52 三分半
マキュラがファルコに向けて放ったナイフは、上空から静かに下りてきた夜色の幕に阻まれ、ギンッと重たい音を立ててテラスの床に落ちた。
ヴェスが幕を引きちぎるように得物であるハルパーを動かしたが、柔らかいが強固な幕には傷ひとつつかなかった。
フュイは遠心力を使い全力で幕を叩き、柔らかく弾かれて「ぶえっ」と声を出してひっくり返った。
幕が下りてしまうと、あたりは真夜中のように暗くなり、断罪人たちは内側から星空を眺めることしかできなくなっていた。
コルヴスとアロエットは、ファルコの詠唱でノクティスの輪郭が解けるように広がり、断罪人たちを包み込むところを見た。
それは、かつてクレイグが子ども達の寝かしつけに使っていた魔術を応用したものだということにも、すぐに気がついた。
「「ファルコ!」」
コルヴスとアロエットがテラスを駆け上がり、急いでファルコの元に集まった。
「ごめん、姉さん。初めての魔術は隠れたままだと難しかった……」
ファルコは夜空色の大きな半球体に手をかざし、そこから目をそらさずに言った。額に汗が浮かんでいる。
「よくやったファルコ! ありがとう。残り時間の予測を教えてくれるかい?」
「五分弱……いや、三分半です!」
ファルコは、自身の魔力の消費具合を考えて、安全率を見込んでそう答えた。アロエットは、素早くローブのベルトループに下がった時計を確認する。
「分かった。維持が難しくなったら、速やかに書庫に退避してくれ!」
コルヴスとアロエットは武器庫へと駆け出していった。
♢
彼らがテラス側に出てきたことで、コルネリアは断罪人と子どもたちのやり取りの、一部始終を見ることができた。
今は、断罪人たちはまとめて半球形の紺色のドームの中に閉じ込められている。
紺色のドームは、元々はあの鳥型の魔法生物だったものだ。
コルネリアには、あのような魔術には見覚えはなかったが、あの鳥型の出力であれば、手練れの断罪人三人であっても押さえ込むことは容易だと思えた。
問題は、あれほど強大な魔力を普通の子どもが操っているという点だ。
「思った通り、面白いことになっているね」
彼女の背後から、小声で呼びかける者がいた。
「ヴァレリウス様。お早い到着ですね」
コルネリアは驚きもせずに返事をした。
ヴァレリウスは、森の入口からここにたどり着くまで、気配を消しての移動をずいぶん頑張っていたが、森で音を立てずに移動するのは至難の業だ。
むしろ、よくコルネリアの位置を特定できたと褒めてもいいくらいだった。
「子どもたちを追跡させていた目が、迎えに来てくれたからね」
ヴァレリウスは、オリーブ色のローブに身を包み、コルネリアから少し離れた後方の蔦の茂みに伏せて、旧ペリグリン邸に目を向けた。
「……」
コルネリアには、子どもたちを追跡していた者の姿は、最後までわからずじまいだった。
コルネリアは、ヴァレリウスが建物側から見えないかの確認を済ませ、断罪人を閉じ込めている球形の魔術と、それを維持する少年に視線を戻した。
「さて、これから僕もコルネリア君と一緒に潜伏するんだけど、僕が『いい』というまで表に出ないでおくれ」
ヴァレリウスは、すぐにでも子どもたちの加勢をしたい、という表情のコルネリアをなだめた。
コルネリアのダークブルーの目が、もの言いたげに後方のヴァレリウスに向けられた。
「……子どもの命に関わるときは、私は出ますよ」
「それでいい。こちらは、できるだけ『遍在の檻』の欠片たちの状況を見ておきたいだけだ」
食い下がるコルネリアの言葉を、あっさりと受け入れてヴァレリウスは言った。
コルネリアがバイザーを上げていたため、彼女の唇がほんの少し突き出されているのが見えて、ヴァレリウスは口元を覆って笑いをこらえた。
♢
「うーん、捕まっちゃったね」
先ほどまでの不穏な空気から一転して、フュイは楽しそうに、手にしたハンマーの槍のような先端で、夜空の空間をあちこち突いていた。
「こちら側と向こう側で空間ごと隔てられている。向こうの様子は何もわからんな」
あまりにも曖昧な感触の、夜色の空間の境目に触れながら、ヴェスが分析する。
「これだけの規模の魔術だから、時間制限はあるでしょうね。あの子兎さんなら、とても短い時間になりそう」
マキュラは、右膝を抱えるように座り早々に休息を取っていた。
白い髪は、まっすぐに垂れて床に届いている。斜め上に向けられた水色の瞳が、天井一杯に散りばめられた星を映していた。
「逃げないか心配だなぁ」
フュイは探索の手を止め、ゴールドブラウンの短髪を片手でくしゃくしゃとかき混ぜて、ため息をついた。
「この空間が鳥さんだから、置いてはいかないでしょう?」
マキュラは気だるげな声で答える。
「逃げたら親が裁かれるってわかってりゃ、あいつらは逃げないだろう」
ヴェスの言葉に、フュイが「くふふ」と笑い声を漏らす。
「うまくやれば勝てるって思ってるんだねー。ホントに子どもだなぁ」
フュイはうずうずした様子で、ハンマーを両手で握るとヴォン! と音を立てて振り抜いた。
「おい! 暗闇でハンマーを振るな! ……そろそろ魔術の効果が切れるだろう。作戦会議だ」
ヴェスが顔をしかめながらフュイをとがめると、フュイが真っ先に手を挙げて宣言する。
「僕はケンタウロスちゃんで!」
「……それは作戦か? まあ、それならオレはあのモノクルを。放って置くと引っかき回されそうだ」
湾曲した剣の背に指を滑らせてヴェスは言った。
「じゃあ、私はお兄さん担当ね。向こうはどんな作戦で来るのか楽しみね」
マキュラは薄い水色の目に剣呑な光を浮かべ、ゆっくりと立ち上がった。
美しい星空を映した空間の足元から、光が差し込んでくる。
まもなく幕が上がろうとしていた。
続きは、また明日。18:30頃に。




