58 家に帰ろう
「大した子どもたちじゃないか」
ヴァレリウスは、背負われたコルヴスがずり落ちないように、彼の背中に手を添えて、笑顔でそう言った。
「子どもたちは眠る時間だけど、大人たちはもうひと仕事だね。我々の希望をよろしく頼んだよ」
少しおどけた口調で、ヴァレリウスが従者の彼に手紙を預ける。
男はそれを器用に片手で懐にしまうと、背中の彼を揺らさないよう慎重に、しかし足早に馬車に向かった。
コルネリアは一足先にファルコとノクティスを馬車に乗せ、ヴァレリウスの元へ戻ってくるところだった。
子どもたちを乗せた馬車は、紋章が黒革のカバーで隠されていた。
コルヴスを抱え直して男が座席に乗り込むと黒い幌が閉じられ、ブラインドを下ろした馬車が滑るように走り出す。
そして、入れ替わるようにやってきたのは、ガラス窓も装飾もない、ただの黒い木箱のような馬車だった。
門をくぐり、足場の悪い前庭を通って階段ポーチに馬車をつける。
四人の男たちが、馬車から金属で内張りされた棺を担ぎ出し、コルネリアの誘導に従い断罪人たちを手早く棺に納めていく。
横に並んだヴェスの棺とフュイの棺、その上にマキュラの入った棺が積まれた。無縁墓地まで運べば棺は回収され、遺体は罪人として打ち捨てられる。
ヴァレリウスの手が、棺に触れる。
彼は何も祈らない。
(失敗すれば、僕も同じ扱いを受けるだけだよ。誰から見た罪なのか。その違いがあるだけだ)
「行ってくれ。頼んだよ」
後部の扉が閉められ走り出した黒い馬車は、やがて夜の闇に溶けるように見えなくなった。
♢
「洗い流せ」
投げやりな詠唱に反して、生み出された水はジャバジャバとかなりの勢いでペリグリン邸のテラスを洗い流していく。
闇の中の廃屋敷で、さいごまで後始末をしていたのは、ヴァレリウスだった。
「ヴァレリウス様は、水に流すのがお得意ですよね」
コルネリアは感心したように上司に声をかける。
「水『で』ね。もう、本当にこういうのばっかり上達するの。嫌になるね」
制御も完璧にこなして、服に水がはねることもない。
ヴァレリウスがフォーマルグローブをつけたままの手をパンパンとはたき、いよいよ二人もここから引き上げることにした。
「お願いがあります、ヴァレリウス様」
ふと思いついたような顔で、コルネリアがヴァレリウスを見た。
「なんだいコルネリア君、改まって」
続けて彼女が口にしたお願いに、ヴァレリウスは軽く目を見張ったあとで「お安い御用だよ」と笑って即座に応じた。
「私の馬は先発隊が連れて行きましたので、帰りはこれです」
「わお。これは断罪人の馬か……うん。ずいぶんとエネルギッシュだね」
二頭のいる方角からは、しきりに足を踏み鳴らし、鼻を鳴らす音が聞こえてきた。
コルネリアは、前庭の隅に繋がれていた二頭の馬に近づくと、目を合わせずに低い声をかける。
「待ち疲れただろう」
コルネリアは少し距離を詰めて手の甲の匂いを嗅がせた。
ヴァレリウスの「洗い流せ」で全身を勢いよく水で洗い、彼女自身の「吹け、風よ」で軽く水を飛ばしただけの、しっとりした体の匂いをヴェスの馬が嗅いでいる。
血の匂いが完全に落ちたわけではないだろうが、青鹿毛の馬はじっと考えるようにコルネリアの顔を見た。
その鼻先に優しく息を吹きかけて、コルネリアは落ち着いた声で言った。
「お前たちの家に帰ろう」
彼女が手慣れた手つきで腹帯の緩みを確認すると、馬が短く鼻を鳴らした。
ヴェスの馬がコルネリアに従うのを見て、フュイの馬も大人しくついてきた。
「ヴァレリウス様、乗れますね?」
コルネリアが、もう一頭の手綱を上司へと投げ渡す。
「ここまでお膳立てしてもらったらね」
ウィンクして答えると、ヴァレリウスはひらりと栗毛の馬にまたがった。
月明かりのない満天の星空の下で、暗闇の道を馬の目にゆだねながら、二騎は教会へと続く石畳を駆けていった。




