49 武器を取る
門をくぐると、荒れ果てた庭の奥に、彼女たちのかつての家が夕日を受けて無残な姿を曝け出しているのが見えた。
かつて白く輝いていたその壁には、口を開けたままの窓や扉から黒い煤が這ったあとが今も生々しく残り、美しかった青い屋根は崩落していることが遠目からでもわかった。
屋敷までの前庭の道を、自らの影を踏むように駆けながら、アロエットはファルコに言った。
「ファルコ。あなたが安全な場所で見つからないでいてくれたら、兄様とわたくしはかなり無茶できるわ。正直、無茶をしなければ、絶対にあの三人には勝てない。ファルコが見つからないことが勝利条件よ」
「……うん」
戦力外と言われたと思い込んだ様子の、ファルコの元気のない返事に、アロエットは思わず「ふふっ」と笑い声を漏らして言った。
「ファルコは、ノクティスと一緒に、わたくしたちを助けてくれるのでしょう?」
「……! もちろん!」
ファルコは姉にしがみついたまま、器用に胸を張ってみせた。
「ノクティスの魔道具の首輪を外して、ファルコが持っておいてくれる? わたくしも、アンクレットを今はしまっているわ。ファルコの位置を悟られにくくするために、手は尽くしましょう」
アロエットの提案に、ファルコは「わかった」と頷いた。
アロエットは階段ポーチを一気に飛び越え、焼けて失われた扉から建物内に入る。
ファルコは片手で器用にノクティスの首輪を外すと、ノクティスに願うように言い聞かせた。
「姉さんたちを頼むぞ。『アロエットとコルヴスと共有する』」
ノクティスは、ばさりとアロエットの肩に飛び移る。
ノクティスを隠すための魔道具を外したことで、強大な魔力の気配が周囲に漏れ出した。
「隠れるのはあの場所でいい?」
ファルコは、ノクティスの首輪をカチリと左手首にはめて尋ねた。
「それがいいわ」
アロエットは、シャンデリアごと天井が崩落した大広間に飛び込み、瓦礫の少ない場所で足を止めた。
ファルコは姉の体に足を当てないよう気をつけつつ、素早く腹ばいになり滑り降りた。
緊張のために冷たくなったファルコの両手が、アロエットの体から離れる。
「用意はいい? 『ファルコのかくれんぼ作戦』をはじめましょう」
アロエットは笑顔で弟にそう言い残し、素早く大広間を駆け抜け、枠だけを残すテラス窓から外へと飛び出した。
♢
コルヴスが門をくぐると、自然に飲み込まれつつある前庭に、とび色の髪に黒装束のヴェスが、青鹿毛の馬に乗ったまま屋敷の方を見て立ち止まっていた。
その右腕には、真新しい包帯が巻かれていた。
屋敷の方角には、『遍在の檻』の気配が重なるように二つあった。
(ノクティスが、首輪を外している)
アロエットとファルコが、何か作戦を考えたらしい。
ヴェスから目を離さず、コルヴスはその場で屈んでアンクレットを外すと、胸のポケットにしまった。
ヴェスは、コルヴスの魔力の揺らぎを気にするように振り向き、門の方角を確かめたあと、コルヴスに視線を戻した。
「……マキュラを倒してきたのか」
それが、白い髪の断罪人の名前なのだろう。
「……どうかな。僕たちは、あんたの招待に応じたぞ」
コルヴスは、ヴェスをにらみ据えて言った。
目の前の模範生の雰囲気が、少しばかり変わったことを感じ取ったのか、ヴェスは鋭い目つきでコルヴスを見下ろす。
「まあいい。家族で離れ離れなのは気の毒だから、お前たちも一緒に教会に連れていってやろうというだけだ……その前に、罪には罰が必要だがな」
嫌悪感を隠そうともしない口調で、ヴェスが歪な笑みを浮かべて言った。
ヴェスの乗った馬が首を振り、落ち着かない様子を見せはじめた。
コルヴスの体内にある『遍在の檻』が引かれる感覚があり、アロエットとノクティスの接近を知らせていた。
ヴェスが低い声を出して馬をなだめているが、特にノクティスが持つ『遍在の檻』の剥き出しの圧力は、大抵の生き物には恐怖の対象として認識されるものだった。
「ヴェース! ボクの馬が無理だって言ってる!」
アロエットを追う断罪人が、緊張感のない大声で嘆いていた。見れば彼の馬も何とか前進しているものの、進むのを嫌がって左右に蛇行していた。
「降りればいいだろ! それより、もう一人はどうした?」
走ってくるアロエットの背中に、ファルコが乗っていないことに気づいてヴェスが問うと、男は首を傾げて目を逸らしながら言った。
「屋敷を通り抜けたらいなくなった」
ヴェスはため息をつき、「わかった」とだけ答えた。
「フュイ、武器はどこだ?」
ヴェスが尋ねると、男は目を輝かせた。
「玩具ね! こっちこっち!」
断罪人たちが庭の一角に注目し、こちらから意識を逸らした隙に、伸びた庭木の陰に二人は回り込む。
アロエットとコルヴスは急いで駆け寄った。深い赤色の瞳と、明るい緑の瞳が互いを労わるように一瞬だけ見つめ合った。
「ファルコをありがとう。あと、さっきは助かった」
コルヴスは、路地を出たところで自分が挟み撃ちにされるのを、アロエットが防いでくれたことに気づいていた。
アロエットは頷いて言った。
「ファルコは、屋敷の『かくれんぼ』の場所に隠れている。ノクティスはいま、わたくしとお兄様でも詠唱で動かせる」
「わかった。ノクティス、『高く飛べ』」
ノクティスは屋敷の上空へと羽ばたいていった。
「わたくしや、お兄様の扱える武器が欲しいですね」
そう言いながら、アロエットはすでに屋敷に向けて駆けだしていた。コルヴスもそれに続く。
「まずは、武器を手に入れる。そして、戦える場所に誘導する」
コルヴスはファルコを真似るように、やるべきことを小声で口に出して頭を整理した。そうすることで、少しだけ落ち着きを取り戻すことができた。
ファルコの隠れる屋敷で戦うわけにはいかないので、奥のテラス、主庭、その先の森あたりに誘導するのがいいだろう。
コルヴスは、何としてでも、妹と弟を無事に帰そうと心に誓い、夕日を背に走った。
続きは、また明日。18:30頃に。




