37 ロックオン
黒服の男の姿は、オルティス学園の寮の入口にあった。
ヴェスは露店街を出たその足で、オルティス学園を訪ねていた。
休日の急な訪問申請に管理人は少し戸惑った様子だったが、教会の身分証を見せると談話室に通された。やがて、不安げな表情で入室してきたのは、学園の一学年に所属する教会子弟だった。
「休日の呼び出し、失礼する。確認が終わればすぐに帰る」
「はい」
緊張した面持ちで彼女は答えた。
「『ラテーレ』という名の学生は知っているか」
「……はい」
「同室の者の名前は分かるか?」
「……いいえ」
彼女はヴェスと目が合うとびくりと震え、「管理人の先生に聞いてまいります」と慌てて部屋を出て行った。
同じ教会の者であっても、自分たちのような者と彼女のように平穏な世界で生きる者たちは、めったに接触しない。彼女が怯えるのももっともだ。
ややあって、帰ってきた彼女は、かしこまった態度で答えた。
「『ラテーレ』と同室の者は一人だけです。名前は『ファルコ・ロザリンド』です」
ヴェスは口の端を釣り上げて笑うと「そうか。ご苦労だった」と彼女をねぎらい、談話室を後にした。
♢
空はよく晴れていて、街路樹の若葉がきらめいていた。
ファルコはすでにお目当てのリーフティーを購入し、噴水の脇のベンチで、昼ごはんに選んだバゲットサンドを頬張っていた。ノクティスは、ファルコの肩の上で多少キョロキョロすることはあるものの、彼が食べ終わるのを待つように大人しくしていた。
休日の噴水広場には、露店が並び、たくさんの人でにぎわっていた。ソーセージの焼ける香ばしい匂いや、ポップコーンの甘い香りが漂い、陽気でテンポの速いアコーディオンの演奏が聴こえてくる。
ファルコは、小さな冒険がどうやらうまくいったことに気をよくしていた。
食べ終わったバゲットサンドの包みを畳んでゴミ箱に捨てると、学園に向けて元気に歩き出す。
「ノクティス~かわいい~♪ ノクティス~かしこい~♪」
アコーディオンの演奏に合わせるように、適当な自作の歌を歌いながら歩くと、ノクティスがファルコの肩でひょいひょいと頭を上下させた。首に掛かった魔道具が少しばかり重たそうだった。
「早く足環を開発しないとね!」
ノクティスの首のあたりをかいてやりながら、ファルコは歩調を早めた。
♢
ヴェスは、彼の顔を知らなかった。
しかし、夜空のような色をしたハヤブサを肩に乗せ、笑顔で歩くモノクルを着けた少年にはあの男の面影があり、すぐに気がつくことができた。
(ファルコ・ペリグリン――!)
男が身を隠さずとも、どこか遠くを見ている少年は機嫌よく目の前を通り過ぎていく。
肩に乗せた『遍在の檻』の欠片からは、凄まじいほどの魔力の気配はきれいに消えていた。何らかの方法で対処したのだろう。
周囲への警戒心、身のこなし、魔力等を素早くチェックする。どこを取っても、普通の少年だった。男は思わず「フッ」と息を漏らして笑った。
今すぐにでも、『遍在の檻』は回収できそうに思えた。しかし、暗い喜びの光を目に灯したヴェスには、別の考えが浮かんでいた。
(……お前の父の罪は、お前の命で償ってもらうことにしよう。ペリグリンの血は根絶やしにしなければならない……!)
震えるほどの歪んだ歓喜を胸に、断罪人ヴェスは教会へと戻っていった。
続きは、また明日。18:30頃に。




