64 二人の大人
アロエットは医務室の一番手前のベッドで眠っていた。
目隠しのために引いていたカーテンを一面だけ開けてサンドラを招き入れる。
当てていた氷嚢をよけると、左脇腹の傷が露わになった。
「最初に救助した者と私の見立てでは、左側の肋骨、左腕、右手のひらを骨折しています」
赤く変色した患部と傷口に、サンドラはスッと顔を近づけて観察する。
「刃物ではない、尖ったものによって引き裂かれた傷ですね……肋骨と左腕が折れているのは、重たい武器で身を潰されないように、とっさに何かでかばったのでしょう」
彼女は、上着を脱いで椅子にかけると、白いシャツとベスト姿で袖をまくりながらカストルに声をかけた。
「カストル先生。わたくしはこれからこの場所をお借りして、妹の傷の処置をしたいと思います。大変厚かましいお願いではございますが、わたくしを手助けしていただけませんか?」
サンドラは縫合のための道具が入ったケースを鞄から取り出して、カストルに頭を下げた。
サンドラも、今のアロエットの不安定な状態をわかっている様子で、妹の傷の手当てに医者を呼ぶつもりはないようだった。
スッと頭を上げたサンドラの、ダークブラウンの左目が、まっすぐにカストルを見る。彼はすぐに頷いて言った。
「私からも、ルチアノ嬢にお手伝いをお願いしようと思っていたところでした。改めて、お預かりした大切な妹君に傷を負わせるようなことになってしまい、大変申し訳ありません」
「こちらこそ、学外での出来事に先生を巻き込んでしまい申し訳ございません。ご協力に感謝申し上げます」
サンドラの目に、安堵の色が浮かんだ。
「早速ですが、妹の処置の前に薬を飲ませます。これは、痛みを和らげるためのものです。アロエットを起こします」
頬をなで、サンドラが何度かアロエットを呼ぶと、おもむろに深い赤色の目が開いた。意識が戻り、痛みに顔をしかめる妹に、サンドラは静かに口を開いた。
「お帰り。よく頑張って戻ってきたね。ここはオルティス学園の医務室だよ。これから傷の処置を行うから、まず痛み止めを飲んでほしい」
サンドラは、アロエットに端的な言葉でそう伝えたが、その表情と声は妹に対する慈しみにあふれていた。
サンドラを認識したアロエットは、安心したようにじわりと涙をにじませた。しかし気丈にも、ぐっと泣くのをこらえた様子で「はい」と頷くと、姉の助けで上半身を起こしてスムーズに薬を飲んだ。
サンドラは、そんな妹の様子を見て一度目を閉じ深呼吸をしてから、汚れてしまったローブを慎重に脱がせ、再びゆっくりとベッドに寝かせた。
カストルは、室内のテーブルと手元を照らすランプスタンドをベッド脇に運び、処置がしやすいようにそれぞれ設置した。それから、薬棚を漁ると瓶に入った液体を布にしみ込ませて、テーブルの上を拭いた。
アルコールの匂いが部屋に漂う。
カストルは手を洗うと、そこに煮沸乾燥した布を引いた。
手を洗ったサンドラが、縫合の道具をトレーごと取り出してテーブルに置いた。
「あの、カストル先生。ア……ルチアノ先輩の傷の処置を、少しでもお手伝いさせてください。僕は『冷気よ、癒せ』が使えます」
カーテンを少しだけ開いて、隣のベッドからファルコが顔をのぞかせた。
二人の大人は、少年に目を向けた。
「申し出はありがたいが……君も怪我人なのだ。おとなしく休んでいたまえ」
サンドラは、ファルコを気遣うようにそう言った。
「僕は平気です。冷やして痛みを麻痺させることくらいしかできませんが、手伝わせてください」
ファルコは起き上がってカーテンを開くと、真剣な表情でサンドラとカストルに伝えた。
サンドラは、その眼差しに弟の姉を思う気持ちを見出して、優しく目を細めた。
「ありがとう。くれぐれも、無理をしないでくれ」
「はい!」
ファルコはしっかりと答えると、ベッドから降りた。
それから彼は、アロエットの傷に目を向けて考えるような表情になり、何かを探して医務室内をうろうろしはじめた。
「アロエット、傷を洗浄するからひと頑張りだよ」
サンドラに差し出されたハンカチを噛み、アロエットは緊張した面持ちでこくりと頷いた。
カストルが傷の下に膿盆を構えると、サンドラが短く詠唱する。
「洗い流せ」
傷口を、流れる水で洗浄していく。
「うくっ……ううっ」
ハンカチを噛んで悲鳴をこらえるアロエットの顔が歪み、痛みのあまり体が震えた。
「もう少しだよ。がんばって」
カストルは、アロエットを励ました。
洗浄後の傷口を清潔な布で優しく押さえて拭き取りながら、カストルはサンドラに視線を送り、作業の終了を伝える。
彼女は小さく頷いて、仕上げの詠唱をした。
「清めよ」
サンドラの清潔を保つ魔術で、傷口の洗浄は完了した。
そのタイミングで、ファルコが何かをガチャガチャと抱えて戻ってきた。スタンドと、医務室の非常時の避難用として備えられていた明るめのランプだった。
カストルが準備していた光源が、処置をする位置から十時の方向に設置されていたので、スタンドに固定した追加のランプは大体二時の方向から照らすように調整した。
こういう細かい作業のときに、自分の手元の影が最も邪魔になることを、ファルコは嫌というほどわかっていた。
「ロザリンド君、助かるよ。ありがとう」
カストルは感心した様子で、ファルコに礼を言った。
「そろそろ傷の周りを冷やし始めます」
ファルコは二人に確認するように声をかけた。
「ありがとう。頼んだよ」
サンドラがファルコに顔を向け、小さく頷いて答えた。
「冷気よ、癒せ」
患部を冷やしすぎずに、痛みを麻痺させる。ファルコは大きな魔術よりも、繊細な制御が必要な魔術の方が得意だった。
額に汗を浮かべたアロエットは、ハンカチをくわえたまま、ファルコに目だけで感謝を伝えた。
サンドラが、縫合の処置のためにベッド脇へと近づき、用意した器具をわずかに目を細めて確認している様子を見て、カストルは布で口を覆って、すかさずサンドラに声をかけた。
「ルチアノ嬢。失礼ながら縫合を私に任せていただけませんか。私は実践魔術が専門なので……その、自分の傷も縫うことがあります」
左前腕の縫い跡を見せながら、カストルは言った。カストルが差し出した腕には、片手で縫い合わせたとは思えない、きれいな縫い跡があった。
唐突な彼の提案にサンドラは一瞬きょとんとした表情になり、それからふっと口元を笑みの形にした。
「それは助かります。片目になってから、細かい作業は少々不便を感じておりました」
二人の大人は、大事な家族のため、教え子のためにうまく役割を分け持った。
続きは、また明日。11時頃に。




