39 作戦
ファルコが外出から戻ると、レターボックスにランプが灯っていた。
中身を確認したところ、彼の養親からの連絡で、『次の週末の午前中に、追加注文の魔力遮断布を納品します』とのことだった。
ファルコは「よしっ」と小さくガッツポーズをした。注文から納品までひと月近く時間がかかったが、工場の都合もあるのでそういうものなのだろう。
前回は、四日でそれを仕上げてもらって、ずいぶんと無茶をさせてしまったんだろうな……と思うと同時に、無茶の代償を思い出してファルコはぶるっと震えた。
ノクティスをケージに入れ「上手にお出かけできたね!」と褒め、忘れずに鍵をかける。それから慌ただしく身支度をして、ノクティスの足環作りのために急いで工作工房に向かった。
♢
――夜
ファルコはノクティスとともに、第二図書室へとやって来た。
「兄さん! 次の週末の午前中には、兄さんの魔力遮断の布が届くって!」
ファルコは、図書室に入るなり、勢い込んで報告した。
「ごきげんよう、ファルコ。挨拶を忘れるくらいのビッグニュースだったのね」
アロエットは、弟の様子を微笑ましく見つつ、さらりとたしなめた。
「こんばんは、ファルコ。それは確かにビッグニュースだね! 漏れた魔力を打ち消すためのアンクレットはファルコに作ってもらったし、さっそく身に着けてはいるんだけど、ローブがあるならさらに安心だ! 実際に、アロエットのローブを見せてもらっているからなぁ」
コルヴスは、うんうんと頷きながら、「それ、とてもいいよね」とアロエットに目を向けた。
アロエットは、羽織っているローブの表面に手の甲を滑らせた。紺色に金の縁取りの刺繍が施されたケープ付きのローブ。
魔力を遮断する機能はもちろんだが、何よりデザインがいい。彼女の養親であるルチアノ子爵が、アロエットをこれでもか! と美しく見せるために頑張ったのだろうとファルコは思っていた。
「兄さんのも、カッコいいローブにしたいね!」
ノクティスを、指定席となっている椅子の背に乗せ、その隣に座りながらファルコが言った。
「オーダーするお店は、決まっていますの?」
「うーん、僕はそういうのは詳しくなくて。そもそも学園に来てから、外を出歩いたことがないからね!」
アロエットの問いに、コルヴスは特に気にする様子もなく笑ってそう答えた。ファルコとアロエットは顔を見合わせて、哀れなものを見る目でコルヴスを見た。
コルヴスは気まずさをごまかすように、口元に拳を当てて咳払いをした。
「……お兄様は、おでかけの練習もなさった方がよろしいわね。わたくしが、腕の良いテーラーをご案内差し上げますわよ?」
アロエットは、コルヴスに微笑んだ。
ファルコは、目を輝かせて二人を見て……それからすぐにしょんぼりと顔を曇らせた。兄、姉と自分が、そろって学園の外に出ることなど、考えられなかった。潜伏中にそんな浮かれた行動をしては、本末転倒だ。
兄と姉からの視線を感じてファルコが顔を上げると、アロエットは口を開いた。
「学園内で、休日にファルコと布の受け渡しをする場面を、誰かに目撃されるのは都合が悪いですわね……お兄様?」
姉は、兄に意味ありげに話を振った。
「……あー、それなら、布を学園外まで届けてもらえばいいんじゃないかな?」
台詞を読まされるような調子で、兄がそれに答えた。
ファルコは、思わず吹き出した。兄と姉が、自分に外出するための役割を与えようとしていた。
「でも! 三人で一緒に出かけるのは、危ないよね? 目立たないように別々に出発して、布をリレーするみたいにお店まで運ぶ……なら大丈夫かな?」
ファルコは慎重に考えようとはしたが、ワクワクした気持ちは隠しきれなかった。
「ついでに、変装してはいかがかしら? 例えば学園のローブでも、頭から被っていれば『オルティス学園生』という印象の方が強くなって、『誰なのか』という印象は薄れますでしょう?」
姉は、魔力遮断のローブを着ていくはずなので、ごわごわして重たい学園のローブは、こちらが使うはめになりそうだ。
兄は、二人の浮足立った様子に困った表情を浮かべつつ、笑いながら言った。
「それじゃあ、作戦を皆でしっかり考えようか」
ファルコは、アロエットと小さくハイタッチして喜んだ。
「まず、少しでも異変を感じたら、この作戦は中止だ。『安全が最優先』これが大前提。いいかな?」
二人は殊勝な顔で、コルヴスの言葉に「はい」と応えた。
「まずわたくしが、西区四番通りでお店巡りをしつつ、ファルコを待ちます」
「そのあと、兄さんが東区二番通りを目指して出発。さらに時間を空けて、届いた『魔力遮断の布』を持って、僕が西区四番通りに向けて出発!」
コルヴスは、二人の手順を確認し、頷いてから口を開く。
「『魔力遮断の布』を、最初はファルコからアロエット。そして、アロエットから僕に届けてもらうリレー方式だね」
「外では名前を呼びあわないこと。受け渡しはさりげなく、ですわね」
大事なポイントを、人差し指を立てて強調しつつ、アロエットが続けた。
「中止のサインは唇に右手の指を二本当てる! だね」
「中止の場合は、散開して速やかに学園へ帰還すること……万が一のためだけど、用心するに越したことはないからね」
コルヴスは、ファルコの言葉を補足するように続けた。
条件をすべて確認し終えると、アロエットはパンッと顔の前で手を打ちあわせた。
「『コルヴス兄さんのお出かけ作戦』、週末に決行ですわ!」
コルヴスは、「その作戦名で決定したの?」と困惑したが、笑顔の二人に流されてしまった。
ふと、ノクティスが首を回して、三人があたたかく笑いあう図書室の、扉の先に目を向けた。
消灯前の廊下は冷たい夜気をはらみ、仄暗い静けさにのみ込まれていた。
続きは明後日、18:30頃に。




