62 呼び出し
静かで星の綺麗な夜だった。
眠気覚ましにコーヒーを淹れたところで、カストルは廊下を急ぐ足音を聞いた。どうやらこちらに向かってくるようだ。
熱いコーヒーをぐいっと一口飲み、カストルは読みかけの資料にメモを挟み、来客に備えた。
「カストル先生! 夜分に失礼します、緊急です!」
研究室の扉が強めに叩かれ、カストルは急いで扉を開ける。
廊下には、夜間の警備担当者が青い顔で立っていた。
「お疲れ様です。何がありました?」
少しだけゆっくりしたトーンで、カストルはなだめるように返した。
男は頭を下げると、手早く経緯を説明しはじめた。
「このような時刻に、大変申し訳ありません。学生が学外で事故に巻き込まれまして、怪我をして医務室に運び込まれています」
「ありゃ。ひょっとして、傷の具合が酷いです?」
「はい……実は、外で子どもたちにご対応くださった方より、お手紙を預かっております。聖枢院の、ヴァレリウス卿です。『魔術による傷がわかる人間に繋いでほしい』とのことでしたので、先生を呼びに参りました」
開封された手紙を受け取り、素早く文面に目を走らせると、カストルはかすかに眉をひそめた。
(ヴァレリウス卿、直々にね……)
「わかりました。すぐに準備しますので、しばらくお待ちください」
カストルは上着を身に着けると、受け取った手紙と手帳を懐にしまい、研究室をあとにした。
♢
医務室のベッドには、三人の学生たちが横たわっていた。
入口には、ここまで子どもたちを運ぶのを手伝ったと思しき、二人のヴァレリウスの従者たちがいた。
がっしりとした体躯の男は、「あとはよろしくお願いします」とカストルに頭を下げて、玄関の方角へと去っていく。
警備担当者は、それに付き添ってこの場を離れた。
もう一人の従者はその場に残り、カストルに話しかけてきた。
「よーう、カストルの旦那。調子はどうだい」
「……まあまあだよ、ウィリクス。何であんたが?」
二人の声は、子どもたちが起きていても、耳に届かない音量に抑えてあった。
「その子たちが、断罪人たちに殺されかけてたんでね。卿が気づいて、助けてきたところよ」
「……」
カストルは最悪の事態に、苦虫を噛み潰したような顔になった。
二人は照明の抑えられた医務室に目を向ける。
小柄な少年が毛布の下で、もぞりと動くのが見えた。
「大きな兄ちゃんが、後頭部打撲と魔力の使い過ぎで気絶。お嬢ちゃんが、腹部の裂傷と左腕、右手のひらの骨折……かな。痛みで結構しゃべりづらそうにしているから、肋骨もやってるか。小さい兄ちゃんが魔術による頭部裂傷。頭も打ってるかもしれねえ」
カストルは、ウィリクスの伝達を素早く手帳にメモする。
「……コルヴス・ヴィンセント、アロエット・ルチアノ、ファルコ・ロザリンド。全員ペリグリンの生き残りじゃねえか。カストル先生ともあろう者が、気づかないわけがないよな? 卿がお冠だったぞ」
鼻で笑いながら、ウィリクスはカストルに言った。
「うーん。やっぱりそうなるか。でも、子どもの命を取りに来るような動きは想定外だったんだよ」
カストルは、困ったように頭をガシガシとかきながら答えた。
「ぶはは。本当にわかってて黙ってたのか……まあ、俺はこの件の後始末でここに来ただけだ。卿の招待状は、もらっただろ? 逃げずにちゃんと行ってくれよ」
玄関から戻ってくる警備担当者の姿が見えたところで、ウィリクスはカストルに軽く会釈をしてから踵を返す。
「逃げるだって? 僕が逃げる必要は、どこにもないよ。心配しなくても行ってくるさ。ご忠告ありがとう」
心外だとばかりに肩をすくめてそう言うと、カストルは医務室へと入っていった。
続きは、また明日。11時頃に。




