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47 舞踏

 完全な挟み撃ちを避けるため、コルヴスとアロエットは路地から出て、その断罪人と向き合った。


「僕たちに、なんの恨みがあってこんな真似を!」


 コルヴスは、アロエットとファルコの斜め前に立ち、強い口調でそう尋ねた。


「しらばっくれるのは、時間の無駄だから止めだ。オレはヴェス。あの晩、逃げ出したペリグリンの子どもたちを、連れ戻しに来た断罪人だ」


 男は口の端を持ち上げてそう言った。


「二年半、よくも見つからずに逃げ回ったもんだな……コルヴス」


 名前を呼ばれて体をこわばらせた彼を見て、ヴェスは面白そうににたりと笑う。


「コルヴス・ヴィンセント、アロエット・ルチアノ、ファルコ・ロザリンド」


 男はひとりずつ、指を差して名前を呼ぶ。口元は笑みを形作っているが、アッシュグレーの目は、感情の読めない冷たい色をしていた。


 名前を呼ばれて、目に見えて顔色を悪くしたのはファルコだったが、コルヴスも苦い顔で、アロエットは睨みつけるようにヴェスを見た。


「これからお前たちの屋敷に招待したいんだが、もちろん来てくれるだろう?」


 フリーズしていた三人の中で、最初に動いたのはアロエットだった。


「ファルコ、振り落とされないで! 遠慮せず死ぬ気でしがみつきなさい!」


 ファルコが慌ててしがみついたのを確認し、アロエットはヴェスに向け突進し、後ろ足で立ち上がると前足を彼の馬に叩きつけた。


「うわあっ!」


 ファルコは姉の本気を悟って、ピタリと体をくっつけている。ノクティスもファルコの肩から離れずじっとしている。


 耳を伏せて威嚇(いかく)する馬を、ヴェスが「ウォー」と低い声でなだめる。


「……とんだじゃじゃ馬だな」

「ごめんあそばせ。ダンスは得意ではございませんのよ」


 アロエットは身をひるがえし、ペリグリン邸と真逆の方向へ走り出した。


「チッ! フュイ!」


 舌打ちをしたヴェスが、低くほえるように声を上げた。


「オー! ケー!」


 馬に乗ったフュイが、アロエットの進路を読み、その進行を妨害するように騎馬用のクロスボウを構えていた。


「っ!」


 アロエットは、クロスボウから距離を取ろうとして、再び進行方向を変えた。


 そこでアロエットが目にしたのは、路地から飛び出してきた白い髪の断罪人が馬を操り、手にしたサーベルでコルヴスに襲い掛かるところ――そして、コルヴスを挟み撃ちにしようとするヴェスの姿だった。


 アロエットは全身の毛が逆立つような感覚に襲われた。


「ファルコぉ! 揺れるわよ!」


 ファルコは無言でローブを掴む手と胴体部分を挟んだ足に力を込めた。


「ああああああ!!」


 アロエットが雄叫びを上げ、コルヴスとの間に割り込む形でヴェスの馬に体当たりをする。


「お望みなら、わたくしがお相手いたしますわ!」

「そうこなくちゃなああ!!」


 暗い目をしたヴェスが口を開けて笑う。

 二騎はそのままペリグリン邸に向かう石畳の一本道を、蹄の音を高く響かせながら走り出した。


 ファルコは、断罪人の意識がアロエットに向いている間に、隙をつくように詠唱した。


「高く飛べ(ヴォラ・アルテ)!」


 ノクティスは首を真上に向け、鳥には不可能な速度で垂直に急上昇していく。


「魔法生物って、そういう動きもありなんだ……!」


 後方からつけていたフュイは、口をへの字にしてうなった。

 彼の持つクロスボウは、上方の標的を射るのには向いていなかった。


「仕方ないよね。ボクは自分のお仕事だけやーろうっと」


 フュイは馬で駆けながら、一定の距離を保ってアロエットの背後に照準を定めた。



 アロエットの進行方向に対し、左にヴェスがピタリと付けた。右後方で、コルヴスと長い白髪(はくはつ)の断罪人が交戦中。真後ろから、フュイが追ってきていた。


 ひとまず、高さで不利なコルヴスが二対一になることは避けられたようだ。


 アロエットは、体を左にひねると両手で虚空をなでるように動かし、ヴェスに向けて金の矢を掃射する。ヴェスは手綱を引きそれをぎりぎりで避け、避けきれない分だけを正確に対魔術用の黒いブレードで打ち払う。


 ヴェスにリードされるように並走する二騎は、長い影を落としながら刻一刻とペリグリン邸へと近づいていく。

 石畳を叩く蹄の音が、まるでサパテアードのリズムのようにそろっては乱れて響いた。



 ヴェスは、彼女の攻撃ですら、狩りの一環として楽しんでいた。家族のために一歩も引かない彼女の殺意のこもった眼差しに、高揚感を覚える。


(オレはこの目を知っている――アロエット(こいつ)が、クレイグ・ペリグリンに一番似ている!)


 クレイグ・ペリグリンは、自分の顔に消えない傷を与え、仲間の命を潰し、その命を賭(と)して守られるはずだった神の力を壊し、それによって断罪人の価値すら棄損した。


 クレイグが、自分の命と引き換えに必死で逃がした子どもたち……その命は、もはや自分たちの手の中に落ちようとしている。


 若くして父と同じ覚悟を宿したアロエットに対し、ヴェスは賛辞を贈る代わりに彼女の攻撃を次々と弾き、いなし、無効化していった。



 アロエットは諦めず、微塵も攻撃の手を緩めなかった。

 ファルコも姉のことをよくわかっていた。


 ファルコは、上空からノクティスの目で見ながら待っていた。

 旧ペリグリン邸へ続く石畳から、側道入口に至るタイミング、そして姉の攻撃がヴェスの意識を上空から完全に引きはがし、フュイの射線を二(・)頭(・)が遮る形になる瞬間を。


「|舞い降りて、混乱をもたらせ《デセンデ・エト・カオー》」


 ファルコは男に悟られないよう、姉の背に隠れて呟いた。


 弾丸のように急降下したノクティスが、ヴェスの馬の顔を翼で打ち、再び夕暮れの空に舞い上がる。


 いなないて跳ねた馬に対し、重心を安定させるためにヴェスの動きが止まる。

 アロエットは、それを見逃さなかった。


「!」


 黒い刃で弾き損ねた金の矢が、ヴェスの頬と右腕を切り裂いて飛んでいった。


 彼女は、石畳の上から離れ右前方の林道へと進路を変更した。ここが、走りながら飛び込める最後の分岐だ。


 そのとき、後ろから笑い声が聞こえた。


「やるね! でも、そっちへ行っちゃダメなんだ、よ!」


 バスッと音を立てて飛んできた、鏃(やじり)の先端を布で巻いた即席のクッションボルトが、アロエットの尻を叩いた。


「あっ!」


 アロエットは思わず声を上げた。矢は刺さらず地面に転がるが、衝撃と痛みで足がもつれそうになる。


「次は、ちゃーんと骨を砕くやつだからね? ……さっさと元の道に戻れ!」


 カチリという金属音と共に、ゴートフットレバーで装填されたクロスボウがファルコの背を狙い、フュイが不敵な笑みを浮かべていた。

続きは、また明日。10:45頃に。

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