54 見えない
強力な魔術をあっさり回避したアロエットに、ヴェスは動揺した様子もなく、口の端を持ち上げて言った。
「お門違いではない。お前たちの父親は、オレたちの同胞の命を食い散らかした。オレはお前たちの父親がこちらに向けた魔術を、お前たちに返してやってるだけだ」
「先に仕掛けたのは教会だろう!」
アロエットは穂先を低く下げたまま、声を響かせる。
それと同時に、彼女は体内の魔力反応から、兄の魔力が攻撃のために大量に動くのを感じた。ファルコは無事、ということだろう。
戦闘開始だ。
バイデントの先端にまとわせた金色が、かすかに揺らぐ。
猫が獲物の動きに反応するように、フュイが重心を前方に移動させる。
フュイが動くよりも一瞬早く、上空からヴーンと虫の羽音のようなものが聞こえ、断罪人たちの頭上から無数の小さな金色の矢が降り注ぐ。
それは遠目には日没の最後の輝きを受けた金の驟雨のようでもあった。
断罪人たちは三方向に全力で走り、二人は着弾寸前にエリア外に退避していた。
「痛ったー!」
アロエットの方向に踏み出しかけていたフュイだけが逃げ遅れて矢を受け、防御に優れた断罪服に裂け目を作り、背中に血をにじませていた。
テラスの下、屋敷東側の主庭に避けたフュイを追うように、アロエットがテラスの階段を駆け下りた。
「流石に、二度目は驚かなかったわ」
マキュラは、クスクスと笑いながらコルヴスに言った。
「あの矢の雨はなかなか凄いけど、準備にちょっと時間がかかりそう。だからこれからは、その時間をあげない」
(アロエットと、残り二人の断罪人が主庭か……! ファルコがここにいるなら迂闊に動けない。目の前の断罪人を倒していくしかない!)
足元に狙いを定めたナイフを避けたタイミングで、マキュラの詠唱が聞こえ、風の刃が放たれる。
それを盾で防ぎ、体勢を整えようとしたところに武器を手にしたマキュラが迫る。
「妹さんが心配ね? でも、大丈夫。妹さんも一緒に教会に連れて行ってあげるから」
振るわれたブレードは、コルヴスには見えなかった。
(なぜ――!)
夜の森を全力で駆けたときは、暗闇の中でも無意識に見えたのに!
黒くコーティングされたそれは、夕闇に溶け込むように彼に迫る。
「くっ!」
コルヴスは手にした黒檀の杖で、辛うじてその軌跡を読み弾いた。
静寂のテラスにギィン! と硬質な音が響く。
「ふふふ! 杖はそんな風に使うの?」
この間合いは、コルヴスにはとても不利だった。
剣術を習おうが、シグナスに我流の戦い方を叩き込まれようが、彼女を前にすれば所詮は付け焼刃だと理解できる。
「切り裂け」
詠唱の声とともに、ヒュヒュッと微かな音を立てて飛んできた風の刃を、身に着けた魔力遮断の布を左手で掴み、払うように翻して無効化した。
近接戦であるにも関わらず、絶望的に彼女の動きが見えない。
コルヴスの背中に嫌な汗がにじむ。
布が二人の間にある間に、コルヴスは目の眩むような閃光を魔術で生み出した。
「っ!」
一瞬怯んだマキュラに正面から金の矢を打ち込み、距離を取る。
彼女は、魔術を無効化するブレードで矢を打ち払った。
マキュラは眩惑し、矢を正確には捉えていなかったが、コルヴスの余裕のない動作から攻撃の軌道を読んでいた。
テラスの床がジジッと音を立てオレンジ色の炎が吹き上がる。
マキュラは、それを避けるためにコルヴスから距離を置いた。
(間合いを取りたい……だけじゃない)
目の前の獲物から自分に対する恐れを感じ取ったマキュラは、炎に照らされながら見惚れるような美しい笑みを浮かべた。
ようやくログインできました。
続きは、11時頃に。




