50 星空の記憶
コルネリアは屋敷の東側に広がる森の中に身を伏せ、木々の隙間から旧ペリグリン邸上空を旋回する、紺色のハヤブサを見ていた。
口がかすかに開いたままになっている。
(驚くべき魔力量……だな)
その気になれば、あの鳥型の魔法生物でこの一帯を更地にすることも可能かもしれない。
(これまでよく隠しおおせたものだ)
上空のそれに比べれば弱いものの、地上にいる子どもたち二人からも同様の魔力の気配を感じる。
(もう一人を隠すために、わざと気配を強めているのか?)
いずれにせよ、こちらの存在を消すためにも都合がいい。
鎧の上に着たグレージュのクロークのフードをしっかり被り直し、コルネリアは夕暮れの薄暗い森で潜伏を続ける。
♢
アロエットは、再び煤けた正面玄関からエントランスに入った。
入って右手にある大階段は崩落した屋根の瓦礫で塞がっている。建物の右側は、木造の部分が多かったこともあり損傷が激しかった。
アロエットもコルヴスも、背後から迫る脅威に集中し、懐かしい思い出については考えないようにしていた。
「これは……武器庫も無事なんじゃないかしら」
左手をチラリと見ながらアロエットが言った。
二階から大きく崩れて空が見えている大広間のすぐ隣りには、武器を保管してある部屋があった。
ダイニングホールと大広間に挟まれたその場所は、レンガ造りの壁や柱のお陰で崩壊を免れているように見えた。しかし、武器庫をゆっくり漁るほどの時間は断罪人たちは与えてくれないだろう。
「武器庫を開けるには、断罪人たちの足止めがいるね……我々の賢い弟にも協力を仰ぐか」
コルヴスも、壁の先を見るように左に視線を向けそう言った。
「わたくしはとりあえず、納屋も覗きます。おそらく武器庫のものは長さが足りません」
「わかった!」
二人は玄関からテラスまでを駆け抜けて、左に曲がると納屋に向かった。
♢
ファルコは上空のノクティスと視界を共有しながら、息をひそめてペリグリン家の耐火書庫の小さな空間に入っていた。
そこは武器庫の奥にあり、火災やその後の建物の崩壊にも耐えて、昔のままの姿を保っていた。
屋根が無くなり屋敷全体に雨が降り込むようになったためか、内部の湿度は高かったが、なんとか黴に飲み込まれずに済んでいた。
兄と姉の様子を、上空から心配して見下ろしながら……ちらりと書棚の本に目がいってしまう。
小さな頃にかくれんぼで潜り込んでいたときはまだわからなかったが、どうやら父の魔術関連の本が置かれているようだった。
「あれ、なんだろ?」
背の低い本が並ぶ棚の背板の部分に、メモが貼られている。剥がしてみると、どうやら父の子育てハックの魔術をメモしたもののようだった。
「『しゃっくりを止める魔術』『耳や鼻に何か詰めたやつを取る魔術』……『夜はお静かに』?」
『夜はお静かに』の説明を読む。
『子どもたちが興奮して眠れないときは、シャノンとともにベッドルームで夜空の中に閉じ込めておくと、やがて静かになる。中でどれだけ暴れても、空間の内と外では音や光、衝撃は干渉しない。※その季節の星空が鑑賞できる』
ファルコの脳内に、ベッドの上で見た星空が蘇った。自分たちだけの小さな夜空——
そのとき、突然モノクルで見ていた視界が動き、みるみる地上に近づきはじめた。
ノクティスが、コルヴスの肩に止まる。それから、ノクティスの視界いっぱいにコルヴスの文字で書かれたメモが映された。
『断罪人の足止めに協力してほしい。ファルコのタイミングで』
しばらくすると、その文字はスッと消えてただの白い紙に戻った。ノクティスは再び空に舞い上がる。
「……これ、使える」
ファルコはそう呟くと、思わず子育てメモを握りしめ、「あっ!」と気づいて慌ててシワを伸ばした。
(これは、自分で魔術を発動させるべき? それにはたぶん、魔力が足りない……父がベッドルームで使っていたのとはわけが違う。断罪人を一緒に中に入れられるサイズじゃないと!)
ファルコは、急いでその詠唱をノクティスに伝えるお願いの形に修正しはじめた。
初めて使う魔術。しかも、失敗はできない。
だが、ファルコには成功するイメージが描けていた。
(僕は、その魔術を何度も見てきたのだから!)
続きは、また明日。18:30頃に。




