↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

42/53

42 手がかり

 セレスティス教会の最高意思決定機関、聖枢院。


 その一員であるヴァレリウスの執務室で、彼の秘書コルネリアは事務局から預かった「苦情(クレーム)処理済み」案件に目を通していた。


 ヴァレリウスの命で週に一度確認を行っているが、これが中々面白い。「司教の説教の声が良すぎて眠くなる」などという難癖に近いものもあるが、見落とせば深刻な問題になるような案件もある。コルネリアにとっては意外なことに、教会はこれらの声に割(・)と(・)丁寧に対応していた。


(教会はまさにサービス業だな……ご苦労なことだ)


 斜めに滑るように書類を読む。彼女は他にも仕事を山ほど抱えているが、この手のものをおろそかにすると、なぜかヴァレリウスにはすぐにばれてしまうのである。


(おや?)


 コルネリアの手が止まる。その訴えは、少々気になる内容だった。


『オルティス学園寮に、休日にも関わらず教会関係者が訪ねてきて、教会出身の一年生を呼び出した。寮生の名前の問い合わせが目的だったが、呼び出された学生は不安を感じていた。寮生に対し用がある場合は、事前の面会予約を確実に取るよう注意してほしい』


 投書日は昨日。

 奇妙な苦情だ。教会関係者が休日に急いで問い合わせる内容が、学(・)生(・)の(・)名(・)前(・)とは。


(学生が不安を感じるのは、どんな相手だ? 聖騎士、いや断罪人か? ……ますますよくわからんな)


 コルネリアはとりあえずこの件を頭の片隅に入れ、残りの書類を読み進めることにした。


       ♢


「ヴェスが偉いんだか、例の子どもたちが物凄く抜けてんだかわかんないけど、ビンゴだったよ。『遍在(へんざい)の檻(おり)』の欠片持ちの二人は、どっちも学園内にいるね」


 琥珀色の目を細め、可笑(おか)しそうにフュイは言った。


「本当? よかったわね、フュイ」


 そう言うマキュラも、声に嬉しさをにじませていた。

 フュイに顔を向けた拍子に、白い髪がさらりと肩を滑って落ちる。


「逃げ出したペリグリンの子どもたちの、今の名前は『コルヴス・ヴィンセント』『アロエット・ルチアノ』、それからヴェスが言ってた『ファルコ・ロザリンド』だよ」


 名前を呼びながら、テーブルに一枚ずつ顔写真の写しを置いていく。


「この子……私から逃げ切った子ね」


 コルヴスの顔の写しを指さし、マキュラが言う。

 フュイは内心驚いた。マキュラは断罪人の中でも、かなりの俊足だ。


(子どもが逃げ切れる、なんてことがあるんだ)


 フュイは面白くなって、口元に笑みを浮かべた。


「ヴィンセント伯爵、ルチアノ子爵、ロザリンド女子爵、か。また錚々(そうそう)たる顔ぶれがそろったもんだ」


 ヴェスが鼻先で笑う。


「そうね……なぁに? 怖気(おじけ)づいたの?」


 マキュラはヴェスの頬に触れ、傷跡を親指でそっとなでた。


「まさか。聖枢院に気づかれる前に動く理由が増えただけだ」


 ヴェスの言わんとするところを理解して、二人は頷く。


「そうだね! 見つかる前に狩っちゃおう。僕はど(・)れ(・)をもらっていいの?」

「それは、流れで決めた方がいいでしょう? 三人とも一緒に穴から出てきてくれたら楽だけど……ああでも、穴(・)に(・)帰(・)っ(・)て(・)こ(・)な(・)か(・)っ(・)た(・)ら(・)残りも出てきてくれるかしら?」


 とてもいい思い付きであるかのように、マキュラは両手の指先を合わせて無邪気に笑った。


「さてな。どんな事態にも対応できるように、これから兎の逃げ道を塞いでいく」

「りょーかい!」

「そうそう。確実にね。これは戦いじゃなくて、狩りなんだから」


 三人は街の詳細地図を囲んで、作戦を立てはじめた。


          ♢


 コルネリアはあれから、『聖騎士』と『断罪人』に絞って、直近の提出書類等すべてに目を通すようにしていた。


「これで何もなければ、ただの阿呆だな……」


 斜め読みの速度が上がった気がする。

 日中は、忙しいヴァレリウス卿の護衛も果たさなければならないため、睡眠時間を削るわけにもいかない。


「『聖騎士』は異常なし。『断罪人』は……」


(何だ? 勤務の変更申請が立て続けに……これは通常の範疇(はんちゅう)なのか?)


 聖騎士は古巣なので想像がつくが、断罪人に関してはほとんど知識がないため、これが異常を示しているかどうか判断がつかない。

 まるで別の組織のように、彼らの仕事は他の教会関係者の目からも隠されていて、その立場から彼らと交流することも難しい。

 彼女がわかるのは、聖枢院直属の黒づくめの隠密部隊で、聖枢院では『猟犬』と呼ばれていること、極秘裏に教会に絡む不都合な事象の後(・)始(・)末(・)を行っていることくらいだ。


(……変更した者たちは、そろって週末を空けている。次の週もか……)


 念のため、変更の申請をした人物の名前を控えておく。


「うん?」


 さらに資料を読み進めていたコルネリアの、紙をめくる手が止まる。


「『東区一番通りの異教徒のデモに伴う、暴動鎮圧のため』の……音響閃光装置と非致死性ボルトの使用許可だと?」


 思わず声に出して読んでしまった。東区一番通りのデモで、暴動などこれまでに一(・)度(・)も(・)起きていない。


(あのデモの主催者はベテランだからな。毎回、大きな混乱もなく終了している。暴動に発展する可能性を、誰が警戒するというんだ……?)


 コルネリアが記憶を確認し、もう一度申請書に目を戻す。

 日付は四日前。この申請書を受理した担当者にはあとで説教をするとして……申請者の名前は、先ほど控えた名前の中にあった。


(いったい何を企んでいる――?)


 コルネリアは顎に手を当て、その名前を睨みつけながら考えを巡らせた。


          ♢


「これはお手柄だよ、コルネリア君!」


 ヴァレリウスは、満面の笑みで彼女を褒めた。


 コルネリアの報告をまとめると、こういうことだ。

 不審な動きをする断罪人が三人。三人とも『遍在の檻』を不可侵の神と尊ぶ原理主義者。そのうち二人は「ペリグリン邸襲撃時の生き残り」である。


 彼らはおそらく見つけたのだ。失われた『遍在の檻』の欠片、ペリグリン家の子どもたちを。


(彼らはどうやって、手がかりを見つけたんだろうね――)


 報告書を机に置くと、ヴァレリウスは興奮を隠せない声で言った。


「面白いことになってきたよ。これ、ロストした『遍在の檻』の力を見られるチャンスなんじゃないの?」

「!」


 断罪人が狙う標的に思い至ったコルネリアは、勢いよく席を立ち、ヴァレリウスに駆け寄って手を伸ばした。


「……なんだねコルネリア君?」

「早く! 『執行許可証』を出してください! 間もなく窓口が閉まる時刻です!」


 コルネリアのあまりの豹変ぶりに、ヴァレリウスはたまらず肩を震わせる。


「はいはい、準備できてますよ。じゃあ、廊下で聖枢卿たちをはねないようにね」


 言い終わる前に、ヴァレリウスの執務室の扉は閉められていた。


「子ども絡みの案件だと、どーも必死になっちゃうよね……さて、僕は僕のできることをやりますか、ね」


 怒れるコルネリアの横顔を思い出しながら呟く彼も、軽薄な笑いを引っ込めて各所への連絡調整に取りかかった。

続きは、また明日。10:45頃に。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。