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60 変革の歯車

 手紙を結び付けた魔法生物(ノクティス)を見送った従者は、静かに窓を閉めてブラインドを戻す。それから、アロエットの体が冷えないよう壊れ物に触れるような手つきで、コルネリアの外套をかけ直した。


「卿が気に入るのも分かった気がするぜ。これは『大した子どもたち』だな」


 両腕でファルコとコルヴスを支える男が小声でそう言うと、アロエットの顔色を確認していた男、ベネは黙って頷いた。

 自分が声を立てると、目の前の令嬢の眠りを妨げてしまうと考えたのだろう。


「ベネ。お前……そのご令嬢は無理だからな」


 少年たちを支える男が、心配そうにベネに声をかけるが、その目は笑っていた。


「ウィリクスは、そういう冗談を言うところを直した方がいいですよ! 彼女にも失礼です!」


 からかう言葉に、ベネは首をひねって振り返ると、眉間にしわを寄せて小声で抗議した。

 ウィリクスと呼ばれた男は、喉の奥で笑う。


「悪かった。ところで、ベネはそのお嬢さんの手紙の意味はわかったか?」


 男は、ずり落ちそうになったファルコの肩を支え直して、ベネに問う。


「『C-C / A-S / F-W / CAN / ORTIS』前の三つが、子どもたちそれぞれの『名前』と『状態』を表していて、最後はこの馬車の行先。間に入っている『CAN』は、わかりません」


 内容を思い出しながらベネは答える。

 コルヴス - 重篤(Critical)、アロエット - 重症(Serious)、ファルコ - 負傷(Wounded)だと、彼は推測した。


「彼女が何をしようとしたか、という意味ならどうだ? ここがわかれば『CAN』が何を指しているのかもわかるぞ?」


 ベネは顎に手を当てて考える。


「……真っ先に知らせたい。彼らの重症度を? それは必要な連絡だが……」


 ブツブツと考えを口に出すベネに、子どもたちを支えたままのウィリクスが、懐の手紙を取り出して見せた。


 子どもたちの所属する学園に宛てた手紙には、差出人ヴァレリウスを表す紋章入りの封蝋が施されていた。


「『真っ先に知らせたい』は正解。『卿』の手紙よりも先にね」

「!」


 何かに気づいた様子で、ベネがウィリクスを見る。


「それじゃ、『CAN』は?」


 ウィリクスが問うと、ベネは呆然と呟いた。


「『猟犬(Canis)』……この一件の犯人です」

「おそらくそうだろうな。やらかしたなー、ベネ? ……なんて嘘、嘘。どのみち、俺たちはご令嬢のお手紙の代筆をお断りなんてできないし、帰り着けば子どもたち自身の口から……おい、ベネ。おーい」


 固まってしまったベネの尻をつま先で軽く突(つつ)きながら、ウィリクスは手紙を再び懐にしっかりとしまった。



 ベネは、力尽きたように眠る、目の前の少女を見た。

 彼女はとっさの判断で、教会の人間(じぶんたち)に気取られないよう、今回の事件の犯人を信頼できる人間に伝え、情報操作に先手を打とうと試みた。


 彼女の立場からすれば、このまま教会に拘束される可能性を考えたメッセージでもあっただろう。事前の情報によれば、彼女はまだ十七歳だ。


(手紙の意味を読み取られ、立場が悪くなることも想定しただろう。なぜ、こんなにも覚悟が決まっているんだ……)


 彼女はボロボロになるまで戦い、今は浅い呼吸で眠りについている。彼女が手紙とともに放った鳥は、恐ろしいほどの魔力を内包していた。


(卿は、何を始めようとしているんだ……?)


 ヴァレリウス卿は、相応のリスクを冒して断罪人を葬り、探していたペリグリン家の子どもたちを匿(かくま)おうとしている。

 大きな変革の歯車が、すでに動き出していることを悟り、ベネの背筋に冷たいものが走った。


 彼は黙って、アロエットの額の汗をハンカチでそっと押さえた。

 彼女が鳥に触れたときに見せた無垢な笑顔が、目に焼き付いて離れない。


(この護送の仕事が終われば、もう自分が彼女と直接関わることはないだろう)


 それでも彼は、目の前の彼女がいつか平穏を手に入れられることを祈った。

続きは、また明日。18:30頃に。

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