36 爆弾
うわさ話というものは、とうに人々から忘れ去られた爆弾に、火をつけることがあるらしい。
土曜昼時の露店街は、多くの人で混み合っていた。
「……そう、それでラテーレのやつが、『悪魔の儀式にでも使うんじゃないか!』とか言うからさ、どんだけ怖いものかと部屋まで見に行ったら……可愛い鳥がカゴで大人しく寝てるわけ!」
少年は、仲間たちにゲラゲラと笑いながら話していた。
『悪魔の儀式』という単語が突然飛び出して、男は思わず聞き耳を立てた。
黒い私服を着た、セレスティス教会の断罪人ヴェスがここで食事をしていたのは、ただの気まぐれだった。
――『悪魔の儀式』
(あれから片時も忘れたことなどない――クレイグ・ペリグリンの犯した大罪を!)
グラスを持つ手に力が入り、中身がこぼれそうなほど波立った。
後ろの席の少年たちは、子どもらしい他愛もないうわさ話で盛り上がっていた。少年の一人は、これだけのざわめきの中でも、よく通る声をしていた。友達に何か質問をされて、彼は思い出しながら返事をしている様子だった。
「魔法生物ってやつ? それが、すっげーきれいな色でさ! 夜空みたいな。紺色に、金色の星を散りばめたような羽が……」
聞こえた瞬間、ヴェスは思わず息を止めて、喜びに打ち震えた。
(――やっと見つけた!)
二年半もの間、血眼で探していた。奪われた神の力、『遍在の檻』の欠片の行方を。
紺色の羽に金の星が浮かぶ鳥は、あの晩『夜空の器』によって生み出された『遍在の檻』の仮の姿であり、目の前でこの手をすり抜けるように飛び去っていった――
ヴェスは背後のテーブルをチラリと盗み見る。少年たちは私服を着ていたが、ご丁寧に所属を示す腕章を付けていた。
(『オルティス学園』――! 教会の目と鼻の先とはな!)
驚きよりも悔しさがにじむ。
――ペリグリン邸の夜
美しき『遍在の檻』を破壊する『悪魔の儀式』
果物のように切られ、潰された仲間たち――
苦悶の表情を隠すようにうつむき、自らの顔の引き攣れた傷跡に触れた。
(年の頃は十四、十五歳くらいか? 逃げた子どもたちの中に一人いたな……)
少年たちは食事を楽しみながら、もう別の話題に興じていた。
ヴェスは暗い笑みを浮かべると、露店街を後にした。
♢
「ん——!」
ファルコは声を出し大きく伸びをした。
兄に依頼された兄姉用のアンクレットの製作も終わり、今度はノクティスの首輪を足環サイズに縮小すべく、ファルコは休日にもかかわらず朝早くから魔道具工学研究室の工作工房に来ていた。
「おーい、ファルコ! もう昼になるぞ」
先輩に声をかけられて、ファルコは「はい!」と返事をすると慌てて道具を片付けて外に出た。工作工房は、食事時は全員で部屋を出て、鍵をかけるルールになっていた。
「ファルコはダイニングルームに行く?」
「えーと、今日はちょっと買い出しに行く予定なので、ついでに外で食べてきます!」
「そう? じゃあまたあとで」
先輩たちに向かってぶんぶんと元気に手を振り、ファルコは自室に急いだ。
部屋にはラテーレはおらず、ノクティスが首を上下させてファルコを見ていた。布を掛けなくなってから、また一段とノクティスの表情が豊かになった気がする。
「いつも自由に出してやれたらいいんだけどなぁ」
皮手袋をはめてケージの扉を開けると、ノクティスがいそいそとファルコに飛びついた。
(……ん? アロ姉さんがルカ兄さんと外でニアミスしたということは、僕もその可能性があるのか。視界共有のノイズで接近をチェックできた方が安全かな? 偵察で飛ばしているんだから、外に連れ出すのは問題ない……よね?)
モノクルを装着し、ブローチ型の映像受信機をポケットに入れる。
(首輪が完成したんだから、もう普通の魔法生物と同じだよ!)
ノクティスをじっと眺めて、見た目に問題がないかも想像してみる。ノクティスは首をかしげて、不思議そうにファルコを見ていた。
……たぶん、大丈夫だ。
(兄さんたちに相談してからの方がいいかな? ……でも、今日は切らしたリーフティーを買って、ひとりでお昼ごはんを食べるだけだし!)
「ちょっとだけ冒険をしたい!」という誘惑に勝てず、厚手の服に着替えて学園の腕章を付け、ノクティスを肩に乗せるとファルコは街へ出た。
続きは、また明日。18:30頃に。




