55 一撃
刻々と暗さを深める荒れ果てた庭で、獲物を砕くためのハンマーが、空を裂く重たい音を響かせた。
「うーん。やっぱり馬とは勝手が違うね」
カウンターで繰り出されたバイデントの鋭い突きを躱しながら、断罪人フュイが緊張感のない声でそう言った。
アロエットは、急加速でフュイから距離を取った。
見物を決め込んだように、テラスの階段からヴェスは動かない。
(二度も大きな魔術を放って、魔力切れ……ではないわね。ハンマー男のお楽しみの邪魔しないようにしている、といったところかしら)
急停止、急旋回も可能なアロエットには、通常の騎馬のような弱点はなかったが、いまだフュイを捉えきれずにいた。
彼は、アロエットの機動力を削ぐことを考えたのか、テラス下の壁を背にして構え直した。
それは、彼自身の選択肢も狭めることになり、アロエットの攻撃のチャンスでもあった。
その時、テラスの上に突然オレンジ色の揺らめく光が広がった。テラス下の影が一段と濃くなる。
アロエットの集中が削がれた瞬間に、ヴェスは影の中を移動していた。
視界から消えたヴェスに気づき、アロエットは小さく舌打ちをする。
アロエットは周囲を警戒しつつ、フュイの正面から突きを放った。
フュイは、それを左に身を翻してぎりぎりで避けた。
アロエットがフュイの動きにつられて右に視線を動かしたとき、テラス脇の左手の草むらから影が飛び出すように、ハルパーを構えたヴェスが現れた。
とっさに、アロエットはヴェスに向けバイデントを突き出すが、彼はそれを回避し、ハルパーの湾曲した鎌刃をバイデントの二叉に分かれた刃の根本へと叩き込んだ。
ガキン! と鋭い金属音が響く。
ハルパーのフックが、バイデントの穂先の底と噛み合う。
ヴェスはそのまま自重を乗せてハルパーを地面へと踏みつけた。
アロエットはバイデントを引き戻そうとしたが、二本の刃は地面へ縫い付けられたように動かなかった。
「ここだろ!」
姿勢を低くしたまま、ヴェスが不気味に笑った。
「もらったー!」
フュイは興奮した様子で叫んだ。
空気を引き裂く重い音とともに、遠心力を利用したハンマーの水平フルスイングがアロエットの上半身を狙う。
「フュイ!」
ヴェスが鋭い声を出す。この一撃は、獲物を仕留めてしまう。
コルヴスの耳にも、ヴェスの声が届いた。
素早くそちらに顔を向けると、身動きの取れないアロエットに、猛烈な攻撃が振るわれる寸前だった。
コルヴスは、命を刈り取る一撃とアロエットの間に、全力で見えない盾を滑り込ませた。
対峙していた敵から目を逸らしたそのとき、炎が消え再び静寂に戻ったテラスで、コルヴスは薄暗い空に映える白い髪が視界の端で動くのを見た。
(――間に合わない!!)
アロエットは瞬時に、ケンタウロスの四肢で地面を強く蹴り、右後方へと飛び退く動作を取っていた。
同時に、右脇に抱えていたバイデントの柄を逆手に持ち替え、頭上を越して体の左に移し、左側面からの衝撃に備え、バイデントの柄を握った両腕に力を込めた。
アロエットは、その衝撃に抗わなかった。
肉を裂くためのハンマーの鋭いスパイクの群れが、アロエットとの間に形成された見えない盾をキンッと甲高い音を立てて粉砕し、わずかに勢いを殺されながらバイデントの柄に激突する。
ガズッ! という重たい破壊音に続き、ハルパーとアロエットの腕に支えられたバイデントは、ハンマーによる打撃を中央に受けてへし折られた。
ハンマーが馬鎧の表面を滑り、ヂヂッ! と火花を散らす。アロエットは身を軽くするためにケンタウロスの姿を解いて人の姿へと戻った。
折れたバイデントの柄の断面がローブを引き裂き、ハンマー頂部のスパイクは彼女の左脇腹を引っかけた。
そのまま受ければ内臓を破裂させていたはずの一撃を、アロエットは弾き飛ばされる力へと変換させた。
草に覆われた仄暗い庭を、アロエットの体が鮮血を点々と散らしながら勢いよく転がっていった。
続きは、また明日。11時頃に。




