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24 CODE E-F

 三人と一羽で貸しきりの、静かな図書室で――


 アロエットは先週の日曜日に、ルカと危うく遭遇しかけたこと、彼が教会の聖騎士となっていたことをファルコに話した。


 ファルコは、目を真ん丸にして何か言いたげに口をパクパクさせ、悩んだあげくに、


「……どういうこと?」


と聞き返してきた。


 アロエットは「これが驚いた人間の反応です」というように、ちらりとコルヴスに視線を送り、それからファルコに向き直って言った。


「どうしてそうなったかは、たぶんこの場の誰にも、本当のところはわからないわ。ただ、ルカが教会に組していると理解した上で、今後の作戦を立てる必要が出てきたということよ」


 アロエットは、物憂げに小さなため息をついた。


「それで……あの夜のことを、もう一度洗い出しておきたくて。重要じゃないと思っていたことにも、何かヒントがあるかもしれない。判(・)断(・)に(・)迷(・)っ(・)て(・)報告していなかったことも、ここで全部出しておきませんこと?」


 ファルコは、アロエットの含みのある言い方に、少しだけ首をかしげてコルヴスを見た。

 コルヴスは黙って頷き、正面に座るファルコと目を合わせて言った。


「……あとで、ファルコにも謝らないといけないことがある」


 コルヴスの真剣な声に、ファルコは兄と姉の八日間の冷戦の理由にハッと気づいた様子で、「わかった」と応えた。


 二人を見て頷くと、アロエットは静かに口を開いた。


「それでは、わたくしから始めさせていただきますね」


 アロエットは、ゆっくりと『あの夜』のことを話しはじめた。


          ♢


 あの夜は、いつもと何(・)か(・)が違っていた。



「シグナス……どうかしたの?」


 アロエットは、寝室と続きになっている部屋にいた兄、シグナスに気づいて声をかけた。灯りのない部屋で、窓枠のぎりぎりに身を潜め、カーテンの隙間から外をうかがうその姿は、まるで物語の諜報員(スパイ)のようだった。


「いや……何も見えねえ。ただ、ヤな感じがするだけだ」


 アロエットも目を閉じて何かを感じとろうとしてみるが……兄姉弟妹(きょうだい)の賑やかな声がするだけだった。

 シグナスは首をひねると、子どもたちの寝室に戻り、コルヴスに声をかけてから部屋の外に出た。父(クレイグ)に報告に行くのだろう。


 こんなとき、真っ先に自分に視線をよこすルカは、兄たちの動きを気にする様子もなく、ベッドの端に座ったままだ。



 ナイトシャツを着た子どもたちが待っているのは、母(シャノン)からのおやすみのキスだった。父からの腕の装置のチェックは、夕食後に済ませてあった。

 シャノンに「おやすみなさい」と見送られ、ベッドに潜れば今日が終わる。そんな余韻を楽しむ幸せな時間。

 ライラは、彼女が好きな絵本に出てくる夜空色のハヤブサのぬいぐるみを抱いて、ルナリアとおしゃべりをし、カイルムはファルコと手の指を使った対戦あそびに興じていた。


 コルヴスが、何か言いたげにアロエットへ視線を送ってきたので、アロエットはコルヴスにそっと近寄る。


「アロエット。兄さん(シグナス)が、今夜は年少組と離れるなと言ってた。僕がファルコ。兄さんがカイルムかな。アロエットとルナリアでライラを頼む。何もないといいけど……兄さんの勘はあ(・)て(・)に(・)な(・)る(・)からなぁ」


 冗談めかした口調で、コルヴスはアロエットに耳打ちした。それでも、兄が酷く緊張しているのがわかった。

 年長組の動きを見ていたルナリアが、ライラの背に手を当て、アロエットに頷いてみせた。


 こちらに背を向けたままのルカに、アロエットが声をかけようとしたそのとき、寝室の扉が開き、シャノンと共に、警戒を露わにしたシグナスが入ってきた。

 ナイトシャツから、襟なしのシャツにワークパンツ、少し着古したベストという出で立ちへと着替えた兄を見て、アロエットは自身の警戒のレベルを最大に引き上げた。それは、兄が外(スラム)で暮らしていたときの服装だった。


「みんな、お待たせ。まずはお知らせがあります。……敷地内に誰かが侵入しています。状況は、お父様が確認しているわ。まもなく知らせてくれると思う」


 子どもたちの間に緊張が走る。

 ライラは、ルナリアの腕にくっつき、カイルムとファルコは「侵入者だ!」「どういうこと?」と口々に騒ぎはじめた。年長組は黙り込み、それぞれに考えを巡らせている様子だった。


(――警報は鳴っていない。対侵入者用の装置が動いていない。なぜ?)


 敷地内には、幾重(いくえ)にも人感センサーのような装置が仕掛けられており、子どもたちはペリグリン邸で暮らす上で、真っ先にそれらに触れないことや触れたらどうなるかを叩き込まれた。位置を知らない第三者が、それら全ての罠を無傷で回避できるとは到底思えなかった。ましてや、外は暗闇なのだ。


(父が慎重に設置したそれらを、突破する実力のある者が来ているか、……内部から漏れたか。あるいは、その両方か)


「ここをセーフルームとして、全員で待機することをお父様が指示しています。そして、ここからが大切なお話です」


 シャノンが、硬さを帯びた声で続ける。子どもたちは、シャノンの言葉に耳を傾けた。


「場合によっては、このままここで、今の『器』から新たな『器』へ『遍在(へんざい)の檻(おり)』を移し替える、『移しの儀』が始まる可能性があります」


 今度は、年長組も動揺を隠しきれずに口々に質問の声を上げた。


「『移しの儀』は、当代の『器』がいないとできないはずです!」


 コルヴスは目を見張り、語調を強めてシャノンに言った。


「侵入者は、教(・)会(・)の人間!? 目的は……」


 アロエットも思わず声が大きくなる。


「まだ、ルカもカイルムもライラも、小さいです。それに、お母様だって……」


 ルナリアは、心配するように妹と弟二人を見て、それから、ちらりと母のお腹のあたりに目を向けた。シャノンは、下腹部に優しい手つきで触れる。


「ありがとう。そうね、もう少し時間がほしかったわね。……当代の『静謐(せいひつ)の器』が、教会の人間の手で、この屋敷に連れて来られています」


 シャノンは、全員の質問に答えるように、静かにそう言った。


「「「……」」」


 年長組は唖然とした顔で、年少組はきょとんとして母を見つめる。


「お母様がそこまでおっしゃるなら、お父様は『移しの儀』をやるおつもりですね?」


 ルカの冷静な指摘に、子どもたちは一斉にルカの方を向いた。

 この場にいる全員が、条件が整えば、間違いなく父はやるだろうという確信を抱いた。


「……さすが、我らがお(・)父(・)様(・)だぜ。お(・)母(・)様(・)、急いで俺たちに『移しの儀』の手順を確認させてくれ」


 シグナスは唇の端を持ち上げて、あきれたように笑いながらシャノンにそう言った。

 シャノンは「そうしましょう」と切り替えた様子で、全員で今できる備えを始めた。


(それでも、やはり教会の目的はわからない。こちらの計画に気づき、それを潰したいのであれば、お母様を押さえてしまえば勝ちなのに……)


 アロエットは、当代の『器』をこのような郊外まで連れ出すリスクと釣り合うだけのリターンを、どうしても思いつかなかった。



『移しの儀』の流れを、皆で分け合う形に見直し一通りさらった頃に、ライラが突然「ひゃっ」と小さく悲鳴を上げた。

 何事かと目を向けると、片手で抱いていたハヤブサのぬいぐるみの口がモゴモゴと動いていた。


『……ア゛、ア゛……トウサンデス』


 可愛らしいぬいぐるみの口を借りて、無理やりしゃべらせているような、深くて渋い父親の声が聞こえる。


「「「父さん!?」」」


 ライラはほんの少しだけ、嫌そうに顔をしかめた。


「シー。静かにね」


 シャノンが人差し指を口に当て、皆を静かにさせる。


『……CODE E-F, CODE E-F』


 ぬいぐるみからの音声を聞き、シャノンと、ルカを含めた年長組の表情に、絶望の色が混ざる。

「CODE E-F」は、CODE A-Dが全て実行不能になった場合の最後の手段「|Emergency Fledging《緊急の巣立ち》」――本拠地(ペリグリン邸)を捨てて逃走することを指していた。


『「移しの儀」ヲ、ジッコウシマス。ミンナ、カクレガデ マタアオウ』


 ぬいぐるみは、そう言ったきり動かなくなった。

 そして間を置かずに、ガゴッ! と、天井のずっと奥で大きな物音がしたかと思うと、ドオン! ズズズン……と屋敷全体が大きく揺れ、激しい振動と地響きがした。「きゃあ!」「うわっ!」と年少組から悲鳴が上がる。カイルムが慌てて扉を開けて外を確認しようとするのを、シグナスが片腕で抱き止めるように阻止する。


「この部屋は、おそらく魔術で防御されてるんだろ。内側からは開くだろうが今は開けない方がいい。さっきのは、たぶん二階に上がる階段を塞いだ音だ」


 シグナスは、自分自身の焦りを抑えるようにそう推測を口に出すと、乾いた唇をぺろりと舐めた。


「シグナスの言う通りで合っているわ」


 シャノンは全員に向けて説明する。


「私たちはこのまま、『遍在の檻』という大きな魔力を、私、シグナス、コルヴス、ルナリア、アロエット、ルカ、カイルム、ライラの八人で分けて手に入れます。予定より早くなってしまったけど、計画を実行できるところまで準備はできている。ファルコも一緒に、みんなで助け合って『隠れ家』にたどり着きましょう!」


 シャノンは、年長者から一人ずつおでこにキスをしていく。シャノンよりも随分と背が伸びた兄たちは、いつものように素直に身を屈めて、キスを受け取っていた。


(完璧ではないけれど、どうにか『計画を実行できる』というタイミングでの侵入者。まるで、それを知っていたかのよう。……とても気(・)持(・)ち(・)が(・)悪(・)い(・))


「アロエット」


 シャノンに呼ばれ、ハッと我に返ると、アロエットは静かに膝を曲げた。いつの間にかアロエットも、母の身長を追い抜いていた。頬にそっと両手が添えられ、おでこに触れるだけのキスが終わる。蒼鉛色の瞳が、目の前で優しく笑いかける。


「いつも皆のことをよく見ている、素敵なお姉さん。今このときも、諦めないでたくさん考えてくれているのね。隠れ家に着いたら、うんと甘えさせてあげましょうね」


 シャノンは、白くてほっそりした腕でぎゅっと強くアロエットの体を抱きしめ、耳元でそう囁くと、名残惜しそうに離れていった。

 アロエットは母に伝えたいことが沢山あったが、それを伝えるのは今では無い気がして、どれも言葉にできなかった。

続きはまた、明日の10時頃に。

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