43 破裂
良く晴れた週末の午後。
ファルコは、養親から届いたばかりの荷物を開封した。兄は、姉と同じ紺色の布を注文したようだった。
魔力遮断の布の仕上がりを確認すると、いつものショルダーバッグに畳んで入れる。
(どうせなら、金色の刺繍を入れたらいいんじゃないかな! でも、おそろいは目立ってしまうか……僕も欲しくなっちゃうし)
ファルコは兄のローブのデザインを考えつつ、制服のポケットにノクティスを呼ぶための笛とブローチを入れた。最後にオルティス学園の古めかしいローブを着ると、フードを目深に被った。
「ノクティス!」
首輪をつけたノクティスを、ケージを開けて呼び出す。ノクティスはいつもの調子で、いそいそとファルコに頭をすりつけてきて、調子も良さそうだった。
ファルコは左目にモノクルを着け、ラテーレに声をかけてから、作戦を開始した。
学園の門をくぐると、すぐに大きな通りに差しかかった。
通りを渡ってまっすぐ行くと、やがて美しい彫像で飾られた噴水が見えてきた。
噴水の周りでは、たくさんの子どもたちが笑い声を上げて、頭を寄せあったり追いかけっこしたりして過ごしている。
白い日傘の老婦人と老紳士が、仲睦まじくゆっくりと歩いている。
広場で露店を出している人の活気のある声を聞き、思い思いにベンチに座って語らう人々を横目に見ながら、自然とファルコも笑顔になる。
突き当りを左に曲がるとその先は西区だ。
今日のノクティスは、先週の外出時よりも落ち着きがなかった。
「今日は、出かけるの嫌だったかな? ごめん。用事が済んだら、すぐ帰るからね」
ファルコは少しだけ歩く速度を速めた。
♢
アロエットが、何かがおかしいと感じたのは、既に西区四番通りに到着した後だった。
婦人靴店のガラス越しに商品を眺めるふりをして、背後の風景を目だけで確認する。怪しいものは何も映っていない。
はっきりと視線を感じるわけでもなく、それはほとんど勘のようなものだった。
夜空色のローブのベルトループから下げた時計で、時間を確認する。
コルヴスは間もなく東区に到着するだろう。ファルコは噴水を越えたあたりだろうか。
(何も確信は持てないけれど。ファルコとは合流しない方が……でも、いま私がいなくなると、あの子は慌てて絶対に目立つ行動しかしないわね……)
アロエットは自然な表情を装ったまま、心の中で頭を抱える。合流時刻が迫る。
(腹をくくりましょう。ファルコを連れて撤退。お兄様には……ご自分で判断していただきましょう)
アロエットは店を巡るふりをして、少しずつ学園に戻る方向へ歩きはじめた。
♢
ファルコは、きょろきょろと周囲を見回すノクティスのことを気にかけていた。
しかし、久しぶりに外で姉と会えることが嬉しくて、ノクティスがずっとあたりを警戒していたことに最後まで気づかなかった。
四番通りに入ってすぐのところに姉はいた。いつも完璧な淑女を演じる姉が、驚いた表情でファルコを凝視したことに、ファルコは動揺した。
正確には、姉はファルコの肩に乗っているノクティスに驚いていた。問題発生だ!
おろおろとした様子をみせる弟に、アロエットは笑顔をつくろって速やかに近づいた。その肘に腕を添わせるようにして、少し身を屈めると耳元に唇を寄せて囁く。
「1.説教はあとで 2.私が誰かに見られている 3.ファルコのことも、誰かがつけている 4.よって作戦中止」
ファルコにどこからか向けられている視線は、もっと明確に害意があるように思えた。ファルコの腕を少々引っ張るように歩きながら、アロエットは考える。
(思った以上に状況がよくない。どうする?)
しかし、悩む余裕があったのはそこまでだった。
学園まで最短距離で戻るなら、噴水広場を通るのが一番早い。
見通しがいいこと、広場に人がたくさんいることは、アロエットの中では逃走に都合がいいはずだった。
噴水の脇を足早に抜けようとしていたときだ。
突然、風景が一瞬で真っ白になった。
目を刺すような眩しさを感じ、思わず目を閉じる。
同時にバァンッ! と聞いたことのない鋭い爆音がした。周囲に煙が広がる。
アロエットは目がチカチカするのと耳鳴りが止まない中で、できるだけ煙を吸い込まないように口元を袖で覆いながら、必死に周りを見回す。弟は無事。ノクティスも身を細くしているが無事。
一呼吸置いて、広場にいた人々がワッと逃げはじめた。そこへ、閃光と爆音が再び襲う。
「!!」
(いま、広場の人たちと逆方向に逃げるのはまずい……!)
人々は建物の陰に逃げようと、路地を目指して走っていた。泣いている小さな子どもの姿が目に入るが、ギュッと唇を噛んでアロエットは弟の手をつかみ、視界が完全に戻り切らないうちに走り出していた。
(わたくしたちが狙いなら、広場の方が安全になるでしょう)
アロエットは路地に入ると何度か角を曲がり、周囲を警戒しながら走った。
「ファルコ、怪我はないわね。ノクティスも」
ファルコは、青ざめた顔で頷く。
ノクティスは、興奮したように口を開けている。
「ごめんなさいね、ノクティス」
アロエットは優しく声をかけるが、なでてやる余裕はない。
見えない相手は、予想通りこちらを追ってきているようだ。
「……ファルコ、ノクティスをロザリンド女子爵の元へ避難させて」
アロエットは小声でファルコに指示をした。ファルコは少し迷ったあとで頷いた。
「女主人へ馳せよ!」
羽の星々がきらりと光り、ノクティスが舞い上がる。
シュッと風を切る音がしてノクティスの翼を何かが掠めた。続いてガツッ! と鈍い音を立てて建物の壁で跳ねた短い矢が、地面にガランと転がった。
二人はハッとして建物の屋根を見上げる。クロスボウを担いだ人物がチラリと姿を現し、物陰に隠れる。見覚えのある黒装束。忘れることなどできるはずがない。
(あの夜の襲撃者!? あえて姿を見せた?)
それは、『断罪人』あるいは『猟犬』と呼ばれる者たち。
調べても、呼び名以外の情報は得られない、教会に所属する者たちだった。
「ノクティス! 戻れ!」
ファルコは、ノクティスの魔術を上書きし、再び肩に止まらせる。
落ちてきた短い矢は、鏃が鉄の王冠を思わせる形の、ごつごつとした金属の塊になっていた。小動物の狩猟にも用いられるものだ。
「ノクティスも狙われてる!」
「……簡単に逃がしてはくれないみたいね」
広場の方角からは、おそらく別の追手が迫ってきている。
クロスボウが上から狙っていることを考えると、遮蔽物の少ない場所に出る危険を冒せない。
二人と一羽は、路地を進み続けるしかなかった。
続きは、18:30頃に。




