31 親愛なる
聖騎士たちとともに、ルカが先頭になり室内を進む。
入ってすぐの壁際に、ブロンズ像を収めるスペースがあるのを、ルカは目で確認した。ここに、入口の二つの像を置くことで、時限式のトラップは解除できる手はずになっていた。
白い壁の室内には、丸い窓から日差しが入り、暖かな色の楕円となって床に並んでいた。何もない小さな部屋には、テーブルセットがポツンと置かれているだけだった。
その上に置かれた袋をルカの手で開け、中身を確認してから聖騎士に渡す。まとまった額の金が入った袋は、押収物として聖騎士の一人が預かっていく。ルカにとって、そちらは重要ではなかった。
テーブルの表面には、浅い傷をつける形で直接メッセージが刻まれていた。
それは、大人の目線の高さでは生活の中で自然にできた程度の傷にしか見えず、ルカほどの背丈でテーブルの近くから見たときにだけ、光の加減で図形が見えるよう細工されたものだった。
(こんなことができるのは……ファルコか)
ルカは聖騎士たちに気づかれないよう、目だけを動かして確認する。
左上から右下に向けて大きく斜めに線が走り、その中央にC、左上にH、右下にNの文字。HとCの間、CとNの間のそれぞれの線上に、長さが等しいことを示す短い縦線がある。
(これは……直線距離を表す図……?)
その図の下には、
『CAF → LL』
と、三人からのサインが書かれていた。
ルカは手枷をつけたまま、汗をぬぐうように目元を一瞬押さえた。ジャラッと鎖の音が響く。
あの夜、抵抗することも拘束されることもなく、教会の「断罪人」とともにいた自分を、兄は二階から逃げる瞬間に確かに見たはずだった。
(それでも……私がライラを連れて逃げ出すと信じて、待っているというの……?)
重い手枷をジャラリと下げると、ルカはうなだれた。
鎖を持つ聖騎士は、心配そうにルカに声をかけてきた。
「気分が悪いのですか?」
「いいえ、大丈夫です。ありがとうございます」
ルカは姿勢を正し、穏やかに返事をした。
(——だけど、後戻りはできない!)
「これだけの金が残されたままなら、ここにはまだ保護対象は来ていないのでは……」
「しかし、あれから五日ですから、ここを目指しているならば、到着が遅すぎるような……」
彼らが話し合いをしている横で、ルカは静かに室内に異変が起きていないかを探っていた。
父が仕掛けたトラップがどのようなものか読むことができれば、自分の『遍在の檻』で対抗できる確率も高まる。
(父さんは、ここを経由してどこへ移動するかのヒントをこの家に残していたのだろう。それを追わせないための仕掛けを考えたはず。情報を何に書き残していた?紙……地図……)
ふと、この隠れ家を見た瞬間の印象を、ルカは思い出した。石窯だ!
『CODE E-F,CODE E-F』
突然、あの夜と同じザラザラとした音質の声が、隠れ家に不気味に響いた。
「なんだ? この音は」
「君、これが何かわかりますか?」
周囲を警戒する聖騎士たちに、ルカは答えた。
「いいえ、わかりません。何かのトラップかもしれませんが、私には知らされていません」
怯えたような表情で、ルカは音が聞こえた方向に目をさまよわせた。
カコ、カコ、カコ……
と、何かの作動音がした。
仕掛けが動く音が聞こえると同時に、ルカは叫んだ。
「聖騎士様、部屋を出ましょう!」
言葉が終わるか終わらないかのうちに、部屋の壁に沿うように床から炎が吹き上がった。
部屋の中央にいたために直接の炎の被害は免れたが、ドーム状の天井に当たった高温の空気が対流し、逃げ場のない熱の塊となって、立ち尽くす四人に頭上から襲い掛かる。
「「……!!」」
聖騎士たちは、喉を焼かれるような熱気に呼吸もままならず、詠唱を封じられてしまった。
ルカの手枷を引いていた聖騎士が、咄嗟に自らのマントでルカを覆い隠すように床へと伏せ、庇いながら出口へと向かおうとする。しかし、激しい熱さのためうまく身動きが取れないでいた。
ルカは、体を覆う致死的な熱さにパニックに陥りかけたが、自分を庇う聖騎士の力強い腕の感触で、すぐに冷静さを取り戻した。
ルカのアイスブルーの眼に、金色の輝きが混ざる。
(大量の水で……全員を外まで押し流す!!)
ルカの願いに、『遍在の檻』は応えた。
隠れ家の内部に突如として現れた大量の水が、ルカと聖騎士たちをのみ込んだ。
高温の空気に触れ、水の表面が爆発的に水蒸気を生み出した結果、室内の圧力が一気に高まり、ルカたちは分厚い水に守られたまま、開け放たれた出口へ猛烈な勢いで押し出される。水流の先頭にいた聖騎士は、最初のルカの叫び声で咄嗟に大盾を出口へと構えていた。
大盾はドアの周囲を破壊しながら押し広げ、四人は濁流ごと勢いよく屋外へと放り出された。
続きはまた明日、18:30頃に。




