38 蠢くもの
セレスティス教会の奥まった一角には、断罪人たちの詰所があった。
ベンチに座った女は、壁にもたれ目を閉じていた。よく手入れされた真っ白な長い髪は、結われることなく真っ直ぐに下ろされている。部屋には彼女だけが待機しているようだった。
「マキュラ」
ヴェスが声をかけると、彼女はゆっくりと目を開けた。淡い水色の目がチラリと男を見る。
「休みの日にまでここに来るの? 仕事熱心ね」
マキュラは手だけでベンチの隣を指して、男に座ることを勧めたが、ヴェスは対面に立ったまま小声で言った。
「見つけたぞ」
ギラギラとしたアッシュグレーの瞳が、彼女に向けられる。
「!」
マキュラは驚き、それからハッとするほど美しい表情で微笑んだ。
「それは、大変素敵な知らせだわ。ヴェス」
彼女が手を伸ばすと、男は身を屈め、マキュラに頬を差し出した。
「これは神のお導きね。ヴェスにも感謝しなくっちゃ」
恍惚とした表情でマキュラが小さな口を開き、ヴェスの頬の古傷に舌を這わせる。白く細い指が、男のとび色の髪に絡む。
ヴェスは、マキュラの手に自らの手を重ねて頭髪から引き離すと、神秘的な水色を湛えた目を見て言う。
「我々は必ず、ペリグリンの穢れた子どもたちから『遍在の檻』を取り戻す」
「ええ、それが生き残った私たちの使命でしょう」
マキュラが一度目を閉じ、『器』を象ったポーズで祈りを捧げる。
「フュイは?」
「まもなく上がりよ。彼もそろったら、場所を変えましょうか」
ヴェスは黙って頷き、ベンチの隣に座った。
「見つけたのは、どの子?」
「鳥だ。それから、報告の通りなら『遍在の檻』を持たない、ペリグリンの息子」
「ふぅん。あなたは報告するの?」
「しない。下手をすると、手厚く保護されかねない。ルカのようにな」
ヴェスが顔をしかめて、吐き捨てるように言った。
ペリグリン邸襲撃の真実を知る、教会のごく限られた者たちは、「ペリグリン家の子どもたちは、見つけ次第保護」と聖枢院から厳命されていた。
既に教会に保護されている、ルカという名のペリグリン家の養子は、その身に『遍在の檻』の欠片を宿したまま、幼い『移しの器』を守る騎士として教会に置かれている。
(盗人風情が忌々しい……!)
ヴェスはギリッと奥歯を噛みしめた。
「それは困るわね? 『遍在の檻』は、正当な『器』の中にあってこそよ」
マキュラが目を伏せ、白いまつげが頬にかすかな影を落とす。
「じゃあ、あなたはどうするの?」
「……偽りの器をギリギリまで壊せば、中の『遍在の檻』を『器』に回収せざるを得なくなるとオレは睨んでいるが」
「そうね、その可能性は高いでしょうね」
マキュラは顔を上げ、無邪気な声でそう言った。
「鳥さんはどうする?」
「ペリグリンの息子に、ずいぶん懐いていたからな……死体になっても付いてきてくれるといいがな」
悪意に満ちた笑みで、ヴェスは言った。それを聞いたマキュラは、蕩けそうな笑顔で頷いた。
♢
ひと仕事終えたフュイを引き連れて、マキュラとともに自室に戻ったヴェスは、二人を適当な場所に座らせて話を始めた。広くはないが、それなりにくつろげるスペースも作ってあり、ヴェスはこの部屋を気に入っていた。
「ええー。ターゲットは子どもなのぉ? 気が乗らないなぁ」
重たい仕事着を脱ぎ、ドサッと床に放りながら、フュイは不満の声を上げた。
その胸元で、ダイヤ型をしたシンプルな銀のペンダントが揺れる。
セレスティス教会のシンボルとは異なり、中央には金の球体がはめられている。それは、『遍在の檻』を絶対不可侵の神として崇拝している者たちの象徴だった。
「話を聞いていたの? 『遍在の檻』の回収だって言ってるでしょう?」
「それはもちろん、超重要だよ! だけど、僕の出番はなさそうだよねーってこと」
ヴェスから借りた服を着たフュイは、ソファーの背にピタッと添うように仰け反って伸びをした。気まぐれな性格と相まって、彼はどこか猫を思わせる雰囲気の青年だった。
「フュイ。オルティス学園の名簿を当たれるか?」
「……いいけど。他にも何かいるの?」
「鳥を連れていたヤツの名前は『ファルコ・ロザリンド』。名前も捨てきれていない。あのとき逃げた他の子どもの名も、探しておいて損はない」
「えー! もうまるっきり子どもじゃん! 激萎え。本当に『やりがいがあるお仕事』なんですかぁ?」
マキュラの口真似をして、拗ねたように唇を尖らせるフュイに苦笑しつつ、ヴェスは餌をまく。
「『遍在の檻』を持ってるやつを見つけたら、そいつは譲ってやる」
「ホント!? ヴェス最高! ボクがんばるよ!」
フュイは背もたれから飛び起きて、ソファの上でピンと背筋を伸ばした。マキュラは水色の目を細めて笑った。
「次の週末までに、作戦を実行できるところまで準備しておきたい」
「うーん、『遍在の檻』持ちだったら、ボク、派手にやりたいなぁ。この辺じゃ難しいよね?」
「あら」
マキュラは、ヴェスから紅茶を受け取りながら言った。
「うってつけの場所があるでしょう? 邪魔も入りそうにない、彼らにとって馴染みの深い場所が」
フュイは琥珀色の目を上に向けて考えた。そして、とてもいい笑顔で言った。
「あー、うん! いいかもね! オルティス学園の名簿、チェックし終えたら下見に行こうっと!」
ヴェスから受け取ったマグカップのコーヒーをごくごく飲み干して、
「ごちそうさま! 服借りるね。たまには黒以外も買ったら?」
と言い残して、フュイは急いで部屋を出て行った。
「慌ただしいやつだな」
あきれたようにヴェスが言うと、マキュラはくすくすと笑った。
「やる気があっていいことじゃない? さて……獲物の兎さんをどうやって誘き出す?」
「獲物が穴から出てくるのは週末だけだ。週末の度に見張って気長に待ったっていいが……予想では次も出てくる。おそらく、あの鳥を連れ出せるようになったのは最近だ。一緒に動くのに慣れていない印象を受けた。そして、何よりおでかけに浮かれている」
ターゲットの様子を思い出して口の端を上げる。
「ずいぶん可愛い子兎さんね」
マキュラが嬉しそうに笑う。彼女は、フュイとは違ってターゲットに活きのよさを求めない。
「私は震えて絶望する子兎さんが見れたら、それでいいの。たくさん鳴いてくれるともっといい」
マキュラは頬を紅潮させてそう言った。
長い髪が顔にかかって、彼女の美しさを引き立てている。
ヴェスはただ、『遍在の檻』が元に戻り、全ての罪が償われることを望んでいるだけだった。
(誰にも、教会の人間にすら、惜しまれずに死んでいった同胞たち……一人くらい、その死に報いるやつがいてもいいだろう)
ヴェスは、首から下げた『遍在の檻』のシンボルに、服の上から触れる。
罪人には、できるだけ惨たらしく死を与えられるといい。
続きは、また明日。18:30頃に。




