65 守る手
カストルは、自身の手のひらの幅を超えるアロエットの傷を見て、サンドラに深いところと浅いところを同時に縫う方法を提案した。そのやり方で傷の真ん中を縫い、半分になった傷をさらに二箇所ずつ縫い留めるのはどうだろうかと。
サンドラは説明を聞きながら傷を確認し、頷いて準備を始めた。
カストルは、小さな湾曲した針を細いペンチのような器具でしっかり挟み、アロエットの傷の深い部分を引き寄せるように掬い、返しながら浅い部分を絹糸で縫い合わせていった。
ファルコは姉の震える肩に触れながら、思わず力が入ってしまう自分を律して、魔術の強度や範囲をうまく制御していた。
サンドラは、傷口の出血の処置と器具の清掃を引き受け、絹糸が結ばれたタイミングで余分な糸を手際よく切っていく。
五箇所を縫い終えたところで息を吐くと、カストルは「あとはそんなに痛くないからね」とアロエットに声をかけ、皮膚の表面を整えるように大きな縫い目の間の傷口を細かく縫い終えた。
アロエットは緊張の糸が切れたように、処置が終わるとすぐに意識を手放した。
♢
アロエットは夢を見ていた。
(——痛い。痛いよ……熱い。燃えているの?)
そこは、あの夜の我が家だった。ルナリアが床に人形のように転がっていた。隣にはカイルム、シグナス、ライラが倒れている……そして。
「お兄様! ファルコ!」
ぐったりと仰向けに倒れるコルヴスと、血を流して動かないファルコを見つけて、アロエットは叫ぶ。
呼吸が苦しい。吐く息が熱い。
「……アロ……アロエット! ……」
名前を呼ばれ、頬にひんやりとした感触が伝わる。
「はぁっ……は……お姉……様?」
どことなく焦点の合わないアロエットの目が、サンドラに向けられる。
熱で赤くなった頬は涙で濡れ、額に浮いた汗で前髪が貼り付いていた。
「そう、わたくしがいるよ。もう大丈夫。コルヴスもファルコも無事だよ。安心してお眠り、アロエット」
「……おねさ……ま……」
頬に当てられたサンドラの手を求めて、アロエットの熱を持った右手が上から重ねられる。
アロエットは、サンドラの手に頬ずりをして寝息を立てはじめた。
赤子のような無防備な姿のアロエットに愛しさが込み上げ、「ん゛ん゛!」と無理に声を押しとどめたような咳払いをして、サンドラはしばし固まった。
深い眠りに落ちてアロエットの右手が離れると、サンドラはハンカチで彼女の涙と汗をそっと拭いた。
(ずっとうなされている。今日の戦いは、怖い記憶を呼び覚ましてしまったのだろうな……)
サンドラはカストル講師に無理を頼み、学園に特別に許可をもらって、アロエットとともに、医務室に泊まっていた。
コルヴスとファルコは迎えが来て、無事に帰っていった。
痛みと悪夢に襲われ続ける妹を、見守るしかない自分が歯がゆかった。
ときおり、波が寄せるようにアロエットの体内の魔力が漏れ出てくる。
彼女の周囲にごくわずかに金色の輝きが現れ、蜃気楼のように揺らぐ。その度に、サンドラは声をかけて、アロエットの目を覚まさせていた。
体が冷えないように注意しつつ、熱を持つ患部に時間を見ながら氷嚢を当て、暑がるときは毛布を減らし、汗を拭き……雛を守る親鳥のごとくサンドラは朝まで看病し続けた。
続きは、また明日。18:30頃に。




