29 魔道具の力
アロエットは、先週と昨日の保養院でのことを、二人に報告した。
アルバという、目隠しをした老シスターと出会ったこと、そして彼女が語ったこと――
それから、アロエットは図書室の本棚の奥に歩いていくと、一冊の書物を手に戻ってくる。
「シスターアルバは、わたくしのことを四代前の『器』である『彼紲の器』と思い込み――あるいは思い込んだように見せかけて、『リアンナ』とお呼びになりました。きっとこれで確認できると思いますが……」
「教会都市の統計年報?」
コルヴスは、そのタイトルを読んで首をひねった。
アロエットは、手にした書物をパラパラパラ……と、素早くめくりはじめた。
「この第二図書室は、古くなった本が廃棄前の一定期間保存されるための場所と思われがちですが、郷土資料の保管庫でもあります。これらは廃棄されずに、奥の棚に並べられています。このうち、デーシデリアの統計年報にだけ、載っている情報があります」
図書室の番人は、マニアックな説明をしながら少しだけ早口になっていた。
「この年報は、『彼紲の器』が『器』に成った年のものです。このように、交代があった年の資料にのみ、『器』の元の名前が記されます」
開いたページの一箇所に、アロエットは指を置いた。
『先代の「器」の急逝による退任に伴い、当代の「器」を選定。リアンナが「彼紲の器」と成る』
「……確かに、『リアンナ様』でしたわね」
アルバの絞り出すような声を思い出し、アロエットは呟いた。思わず指先に力が入る。
このたった一行の文章が表していることは、六十年ほど前にリアンナという人物が確かに生きていて、あの教会で生活していたということだった。
そして、アルバの懺悔の通り、リアンナという少女にとっては、『器』となった瞬間から死ぬまで『遍在の檻』に囚われるという、生きたままの葬礼の記録に他ならなかった。
「……シスターアルバは、瞳の色を隠すために、目元を覆っていらっしゃるのだね」
コルヴスは、アロエットの指し示した一文に目を落としてそう言った。
アロエットは、頷いて話を続ける。
「わたくしも最初は気づきませんでしたが、シスターアルバもまた、『器』の資格がある方だったのでしょうね。彼女に触れたときに、わたくしの中の『遍在の檻』が、反応していました」
「! 姉さんの装置を確認しても?」
慌てた様子の弟に、アロエットは小さく笑って左腕をまくると「お願いしますわ」と差し出した。
この腕に埋め込まれた水晶型装置の役割のひとつは、ただの魔力がない人間を、『器』の資格がある人間だと『遍在の檻』に誤認させることだ。
そのために、水晶の中の不純物はゼロに近い状態が望ましく、ファルコのメンテナンスによってその状態を保っているのが現状だった。
ファルコは透明度を確認してから、アロエットに礼を言って袖を戻した。
「わたくしは引き続き、リア様のボランティアに同行して、保養院のアルバ様の元に足を運びます」
アロエットは冊子を閉じ、本棚に戻すために立ち上がった。
兄と弟は、「わかった」「了解です!」と、それに応じた。
アロエットの報告が終わると、ファルコがあとを引き継いで話しはじめた。
「僕は、ノクティスの首輪が完成したらやりたいことがあったんだ。早いうちに……今週中には、教会の敷地内をノクティスの目を使って偵察したいです」
今度は、兄と姉が「うん」「そうね」と、二人で同時に声を上げた。
「放課後の明るい時間に、野鳥のふりをさせて大聖堂近くの茂みまで飛ばしたいけど……ノクティス自身がまあまあ大きいから、怪しまれないことを第一に、慎重にやろうと思います!」
眠そうなノクティスに優しく目を向けて、ファルコは言った。
コルヴスは口元に手をやり、しばし考えたあとファルコに提案した。
「僕もお邪魔してもいいかな? メモを取る手伝いくらいはできそうだ。場所は……学園の天体ドームはどうだろう?」
ファルコは、嬉しそうにコルヴスを見ながら「ぜひよろしくお願いします!」と二つ返事で答えた。
(この首輪が、たとえ『遍在の檻』を持っている人間でも、完全に気配をごまかせるのは、兄さんと姉さんの反応で実証済み。ルカ兄さんを見つけられたら嬉しいけど、気づかれないようにしないと!)
ファルコは、はやる気持ちを抑えながらそう考えた。
「注意が必要なのは、ルカには絶対にノクティスを見られてはいけないってことね」
アロエットは、弟の考えを見透かすように注意を促した。
思わずファルコの体がびくっと跳ねる。アロエットの目が笑っていた。
「……遠目でもダメ?」
姉に許可を取ればいいというものでもないが、ファルコは確認のために尋ねる。
「ノクティスは、ライラのぬいぐるみと同じ見た目なのよ? 絵本に出てくる『夜空色のノクティス』そのものだもの。一番安全なのは、視界に入れないことよ」
アロエットはファルコの目を見ながら、右手の人差し指を立てて念を押すようにそう言った。
「そっか……そうだ! ルカ兄さんの接近を知る方法があるよ! ノクティスとの視界共有の魔道具は、兄さんや姉さんが近づくと、映像に水平方向の帯状の明暗……ええと、縞模様のノイズが入るんだ。『遍在の檻』が干渉しているんだと思うんだけど、ルカ兄さんが魔力を遮断するもので全身を覆っていない限り、それが発生して接近がわかるはずだよ。ちゃんと木の中にノクティスを隠せば、目視で気づかれるよりも、ノイズが入る方が早いよ」
ファルコは、兄と姉を説得するようにそう言った。コルヴスとアロエットは、ファルコの説明を元に思案した。
「それじゃあ、ノイズに気づき次第、速やかに撤退させることを約束しよう。最初は大聖堂に近づきすぎないように、試運転のつもりでやろう」
コルヴスがそういうと、アロエットも頷いて「無理は禁物よ?」と、ファルコに釘を刺した。ファルコは「うん!」と、力強く二人に返事をすると、羽をふっくらとさせているノクティスの背をそっとなでた。
ノクティスとの偵察で、何か一つでも手応えを得られたら――ファルコの胸は高鳴った。
「アロエットも、リア嬢と二人だけで大変だと思うけど、よろしく頼んだよ」
「任せてくださいまし、お兄様。リア様は、とても頼りになりますのよ?」
コルヴスの言葉に、アロエットは誇らしげな笑みで答えた。
「おや」と意外に思い、コルヴスは妹の顔を眺めた。妹がこのように家族以外を褒めるのは、珍しいことだった。
(いい友人ができたんだね)
コルヴスは、黙って目を閉じると、いつかお礼を伝えたい人物リストに、彼女の名前を加えておいた。
アロエットのローブと、ノクティスの首輪の完成によって、三人と一羽の選択肢が一気に広がりをみせた。
(これが、魔道具の力か……)
これらを生み出したファルコは、本当に頼もしい弟だと思う。
家族の――特に、保護された兄妹弟の情報は、これまで表に出てくることはなく、何もわからないのが現状だった。それも、これらの魔道具を使いながら、ようやく探りにいけるようになるだろう。
コルヴスの脳裏に、兄妹弟の顔が浮かんだ。
二つの新しいやり方で教会の情報を探ろうとしている今こそ、焦らず気を引き締めなければならない。
とはいえ、ノクティスの視界共有による偵察は、ひとまずファルコの興味が暴走しないように見守ればいいだろう――このときのコルヴスは、そう考えるにとどまっていた。
続きは、また明日。10時頃に。




