した。


 扉が閉まると、オルドーは「ふー」と息を吐き、頭を切り替えた。


 コルヴスに声をかけ、手際よくその身を清めていく。衣服を替える際に、コルヴスの左上腕に埋め込まれた水晶が目に入る。元々は無色透明だったそれは、今は全く違う色に塗りつぶされている。


(おそらくこれも関係している……何かがコルヴス様を内側から蝕(むしば)んでいる)


 室内のカーテンを開けてきれいに整えると、ベッドから離れた窓を換気のために十分に開く。コルヴスの体を冷やさないよう気をつけて、部分シーツと薄手の掛け布団のみを交換した。


(時間的にはここまでか……あとは)


 温かいタオルでコルヴスの顔を拭き、髪に櫛を通し、襟元を整える。カーテンと枕元に少しだけコルヴス愛用のオーデコロンを忍ばせた。


 同時に、開けたままの窓から車寄せに馬車が入ってくる音がかすかに聞こえてきた。

 最後は自分の上着を換えるために、隣室のパロルに主人の見守りを頼んだ。


「失礼いたします、コルヴス様」


 オルドーは一礼をして廊下の扉から退室した。



 オルドーは上着のボタンを留めながら、二階の使用人室の小窓から玄関前に停まった馬車を見つめていた。馬車から降りてきたのは、黒髪の若い男だった。

 やや小柄だが立ち姿は美しく、危急の来訪のために扉を開けて待つ執事に帽子を脱いで礼を取り、フットマンの差し出した銀のトレイに手紙を載せる。


(一体、どなたがいらっしゃったというのだろう……)


 そのとき、馬車から飛び出した人物がいた。

 先に出た彼よりもさらに小柄な若い男性……というよりも、まだ少年だ。少年の従者であろう青年が押しとどめるようなジェスチャーをしているが、少年は首を横に振り何事かを訴えている。

 どこの田舎育ちかとオルドーは眉をひそめ、そして気づいた。


(あれは、ファルコ様! まさか『コルヴス様を診ることができる専(・)門(・)家(・)』とは……)


 小窓からこっそり眺めていたはずのオルドーは、いつの間にか窓に身を寄せ、食い入るように馬車を眺めていた。

 他には誰も降りてくる気配はなく、無情にも馬車は馬車置き場へと動き出した。


(どういうことです? レディロザリンド……!)


 あまりの衝撃に、オルドーの唇が震えた。

続きは、また明日。18:30頃に。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。