34 小さな『器』
「セルラータ様! セルラータ様、どちらにいらっしゃいますか!」
ルカは小さな『移しの器』を探して、彼女の名前を呼びながら、広い中庭を……特に彼女の好みそうな、植栽の影のあたりを一つ一つ確認して歩いていた。
ルカが呼び出しを受けている間、ルカに代わりセルラータの世話を担っていた若いシスターが、「一緒に花を摘んでいたら、姿が見えなくなった」と青い顔をしていたが、それを責める気にはなれなかった。
そういう特殊能力があるのではないかと思うほど、目を離した瞬間の彼女の動きは素早く、まったく油断ならないことを知っていたからだ。
「りゅか、おいでー」
小さな姫君の返事は、すぐ近くの茂みの中から聞こえた。ルカの顔が思わず緩みそうになった。
彼は、建物の方を振り返ると、彼女を一緒に探していたシスターに合図を送った。シスターはそれに気がつくと、ルカに深々と頭を下げて仕事に戻っていった。
「のくてち、いたよー」
セルラータは、短い指で茂みの方を指して、こちらを見ていた。
「のくてちですか? めずらしい虫さんですか?」
ルカは目線を合わせるように彼女の隣にしゃがんで、茂みに目を凝らす。
残念ながら、『のくてち』に該当しそうなものは見当たらなかった。
セルラータは、ふるふると首を横に振った。不思議な色の細い髪が、動きに合わせてゆらゆらと踊るように揺れる。
「のくてち、よー?」
彼女は、目の前の人物なら、当然わかってくれるはずという顔で、その名を繰り返した。ルカは、髪に絡まった枯葉を取ってやりながら考える。
(……のくてち? のくて……ノクティス!?)
「……おはなしの、『ノクティス』ですか?」
ルカは内心の動揺を抑え込み、彼女に優しく確認するように尋ねた。
セルラータは、パッと顔を輝かせて、首を縦に振った。
この子と弟は、一緒に暮らしたこともなく、髪や目の色も違うのに、このような仕草をするとそっくりで、彼らが実の兄妹であることをしみじみと感じさせた。
(教会の中庭に、『夜空色のハヤブサ』がわざわざ来ていたということは……兄姉弟の誰かが、自在に動かすことができるということか)
セルラータと手を繋ぎ、建物に向かいながらルカは考える。
(そして、このような教会の目立つ場所に『ノクティス』を何らかの方法で寄越したのは、おそらく兄さんでも姉さんでもない。ファルコだ)
慎重な兄と姉は、ここにあの夜空色のハヤブサを近づけるリスクは取らない。
(私は今日この場では、『ノクティス』の気配を全く察知できなかった。先週のあの気配は、兄さんか姉さんのどちらかだということ)
中庭で何かを見つけた様子のセルラータが、繋いだ手の指を生き物のようにくねらせてルカの手からの脱出を試みている。
「セルラータ様。残念ですが、もうお夕食の時間になります」
一度手を離して、背後から彼女の両脇に手を差し込む。ふわっと空中に抱え上げるように一度高くまで抱き上げて、それから肩車の体勢にすると、笑い声が頭上から降ってきた。
片手で小さな背中を支えながら、少し体を弾ませるように歩く。彼女はルカの明るい金色の髪に手をのせて、ご機嫌にそこに収まってくれた。
(つまり、兄さんか姉さんが、ファルコと連絡を取り合って動いている……いや、二人だけで組んでいることはないな。三人とも、教会の側に来ている)
ファルコの独断で、自分の姿を探して中庭に近づき、運悪くセルラータに見つかってしまったというところだろう。
(相変わらずだな、ファルコは……)
ルカは複雑な表情で笑って、建物に入る前にセルラータを肩車から下ろした。
そのまま大人しく抱っこされるセルラータは、朝から検査もあったので、少し疲れているのかもしれない。いつもより、わずかに体温も高い気がする。
腕の中の妹は、嫌々をするように、ルカの胸に顔をこすりつけた。もうずいぶん眠くなってしまったらしい。
毎日毎日、電池が切れるぎりぎりまで動き回る彼女は、生命力の塊のようだった。
妹はこのままでは、いずれ母と同じように祭壇の上で眠りにつき、緩やかに死を待つ運命をたどることになる。
(どこか遠くに、逃がすことができれば……)
あの夜の、ペリグリン家の惨劇が頭をよぎる。
ルカはかぶりを振った。そんなことは、もう何度も何度も考えて、とうに結論を出したことだ。
(兄姉弟たちだって、私があの男に協力することで見逃してもらっているだけだ。その気になればいつだって……!)
いつの間にか、妹の体が温かく、重たくなっていた。
『器』の居住区に到着すると、セルラータの世話を引き継ぐ年配のシスターが待っていた。そして、気持ちよく眠る小さな『器』の顔を見て、少しだけ困った表情で微笑んだ。
ルカが謝罪すると、「大丈夫ですよ、お疲れ様でしたね」と、眠り込んだ妹を担ぐように抱き、部屋へと入っていった。その部屋も、以前は別の『器』が使っていた場所なのだろう。
ルカは、その美しく整えられた『器』の居住区に、背を向けて歩き出す。
(――父さんは、失敗したんだ)
誰にも、どうすることもできない。ならばせめて、兄姉弟だけでも――
教会の中で、あの三人の接近に気づいているのは自分だけだろう。
早急に、彼らを遠ざける方法を考えなければ。
続きは、また明日。10:45頃に。




