42 手がかり
セレスティス教会の最高意思決定機関、聖枢院。
その一員であるヴァレリウスの執務室で、彼の秘書コルネリアは事務局から預かった「苦情処理済み」案件に目を通していた。
ヴァレリウスの命で週に一度確認を行っているが、これが中々面白い。「司教の説教の声が良すぎて眠くなる」などという難癖に近いものもあるが、見落とせば深刻な問題になるような案件もある。コルネリアにとっては意外なことに、教会はこれらの声に割と丁寧に対応していた。
(教会はまさにサービス業だな……ご苦労なことだ)
斜めに滑るように書類を読む。彼女は他にも仕事を山ほど抱えているが、この手のものをおろそかにすると、なぜかヴァレリウスにはすぐにばれてしまうのである。
(おや?)
コルネリアの手が止まる。その訴えは、少々気になる内容だった。
『オルティス学園寮に、休日にも関わらず教会関係者が訪ねてきて、教会出身の一年生を呼び出した。寮生の名前の問い合わせが目的だったが、呼び出された学生は不安を感じていた。寮生に対し用がある場合は、事前の面会予約を確実に取るよう注意してほしい』
投書日は昨日。
奇妙な苦情だ。教会関係者が休日に急いで問い合わせる内容が、学生の名前とは。
(学生が不安を感じるのは、どんな相手だ? 聖騎士、いや断罪人か? ……ますますよくわからんな)
コルネリアはとりあえずこの件を頭の片隅に入れ、残りの書類を読み進めることにした。
♢
「ヴェスが偉いんだか、例の子どもたちが物凄く抜けてんだかわかんないけど、ビンゴだったよ。『遍在の檻』の欠片持ちの二人は、どっちも学園内にいるね」
琥珀色の目を細め、可笑しそうにフュイは言った。
「本当? よかったわね、フュイ」
そう言うマキュラも、声に嬉しさをにじませていた。
フュイに顔を向けた拍子に、白い髪がさらりと肩を滑って落ちる。
「逃げ出したペリグリンの子どもたちの、今の名前は『コルヴス・ヴィンセント』『アロエット・ルチアノ』、それからヴェスが言ってた『ファルコ・ロザリンド』だよ」
名前を呼びながら、テーブルに一枚ずつ顔写真の写しを置いていく。
「この子……私から逃げ切った子ね」
コルヴスの顔の写しを指さし、マキュラが言う。
フュイは内心驚いた。マキュラは断罪人の中でも、かなりの俊足だ。
(子どもが逃げ切れる、なんてことがあるんだ)
フュイは面白くなって、口元に笑みを浮かべた。
「ヴィンセント伯爵、ルチアノ子爵、ロザリンド女子爵、か。また錚々たる顔ぶれがそろったもんだ」
ヴェスが鼻先で笑う。
「そうね……なぁに? 怖気づいたの?」
マキュラはヴェスの頬に触れ、傷跡を親指でそっとなでた。
「まさか。聖枢院に気づかれる前に動く理由が増えただけだ」
ヴェスの言わんとするところを理解して、二人は頷く。
「そうだね! 見つかる前に狩っちゃおう。僕はどれをもらっていいの?」
「それは、流れで決めた方がいいでしょう? 三人とも一緒に穴から出てきてくれたら楽だけど……ああでも、穴に帰ってこなかったら残りも出てきてくれるかしら?」
とてもいい思い付きであるかのように、マキュラは両手の指先を合わせて無邪気に笑った。
「さてな。どんな事態にも対応できるように、これから兎の逃げ道を塞いでいく」
「りょーかい!」
「そうそう。確実にね。これは戦いじゃなくて、狩りなんだから」
三人は街の詳細地図を囲んで、作戦を立てはじめた。
♢
コルネリアはあれから、『聖騎士』と『断罪人』に絞って、直近の提出書類等すべてに目を通すようにしていた。
「これで何もなければ、ただの阿呆だな……」
斜め読みの速度が上がった気がする。
日中は、忙しいヴァレリウス卿の護衛も果たさなければならないため、睡眠時間を削るわけにもいかない。
「『聖騎士』は異常なし。『断罪人』は……」
(何だ? 勤務の変更申請が立て続けに……これは通常の範疇なのか?)
聖騎士は古巣なので想像がつくが、断罪人に関してはほとんど知識がないため、これが異常を示しているかどうか判断がつかない。
まるで別の組織のように、彼らの仕事は他の教会関係者の目からも隠されていて、その立場から彼らと交流することも難しい。
彼女がわかるのは、聖枢院直属の黒づくめの隠密部隊で、聖枢院では『猟犬』と呼ばれていること、極秘裏に教会に絡む不都合な事象の後始末を行っていることくらいだ。
(……変更した者たちは、そろって週末を空けている。次の週もか……)
念のため、変更の申請をした人物の名前を控えておく。
「うん?」
さらに資料を読み進めていたコルネリアの、紙をめくる手が止まる。
「『東区一番通りの異教徒のデモに伴う、暴動鎮圧のため』の……音響閃光装置と非致死性ボルトの使用許可だと?」
思わず声に出して読んでしまった。東区一番通りのデモで、暴動などこれまでに一度も起きていない。
(あのデモの主催者はベテランだからな。毎回、大きな混乱もなく終了している。暴動に発展する可能性を、誰が警戒するというんだ……?)
コルネリアが記憶を確認し、もう一度申請書に目を戻す。
日付は四日前。この申請書を受理した担当者にはあとで説教をするとして……申請者の名前は、先ほど控えた名前の中にあった。
(いったい何を企んでいる――?)
コルネリアは顎に手を当て、その名前を睨みつけながら考えを巡らせた。
♢
「これはお手柄だよ、コルネリア君!」
ヴァレリウスは、満面の笑みで彼女を褒めた。
コルネリアの報告をまとめると、こういうことだ。
不審な動きをする断罪人が三人。三人とも『遍在の檻』を不可侵の神と尊ぶ原理主義者。そのうち二人は「ペリグリン邸襲撃時の生き残り」である。
彼らはおそらく見つけたのだ。失われた『遍在の檻』の欠片、ペリグリン家の子どもたちを。
(彼らはどうやって、手がかりを見つけたんだろうね――)
報告書を机に置くと、ヴァレリウスは興奮を隠せない声で言った。
「面白いことになってきたよ。これ、ロストした『遍在の檻』の力を見られるチャンスなんじゃないの?」
「!」
断罪人が狙う標的に思い至ったコルネリアは、勢いよく席を立ち、ヴァレリウスに駆け寄って手を伸ばした。
「……なんだねコルネリア君?」
「早く! 『執行許可証』を出してください! 間もなく窓口が閉まる時刻です!」
コルネリアのあまりの豹変ぶりに、ヴァレリウスはたまらず肩を震わせる。
「はいはい、準備できてますよ。じゃあ、廊下で聖枢卿たちをはねないようにね」
言い終わる前に、ヴァレリウスの執務室の扉は閉められていた。
「子ども絡みの案件だと、どーも必死になっちゃうよね……さて、僕は僕のできることをやりますか、ね」
怒れるコルネリアの横顔を思い出しながら呟く彼も、軽薄な笑いを引っ込めて各所への連絡調整に取りかかった。
続きは、また明日。10:45頃に。




